第7訓
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大江戸警察署の玄関を出るなり、銀時は看板へ八つ当たりするように蹴りを入れた。
「命張って爆弾処理してやったのによォ、3日間も取り調べなんざしやがって腐れポリ公」
「もういいじゃないですか。テロリストの嫌疑も晴れたことだし」
「どーもスッキリりねェ。ションベンかけていこう」
「やめて汚い」
結衣は銀時の頭を軽く小突く。
「いてっ。」
「よっしゃ、私、ゲロ吐いちゃるよ」
「神楽ちゃんもやめて」
「器の小さいテロすんじゃねェェ!!アンタらにかまってたら何回捕まったってキリないよ。僕、先に帰ります」
新八はそう吐き捨てると、さっさと歩き出してしまった。
「オイオイ、ツッコミがいなかったらこの漫画…じゃなかった、小説成立しねーぞ…しゃーねぇな。今週は俺がツッコミでいくか」
やれやれと肩を竦めた銀時の足元に、ビチャビチャと神楽が本当にゲロをぶちまけた。
「オエ!」
「おまっ…どこにゲロ吐いて…くさっ!!」
「神楽ちゃん。やめてって言ったのに」
突如響いた笛の音に、一同は揃って顔を上げる。
大江戸警察署の塀の上を、一人の男が全力で駆け抜けていた。
男は勢いよくこちらへ飛び降りる。
──が、着地した途端に足を滑らせ、そのまま盛大に転倒した。
「ゔえ"!!いだだだだだだ!!それにくさっ!!」
後頭部を強打した男は、頭を押さえながらよろよろと起き上がる。
その直後、警察署の門が勢いよく開き、数人の役人が飛び出してきた。
「オイ、そいつ止めてくれ!!脱獄犯だ、くさっ!!」
「はィ?」
「ちっ」
舌打ちした男は、すぐそばにいた結衣の腕を掴み、そのまま自分の胸元へ引き寄せる。
「来るんじゃねェ!!この女がどーなってもいいのか」
「貴様!!」
「なんか、前にもこんなことあったことがある気がする」
「オイ、そこの白髪。免許もってるか?」
「普通免許はもってっけど」
「私もあるよ」
「なんでこ〜なるの?」
パトカーのハンドルを握る銀時が、ぼそりとボヤく。
助手席では神楽が鼻ちょうちんを膨らませ、こんな状況にもかかわらず気持ちよさそうに眠っていた。
後部座席には脱獄犯と結衣が並んで座っている。
「…おじさーん。こんな事してホント逃げ切れると思ってんの」
「いいから右曲がれ」
「今どき脱獄完遂するなんざ、宝クジの1等当てるより難しいって」
「逃げ切るつもりなんてねェ…今日1日自由になれればそれでいい。特別な日なんだ。今日は…」
結衣は問い返さず、男の横顔へそっと目を向けた。
窓の外を流れていく町並みを眺めるその目は、さっきまで逃げ回っていた人間のものとは思えないほど穏やかだった。
何かを懐かしんでいるようにも見える。
それが何なのか、結衣には分からない。
けれど、聞かなくてもいいような気がした。
人にはきっと、それぞれに「今日だけはどうしても」という日がある。
その理由を話したくなった時に話せばいい。
結衣はそれ以上何も言わず、静かに前を向いた。
その様子をルームミラー越しに見ていた銀時が、ほんの一瞬だけ目を細める。
何を考えているのかは分からない。
ただ、結衣が何も聞かないことに、どこか安心したようにも見えた。
「みなさーん、今日はお通のライブに来てくれてありがとうきびウンコ!」
マイクを持った愛らしい顔立ちの少女が、会場いっぱいに謎の挨拶を響かせる。
「「「とうきびウンコォォォ!!」」」
割れんばかりの歓声とともに、むさ苦しい男たちが一斉に叫んだ。
その中には、あの脱獄犯の男の姿もある。
神楽はすっかりノリノリで、周囲に負けじと声を張り上げていた。
ちなみに結衣も、楽しそうに笑いながら合いの手を入れている。
銀時はその様子を冷ややかな目で眺めていた。
「ねぇ銀時これおもしろいね!なんなのかよくわかんないけど」
「……お前も大概だな」
「だって楽しいよ?」
結衣は周囲を見回す。
大勢の男たちが、意味の分からない掛け声を全力で叫んでいる。
何がどうなっているのかは、やっぱり分からない。
それでも。
こういう訳の分からないものを、訳の分からないまま楽しめるのは悪くなかった。
神楽は完全に周囲に馴染んでいる。
脱獄犯の男も、さっきまでの険しい顔が嘘のように楽しそうだ。
結衣はそんな光景を見て、また小さく笑った。
「銀時も一緒にやればいいのに」
「絶対イヤ」
「楽しそうなのに」
「俺はもうちょっとこう……落ち着いた大人の趣味をだな」
「パチンコ?」
「……」
「ジャンプ?」
「……」
「パフェ?」
「最後のは趣味じゃねぇ。生命維持活動だ」
「今日はみんな浮世の事なんて忘れて楽しんでいってネクロマンサー!!」
「「「ネクロマンサー!」」」
「じゃあ1曲目「お前の母ちゃん何人?」!!」
「…なんだよコレ」
「今、人気沸騰中のアイドル寺門通ちゃんの初ライブだ」
「てめェェェ人生を何だと思ってんだ!!」
言うが早いか、銀時の踵落としが脱獄犯の頭頂部へ炸裂する。
「アイドル如きのために脱獄だ?一時の享楽のために人生棒にふるつもりか。そんなんだからブタ箱にぶち込まれんだ、バカヤロー」
頭頂部を擦りながらゆっくりと立ち上がる。
「一瞬で人生を棒にふった俺だからこそ、人生には見落としてはならない大事な一瞬があることを知ってるのさ」
そして両腕を目一杯上に広げて、叫んだ。
「さぁ楽しもう!!L・O・V・E・お・つ・う!!L・O・V・E…」