第3訓
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「へぇ。そんなことがあったんだ」
万事屋の居間には、相変わらずだらしなくデスクに足を投げ出す銀時と、その向かいで湯呑みを傾ける結衣がいた。
今日一日で起きたことを聞けば、普通ならもう少し驚いてもよさそうなものだ。
宇宙最強種族の生き残りである少女との出会い。
チンピラ集団との戦い。
そして、なぜかそのまま住み込みで働くことになった少女─神楽。
けれど結衣は、話を聞き終えるとただ湯呑みに口をつけ、ふっと笑った。
新八はすでに帰宅しており、神楽は今は風呂に入っている。
今日の神楽加入までに至る出来事を聞き、結衣はふっと笑った。
「おもしろい子だよね、神楽ちゃん」
「どこがだよ。あんな怪獣みてーなやつ」
「ご飯専用のブラックホールみたいだったね。あんなにたくさん美味しそうに食べてくれたらつくった甲斐がある」
「あれは味わって食ってるとは言わねェ」
「じゃあなに?」
「吸収」
「あー…よく噛んで食べた方がいいよって教えてあげよっか」
「そうじゃねーだろ」
「でも育ち盛りなんだよね」
「育ち盛りにも限度があんだろ。米何杯食ったと思ってんだ」
「でも、あれだけ食べてくれると気持ちいいよね」
「作る側としてはそうかもしれねーけどな。こっちは冷蔵庫の中身が一瞬で消えてんだぞ」
「また買えばいいじゃん」
「金がねーんだよ」
「…そうだった」
結衣は少しだけ気まずそうに湯呑みへ視線を落とす。
銀時も同じように財布事情を思い出したのか、ふっと遠い目をした。
「……ま、なんとかなるだろ」
「銀時、それ何回目?」
「知らねぇ」
「今月もう三回くらい聞いたよ」
「細けぇこと気にすんな」
「家計簿つけてる側からすると細かくないんだよね」
「はいはい」
銀時は面倒くさそうに手を振る。
「あんなに食べてるのに細いよね」
「お前もな」
「そう?神楽ちゃんほど食べてるわけじゃないし」
「昔っから細い」
「変わってないよ。銀時も変わってない」
「何が。」
「面倒って言いながら放っておけないところ」
「放っとくと後味悪ぃだけだ」
「うん」
「何だ」
「銀時だなぁって」
「それ褒めてんのか」
「褒めてる」
「気持ち悪ぃ」
「なんで」
「そんな真っ直ぐ言われると調子狂う」
銀時は照れ隠しのように頭を掻く。
結衣は不思議そうに首を傾げる。
昔からそうだった。
結衣は、思ったことをそのまま口にする。
銀時が何かすれば「すごいね」と言うし、誰かを助ければ「優しいね」と言う。
本人にとっては、それが特別なことじゃない。
だから銀時も、昔はそんなものだと思っていた。
けれど、妙に落ち着かない。
結衣は湯呑みを置いて、小さく笑った。
「じゃあ、もうちょっと褒めてあげる」
「いらねぇ」
「優しいし」
「……」
「面倒見いいし」
「……」
「困ってる人放っておけないし」
「やめろ」
「新八くんにも神楽ちゃんにも、ちゃんとご飯食べさせてあげてた」
「たまたまだ」
「あとね」
「まだあんのか」
次から次へと出てくる言葉に、銀時はとうとう顔をしかめる。
昔から変わらない。
結衣は、こういう時は妙に真っ直ぐなのだ。
「子どもに好かれる」
「好かれてねぇ」
「神楽ちゃん、もう銀時のこと気に入ってたよ。」
「気のせいだ」
「気のせいじゃない。昔からそう」
「何が」
「なんだかんだ言って放っておけないし、子どもには好かれる」
「そんな立派な人間じゃねぇ」
「うん、知ってる」
「おい」
銀時がじろりと睨む。
結衣は悪びれる様子もなく、湯呑みを両手で包んだ。
結衣は少し考えてから、ふっと笑った。
「そういうところ、好きだよ」
「……」
銀時の動きが止まった。
少しだけ視線を逸らす。
結衣にとっては、昔から変わらない感覚なのだろう。
思ったことを、そのまま口にしているだけ。
「だから安心した」
「何が」
「銀時が銀時だったから」
その言葉に、銀時は一瞬だけ黙った。
視線が湯呑みへ落ちる。
「……今日はやけに褒めるな」
「まだあるよ」
「もういい。お前、人の悪いとこ見えねぇのか」
「見えるよ?」
「じゃあ何で褒めるんだよ」
「いいところの方が多いから」
銀時は何も言わなかった。
ただ、少しだけ視線を逸らす。
その横顔を見て、結衣はまた小さく笑った。
「照れてる?」
「照れてねぇ」
「耳赤いよ」
「暑いんだよ」
「今日はそんなに暑くないよ」
「うるせぇ」
「あはは」
「笑うな」
「だって」
「笑うなって」
その時。
ガラッ
居間の襖が勢いよく開く。
「お前ら」
風呂上がりの神楽が、タオルで髪をわしゃわしゃと拭きながら二人を交互に見る。
銀時と結衣の間には、妙に穏やかな空気が残っていた。
神楽は一瞬だけ目を細める。
「……何アルか」
「何って?」
「なんか仲良さそうネ」
「幼馴染だからな」
「ふーん」
神楽は特に興味もなさそうに鼻を鳴らす。
そして、何気なく二人の向かいへ腰を下ろした。
「夫婦アルか?」
「「違う」」
間髪入れずに声が重なる。
「……ふーん」
神楽は二人を見比べる。
「……息ぴったりアル」
興味なさそうに鼻を鳴らした神楽は、押し入れへ向かいながら肩をすくめた。
「まぁどっちでもいいネ。うるさいからおっぱじめんなヨ」
そう吐き捨て、
「私の寝床はここにするアル」と宣言した部屋(押し入れ)の襖を
ピシャッ!
と勢いよく閉めた。
一瞬の静寂。
「誰がおっぱじめるかァァ!!」
銀時のツッコミだけが、万事屋中に響き渡った。
後日。
空になった冷蔵庫。
軽くなった財布。
そして、何も書かれていない予定表。
結衣はそれらを順番に見つめた。
冷蔵庫を開ける。
何もない。
財布を開く。
ほとんどない。
予定表を見る。
真っ白。
しばらく三つを順番に見比べる。
そして。
何も言わず、結衣は万事屋を出た。