第3訓
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箒を持った結衣が中へ戻ると、お登勢は煙草をくわえたまま軽く手を振った。
ここで働くのも、もう珍しいことではない
「ご苦労さん。」
「次は?」
「じゃあテーブルとカウンター、全部拭いとくれ。」
「うん。わかった」
箒を片付けると、今度は布巾を手に取り、一つひとつ丁寧にテーブルを拭いていく。
万事屋が銀時と結衣、二人だけだった頃は、たまに入る依頼だけでもどうにか生活できていた。
しかし今は違う。
新八が加わり、食費も生活費も少しずつ増えていく。
新八はまだ育ち盛りだ。
できるだけ、お腹いっぱい食べさせてあげたい。
銀時一人なら、多少食費を削っても文句は言わない。
けれど、新八まで同じように我慢させるのは少し違う気がした。
そう思う反面、財布の中身はそれについてきてくれない。
だから結衣は、少しでも家賃の足しになればと、こうして定期的にお登勢の店を手伝っていた。
「助かるよ。アンタは掃除も丁寧だし、お客受けもいい。」
「いつでも来るよ。家賃払えない分、働くから。」
「まったく…。銀時の奴を働かせりゃ済む話だろ。」
「人を動かすより、自分で動いた方が早いし」
「それもそうだけどねぇ」
お登勢は煙をゆっくり吐き出す。
「アンタも若いんだから、あんなダメ男の面倒ばっか見てないで、さっさと嫁にでも行きゃいいじゃないか。」
「……結婚かぁ」
「なんだい、したくないのかい?」
「したくないわけじゃないけど、別にいい縁もないし」
「男の一人や二人、寄ってきそうなもんだけどねぇ。」
「いないよ」
お登勢は少し意外そうに眉を上げた。
「意外だねぇ」
「そうかな?」
「じゃあ今度、アタシが見繕っといてやるよ。」
「ありがとう」
「好みは?」
「ちゃんと働いてる人」
「……」
お登勢は煙草を口から離し、じっと結衣を見た。
「ハードルが低いんだか高いんだか分かんないねぇ」
「他には?」
「……特に」
「そうかい。じゃあ、いい男がいたら声かけといてやるよ。」
「うん。」
「で?今日は銀時のやつは仕事かい?」
「…いや。今日も依頼がなかったから、新八くんとスーパーに買い物行ってると思う」
「依頼がなくても腹は減るってか。」
「うん。新八くんは食べ盛りだしね」
「アイツは相変わらず働かないねぇ。」
「荷物持ちはしてくれるよ。」
「家じゃどうなんだい。飯炊きや洗濯までアンタがやってんじゃないだろうね」
「最近は私がここにいることが増えたから、ご飯は当番制になったよ」
「へぇ?」
「今日は銀時。でも片付けはあんまりしない」
「だろうね」
「そういえば、今日の晩御飯のお金銀時に渡したけど、パチンコとかジャンプに消えてないといいなぁ…」
結衣の声がほんの少しだけ弱くなる。
自分でも嫌な予感がしてきていた。
──今朝。結衣がスナックに来る前のこと。
「はい、これ今日の食費入れてるから」
そう言って銀時に差し出したがま口の小銭入れ。
「おー」
「ありがとうございます」
「じゃあ私お登勢さんの所行ってくるから、気をつけてね」
「おー」
「わかりました」
「無駄遣いしたらダメだからね」
「……おー」
「はい!」
「…今、間があったよね」
「気のせい気のせい。」
「銀さん、今何か企んでました?」
「失礼だな。俺は人様から預かった金を無駄遣いするような男じゃねぇ」
「一番信用できない台詞だ」
「新八、お前俺を何だと思ってんだ。」
「糖分とジャンプでできてるダメな大人です」
「八割当たってる」
結衣は二人を交互に見て、少しだけ眉を下げる。
けれど、これ以上言っても仕方がないと諦めたように小さく笑った。
「じゃあ、いってきます。」
「いってらっしゃい!」
「おー」
そんなやり取りをして万事屋を出てきたことを思い出す。
「……アンタ、アイツに金預けたのかい?」
「うん。スーパー行くって言ってたから。」
「……無事だといいねぇ。」
「……うん……」
どんどん不安な気持ちになった。
ちなみに、結衣が出かけた後の万事屋はというと。
銀時は手の中のがま口を見つめた。
「……」
「銀さん」
「……」
「何ですか」
「ジャンプ今日発売日だっけ」
「ダメです」
「パフェ」
「ダメです」
なんてやり取りがあった。
一通り掃除を終え結衣はスナックお登勢を出る。
外階段を上がり、万事屋の玄関を引いた結衣は見知らぬブーツが1足あることに気がつく。
「誰のだろう。依頼かな」
今日は依頼の予定なんて聞いてなかったけど。
だが飛び入りの依頼がたまにはある。
お茶はちゃんと出したかな。と考えながら居間に入る。
ゲッソリとした顔で机に突っ伏す銀時と新八。
そして赤色のチャイナ服を着た女の子。
「…お客さん?」
「誰アルか?」
「…アル…?」
机に突っ伏したままの新八が気力のない目線だけを結衣に向ける。
相当疲弊しているようだ。
「…あぁ、結衣さん…おかえりなさい」
「新八くん、ただいま。こちらはお客さん?」
「お客さんじゃないアル。神楽いうネ。よろしくナ」
「はじめまして。お客さんじゃないってことは、新八くんの彼女さんとか?」
「誰がこんな冴えない童貞眼鏡の彼女アルか。バカにするなヨ」
いつもなら誰が童貞だァ!!と突っ込んできそうな新八だが、今日はその元気の欠けらも無い。
不思議そうに首を傾げた結衣は、神楽に向き直る。
「てことは…?」
「今日からここで住み込みで働くことにしたヨ。お前もここの従業員アルか?」
結衣の視線が部屋を巡る。
空になった炊飯器。
積み上げられた茶碗。
作り置きが入っていたはずの空のタッパーの山。
そして机に突っ伏す銀時と新八。
……全部食べたんだ。
結衣は責任者であろう男の名前を呼ぶ。
「銀時」
ビクッと肩を震わせた銀時は机に突っ伏したまま何も言わない。
絶対に顔もあげない。
だらだらと異常に汗をかいている。
──また何かあったのか。
結衣は小さく息を着く。
「一旦それは後で考えるとして…いらっしゃい神楽ちゃん。私は結衣。今日からよろしくね」
「よろしくナ。結衣、晩御飯まだアルか?」
その言葉に結衣が銀時を見る。
銀時は目を逸らす。
新八も目を逸らす。
「…スーパーに行こっか」
用意した白米もおかずも、次々と華奢な身体へ吸い込まれていく。
その光景を目撃した結衣が、珍しく思考停止で固まっていたのは、また別の話。