第1訓
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「パフェ食いに行かね?」
ソファの上でだらけきった銀時が、ジャンプをめくりながら、今日の天気でも聞くような軽いノリで言った。
いや待ってほしい。
我が家の家計状況を考えれば、今の一言は普通に爆弾発言である。
結衣は赤ペンでマイナスばかりが書かれた家計簿からゆっくり顔を上げると、呆れた視線を銀時に向けた。
「また?今日パフェ食べたら、今週のおかずは全部もやしだよ」
「今週ってまだ始まったばっかじゃねーか、今日は月曜だぜ?」
「そうだね」
家計簿を閉じる。パタンと乾いた音が部屋に響いた。
「次の依頼の日まであとちょうど1週間だから、もやしフルタイム出勤してもらうことになるね。それでもパフェ食べたい?」
「…パフェ」
「もやし」
「パフェ」
「もやし」
見つめ合うこと10数秒。
銀時は腕を組み、何やら宇宙の真理でも悟るような顔になった。
「……もやしって甘くなんねぇ?」
「砂糖でもかけてみる?」
「うめぇの?」
「知らない」
「知らねぇのに勧めたの?」
「じゃあ黒蜜」
「もっと嫌だわ」
「意外といけるかもよ?餡掛けチャーハン的なノリで」
「お前今、自分でも『かも』って言ったよな?」
「うん」
「試したことないから」
「……。」
「銀時なら試してくれるかなって」
「俺ぇ!?」
「感想教えて」
「実験体じゃねぇかァァ!!」
「あはは」
そう笑うと財布を開いた。
中には紙幣が3枚。
そして100円玉が4枚と5円玉が4枚。
3,420円。見なかったことにしたい残高だが、これが現実である。
「光熱費はなんとか払った」
「おう」
「家賃は払ってない。というか払えない」
「おう」
「それで残りがこれ」
「……意外とあるな」
「いやだからこれ食費」
「……」
「あと1週間」
「……パフェは1杯800円」
銀時は顎に手を当て、しばらく考え込む。
「つまり」
「うん」
「4杯食える」
ゴッ
くるっと丸まった家計簿が、銀時の頭へ直撃した。
「1杯」
「あだだっ!!結衣のケチッ!なんで殴るんだよ!話し合おう!??」
「もう話し合った。そもそも家賃も払えてないのにパフェを食べようなんて贅沢すぎるんだよ」
「いいじゃねーか。家賃の1つや2つや3つや4つ」
「さらっと4ヶ月は滞納する宣言した?」
「ギャーギャーうるせーなァ、行くぞ」
「本気?」
「人生にはな」
頭をさすりながら「よっこらしょ」と立ち上がった銀時は、だらしなく垂れていた眉をきりっと寄せ、眠たげだった目にも力を宿す。
渾身のキメ顔だ。
「糖分補給が必要なんだ」
「そんな顔で言うこと?糖分よりも栄養でしょ」
「糖分は栄養」
「それは銀時の体だけだから」
「糖分は人類を救う」
「まずは家計を救ってくれない?なによりも収入が必要だから。ていうかまともに働いて。こんなだからそんなもじゃもじゃパーな頭なんだ」
「今、全国の天然パーマ敵に回したぞ」
「いや、銀時だけ」
「限定攻撃ィ!!?」
少しだけ静かになった後に、一瞬だけ家計簿を見る。
残高を見る。
少し黙る。
結衣はぽつりと呟いた。
「…まぁでも期間限定なんだよね、でにぃずのいちご白玉餡蜜…」
銀時の口角がにやっと上がる。
「お前も食いてぇんじゃねぇか」
「……」
ふい、と顔を逸らす。
図星だった。
女は「期間限定」の文言に弱い生き物なのだ。
「今の沈黙はクロだな。あと銀さんはちゃんと働いてますぅ、万事屋銀ちゃんの社長なんですぅ」
「じゃあ社長さん。家賃はきちんとはらいましょうね」
「それは経理担当のお前の仕事」
「社長が言わない」
なんだかんだと言い合っているうちに、スクーターはでにぃずへ着いた。
店内へ入り向かい合って腰を下ろす。
二人は揃ってメニューを開いた。
「決まった?」
「チョコレートパフェ」
「ん」
すいませーん。とベルを鳴らす。
お待たせしました。と注文を取りに来たのは、まだ10代であろう、少し暗い表情をしたアルバイトの少年だった。
「ご注文をどうぞ」
銀時はメニューを閉じると、得意げに人差し指を立てる。
「チョコレートパフェがよ」
「1つで」
ゴンッ。
銀時の頭がテーブルへ沈んだ。
4つと言い終わるより早く、結衣は営業スマイルで店員へ向き直る。
「チョコレートパフェ1つと、いちご白玉餡蜜を1つ。それでお願いします」
「か、かしこまりました」
店員は銀時と結衣を交互に見た。
ピクリとも動かない銀時。
にっこり微笑む結衣。
(……夫婦喧嘩?)
そんな顔だけ残して、そそくさと厨房へ引っ込んでいった。
銀時がゆっくり顔を上げる。
「…変わんねーだろパフェの1つや2つや3つや4つ」
「私びっくりしちゃったよ、銀時くん」
「んだよ」
「もやし生活どころか、ご飯そのものを卒業する気なのかと思っちゃった」
「そこまで言う?」
「4つって言ったから」
「まだ言いきってなかったけどね?あーほら、シェアとかあるじゃん」
「誰と?」
「…心の俺」
「外に出さないで、胸の中に閉まっておいて」
「なんでだよ」
「食費増える」
「お待たせしました。チョコレートパフェといちご白玉餡蜜です」
「おー、きたきた!俺のチョコレートパフェ」
「わぁ!」
目をきらきらと輝かせながら餡蜜を覗き込む。
「見て銀時、いちご大きい!白玉もいっぱい入ってる!」
「よかったな」
「うん!いただきます」
手を合わせ、さっそく一口。
「おいしい」
頬を緩めながら、今度は白玉とあんこを一緒にすくう。
「ん」
当たり前のように銀時の前へ差し出す。
銀時も何も言わず口を開けた。
「うま」
「でしょ」
