Tuning

「俺に名前はない」
「……あ…そ、うなのか…」

聞いてはいけないことを聞いてしまった気がして、続く言葉を見つけられずに口を噤む。
相手はそれを気にする素振りも見せずに笑みをますます深いものに変えた。

「お前の名前は長いから、Mでいいよな」
「え、…あ、ああ」
「じゃあ決まりだ。それで、」
「ま、待てよ!俺がお前を呼べないのは困る」

何か言おうとしていたらしい相手が眉をひそめた。
どうも言っている意味が分からないと言いたげにほんの少し息をつく。

「なんで?」
「なんで、って…だって、“お前”じゃ」
「そう呼ばれていたから何の問題もないが?」

思わず絶句しかけて、すぐに思い直した。

「じゃ、じゃあ!俺が名前をつけるよ、えっと…」


何かいい言葉はないかと必死に頭を巡らせて、相手の風貌に目をやった。

「…“黒”、がいいと思う」
「………まあなんだってかまわない」

名前を与えられてもあまり感慨深い様子も見せずに黒と名付けられた少年は笑みを消した。

「何かを思い出そうとすることはやめておけ。ろくなことにならない」


黒が言いかけていた台詞をやっとつないだのだと認識した瞬間、何を言われたのか理解ができなかった。
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