銀時はまるで野良猫みたいだ。髪の毛はフワフワしててどっちかと言えば羊みたいだけど、いつもフラフラして気まぐれで、つかめない性格。でもみんなに好かれる。きっと本当に猫になったら、色んなおうちでごはんをもらいながらうまく生きていくんだろうな。たまにしか現れないのに、そこで生活している人の思い出の一部に上手に溶け込む。

前に一度だけ銀時は猫みたいだねって伝えたことがある。すると銀時はヘラッと笑って「そうなったらお前に面倒見てもらうわ」ってわたしの頭をわしゃわしゃ撫でた。これじゃあまるでわたしがペットみたいじゃないか。

しっかりしてないのに頼りになる。何にも知らないようで知ってる。適当な人間だって言いながらすごく優しい。単純なわたしのことなんて何でもお見通しみたいだ。なにのわたしは銀時の抱えてるものを分けてもらえたことはない。大事なものを守りながら色んなことを抱えてる銀時。会いたいときに会いに来てくれて、欲しい言葉をくれるのに、わたしは何にも彼に返せない。

今日だって彼が今どこで何してるかなんて全然わからない。でもひとつだけわかるのはきっと今何かが起こってるってこと。静かな万事屋に雨の音だけがこだまする。

お妙ちゃんから、銀時たちが依頼主が持ってきた事件に巻き込まれて出かけて行ったと聞いた。もう4日も連絡が取れない。お登勢さんには、どうせどこかで馬鹿やってんだ、待っててやんなって背中を叩かれたのも2日前。不安ばかりが募る。昨日仕事中に同僚との雑談で、猫は死ぬ間際に姿を消すらしいとゆう話題が出てからさらに不安が増した。銀時は猫じゃないけど猫に似てる。このまま２度と会えなかったらどうしよう。

何時間経ったのか、机に突っ伏して彼の帰りを待っているといつの間にか寝てしまっていた。電気をつけてない万事屋は少し薄暗い。ふと、外の階段を登ってくる音がした。足音は玄関の前で止まり、静かに引き戸が開く音がする。思わず机に顔を伏せた。銀時が帰ってきたんだ。まだ姿を確認していないのに鼻の奥がツンとした。

「たでーまぁ」

いつもの呑気な声が鼓膜を揺らす。ぱちりと電気がつけられた。

「なんで電気つけてねぇの？電気止められてんのかと思ったじゃねえか」

ぺたぺたと素足の音がこっちに近づいてくる。机に手をついてわたしの顔を覗き込む銀時。

「寝てんの？愛しの銀さんのお帰りだぞ」


彼の手がそっとわたしの髪に触れた。弾かれるように顔を上げた視界に映るのはたしかに銀時。だけど顔には大きなガーゼに、口元の切り傷、腫れた目尻はいつも以上にだらしなく下がっている。わたしを撫でる手もよく見ると包帯だらけ。一瞬はっきり捉えた銀時がぐらりと揺らぐ。堪えてたものが全部溢れ出るかのように涙が止まらなくなった。

「おいおい、せっかく顔見れたのにひでえ面だな」

そういってヘニャリと笑いながら親指でわたしの涙を拭ってくれるその手の温かさにさらに涙腺が刺激される。あぁ、生きて帰ってきた。

「銀、時だぁ…本物？」
「正真正銘の坂田銀時さんですよ」
「帰って、こないから、うっ、心配、した」
「…うん」
「銀時、はね猫だか、ら、サヨナラさして、くれないって、思ってっ、」
「え、待って俺猫なの？てかサヨナラって、え、俺フラれる？」
「違っ、う。やだあ」
「と、とりあえず落ち着け。俺はここにいるから」

涙が溢れて止まらないわたしを銀時がそっと抱きしめてくれた。落ち着かせるように背中を大きな手が上下する。わたしは少しずつ、頭が思いを言葉にできるように深く息を吸った。消毒薬の臭いがする。

「すごく、心配した。もう会えないかと思った」
「…俺さ、いっつもお前に心配ばっかかけてる気がする」
「…自覚してるんだったら、治して」
「はい、って言いたいけど、」
「治らないのも分かってる。し、銀時が抱えてるものを、分けてもらえないのもわかってる」
「…俺は、お前にすげえ救われてるよ」

闘ってる時にさ、もうダメだって思った瞬間があったわけよ。あぁ、俺こいつに敵わないんだって。本当走馬灯みたいに今までの俺の人生出会った奴らの顔が浮かんできてさ、死ぬんだと思った。けどさ、途中でお前の顔が浮かんでさ、「おかえり」って声が聞こえた気がしたんだわ。そしたら急に力湧いてきて。バトル漫画の王道展開かよって自分でも笑ったんだけどな。だから今ここでこうしてお前に会えてるのは、あん時お前に救われたからなんだよ。あん時だけじゃない、俺はいっつもお前に救われてる。

そういって銀時は少し照れ臭そうにヘラッと笑った。

「お前は自分なんてって言うけど、俺は正直、普段からお前がいないとダメなの。神楽にまで言われちゃってる具合だからな？『銀ちゃん、本当あの子いないとただのマダオネ』つって」
「…神楽ちゃんの声真似下手くそ」
「顔赤いぞ？」
「照れ隠しだよ気づけばか」

もう一度銀時の肩に顔をうずめる。耳に髪が当たってくすぐったい。

「でさ、こんな時ゆうのもなんだっての分かってんだけどさ」
「…なに？」
「いや、お前のことだからもっとオシャレしたりとかサプライズとかして欲しかったとか言うかもだけどな？まあこんな状況でゆうのも粋かな〜みたいに銀さんは思うわけで、思い立ったら吉日的なあのアレなんですけどね？」
「だから何って、」
「あのさ、結婚して…いでっ！！」

思わず顔を上げたら勢いよく銀時の顎に頭をぶつけてしまった。お互い痛さに悶絶した後、どちらからともなく吹き出した。

「だーっ！本当お前の前だと俺かっこつかねぇわ！」
「ちょっと、だって銀時が急に、ふふふ痛い…」

ごろりと床に寝転がって顔を見合わせてクスクス笑う。窓の外は雨が止んでぼんやり月明かりが差し込んでいる。さっきまでの不安な気持ちがどこかへ行ってしまった。雲が一緒に持って行ってくれたのかもしれない。

「俺はお前が俺を待っててくれてるって思ったらどんなになろうと帰ってくる自信がある」
「うん」
「んで、お前となら幸せになれる」
「幸せにする、じゃなくて？」
「むしろ俺が幸せにされると思う」
「わたしは銀時を支えられる？」
「お前にそばにいてほしい」

どんな時でも帰ってきてくれるって、前言撤回。彼は野良猫に似てない。銀時は銀時なんだ。大事なものがいっぱいあって、みんなに愛されて、でもちょっと弱虫でかっこつかなくて。こんな心配性のわたしでも支えになれるのならずっと一緒にいてやろう。


もう一度目を見てプロポーズしてくれた彼に、今度はしっかりと頷いた。