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夏休みが始まる日(及川)


「7月20日、今日のお天気は全国的に晴れるでしょう。熱中症にお気をつけください」
「今日から夏休みの学校も多いんじゃないですかね」


(7月20日、今日はハンバーガーの日、アポロ11号が月面に着陸した日、ラブレターの日、海の日の3日後、終業式、それから…)

朝起きて椅子についてから、いじっていたスマホを机に置く。お母さんが私の前に朝ごはんを並べてくれた。焼きたてのパンにいちごジャムを塗って、ぼーっとした意識の中今日の予定を頭の中で組み立てる。学校に行って、授業と終業式を済ませたら午後からは部活。宿題は終業式だからないし、授業もまともにないからリュックが軽いはずだ。あ、教科書置きっぱなしだから持って帰らなきゃ…部活で学校行くからまた今度にしよう。


食パンをもそもそかじりながら天気予報のニュースを眺めてみたけど今日も今日とて暑そうだ。ただでさえ空気のこもった室内で、これまた男らしいバレー部男子から発せられる熱気でいっぱいの体育館はさぞかし暑いことだろう。ふと振動を感じて下を見るとバレー部OBのLINEグループ(私はまだ卒業してないのに、しかもなるならOGなのに)にメッセージが連投されていく様子が映る。花巻先輩、松川先輩、湯田先輩…と続々と名前が表示されていく。文章の全部は見えないけど見た感じキラキラしていた。岩泉先輩はまだ寝てるのかな。大学生は高校生なんかより朝に余裕があるらしい。
(スタ爆…朝から元気だな)
スマホ画面を裏返して、学校に行く準備を進めた。窓から見える太陽も朝から全力で夏を楽しんでいるように見えた。









「マネ、これよろしく」
「はーい。まとめてカゴ入れといて」

終業式が終わり、夏休み最初とも言える練習。通知表も夏の課題も渡されたけど、夏休みが始まったからかみんなどこと無くテンションが高い。矢巾達3年生を中心に、練習メニューが進められていく。去年の夏とはまた違った雰囲気で体育館の熱気が感じられた。みんな、今年の夏は、という気持ちなんだろう。私も負けてられない。


まとめられたタオルやゼッケンをカゴいっぱいに詰めて、ランドリールームに向かう途中、向こうから気だるそうに歩く国見に会った。

「先輩、重そうですね」
「持ちますよ、って言わないあたり国見だよね」
「省エネ系男子なもんで」
「ダブルピースしても可愛くない」
「及川さん直伝ですけどダメっすか、残念」

じゃ、練習戻ります。そういって国見は駆け足で体育館に戻っていった。そういえば及川さんもふざけてダブルピースしてたっけ…今日はきっと写真を撮られまくりの日だろうから、ピース大活躍だろうな。


先輩が卒業してから半年もたつのに、日常生活のどこかで先輩を探してしまう。別に付き合ってるわけでもないから連絡も頻繁に取らないし、取ってもグループLINEで、個人で話すことは卒業してからぐっと減った。大学も県外に行ったから街中で会うこともない。卒業してすぐの時は、ただただ先輩達がいないことが寂しいだけの先輩ロスだと思っていたけど、先輩達を思う時間の大半が及川さんで埋められている事に気付いて以来、自分の恋心を自覚した。なんてニブチン。しかも会えなくなってから。矢巾に相談したけど「連絡すればいいじゃん」の一言で話を終わらされた。どうやら彼は恋愛対象でない女の子には冷たいらしい。












洗濯機にタオルやゼッケンを分けて入れていく。人口密度が低い空間であってもやっぱり暑い。スイッチを押す。

(暑い…ちょっと休憩)
今日は洗濯するくらいしかもう仕事が残ってないから洗い終わるまで待つ事にしよう。そう思って体育座りをして膝に顔を埋めた。ここに扇風機かクーラーがあれば最高なのにな。

ごうんごうん、と背中越しに振動が伝わる。水が流れる音に合わせてなんだか眠くなってきた。そんな時でも思い出すのは及川さんのことで、瞑った瞼の裏で及川さんが去年の今頃、部員にクリームまみれにされていた映像がよみがえる。笑いすぎて撮ってる写真は全部ブレブレで、唯一のツーショットですら手が写り込んで綺麗とは言えない。

「…会いたいなぁ」

自然に口から言葉があふれた。寝言みたいなものだろう。このまま夢に及川さんがでてくればいいのに、そんなことをふと思った。

「誰に?及川さん?」
「うん……うん?」

会いた過ぎて幻聴が聞こえてしまった。でも足音は確実にこちらに歩み寄ってきてて、口元の緩む空気を感じた気がした。嘘だ、こんなところにいるはずない。

「やっほー。会いたがってた及川さんだよー」
「え、うそうそ、なんで、え。なんでいるんですか?!」
「お前〜、やっぱりLINE見てなかったな」

顔を上げると会いたかった及川さんがいた。正確には私が思っていた"高校生"の及川さんではなくて、どこか大人になった及川さんがいたんだけど。

突然の登場に固まる私をよそに及川さんは私の前にしゃがみ込んでスマホ画面を見せた。画面には例のOBのグループLINE。最新の通知を見ると、及川さんが「部活に顔出すね」というメッセージが書かれていた。これは完全に私に向けて送られた内容で、既読すらつけていなかったことに罪悪感でさらに固まる。

「うちの大学、なんか記念行事かなんかで今日から三日間授業ないんだよ。だからせっかくだしこっち帰ってこようと思って」
「え、あ、はい。おか、えりなさい?」
「ただいま。で、誕生日だから先輩権限使って後輩に無理やり祝わせようかなって。部活終わったあとで岩ちゃんたちとも会うんだけどね。ほら、3人は近場にいるじゃん?」

スマホをいじりながらペラペラと予定や近況を話してくれる及川さん。でも全然頭に入ってこなくて、ただただ目の前の"大学生"の及川さんに見惚れることしかできていない。半年でこんなに遠くに行ってしまったみたいだ。

「…あとさ、って聞いてる?」
「…お誕生日おめでとうございます」
「え、なんでそんなにテンション低いの?会いたがってた及川さんだよ?」
「いや、なんか大人っぽくなってて、私の知ってる及川さんじゃないとゆうか、それでその」
「見惚れちゃった?」
「へ?!は、いやその!」
「お前も変わったね。前なら、何言ってるんですかって冷たい視線向けられてたのに」

そういってからかうように笑う及川さん。それを見た瞬間、雰囲気こそ大人っぽくなったけとその笑う仕草は変わらなくて、なんだか安心した。ドキドキと鳴り止まなかった心臓が少しずつ落ち着いていく。洗濯機が静かになった。膝を抱えていた手に力がこもる。

今なら伝えられる気がした。夏の魔法ってやつなのかもしれない。

「…それは多分、及川さんのこと好きだからです」
「…え?」
「私、最近になって及川さんのこと好きだって気づきました。今日も…誕生日だって、一番にお祝いしたいなって、思って、ました」
「…でもお前LINEすら開いてないじゃん」
「それは、その…1人で会話するのは恥ずかしかったんで部活終わりにみんなでムービー撮って送ろうかなって…」
「あーそれは嬉しいね。でもさ、」

及川さんの香りが近くなった。正確には抱きしめられた。さっき洗濯機に流し込んだ柔軟剤よりずっと甘くて、でも落ち着く匂いがふわりと香る。抱きしめられて静かになっていた心臓がまた暴れ出して、手が行き場を失った。

「お、及川さん?!」
「みんなに祝われるのも嬉しいけどさ、俺はお前個人に直接祝われたい。ってゆうかぶっちゃけると実はそれ目的で帰ってきた」
「…う、うそだー!」
「誕生日に嘘つく人なかなかいないと思うけど。で、お前に祝われたいって伝えて、岩ちゃん達の約束すっぽかして先輩権限で放課後デートする予定だった。なのにさー先に告白されちゃうしさー」
「す、すみません?」
「んー…でも嬉しいから許す」
「あの、及川さんは、私のこと好きなんでしょうか?」
「好きじゃなきゃわざわざ他の誘い断って誕生日に会いに来ないだろ」
「ちゃ、ちゃんと目を見て、行って欲しい…です」

今まで抱きしめたままゆらゆらしてた及川さんの動きが止まった。勇気を出して行き場のない手を及川さんの腕に置いてみると、ゆっくり及川さんが顔を上げた。

「…なかなか恥ずかしいことさせるね」
「い、一度っきりのことなので」
「生意気加減戻ってきたじゃん。あーうん、よし、行くよ」
「はい」

なぜか一度離れてお互い正座の態勢をとる。きっとはたから見たらおかしな光景だけど、この瞬間を私はきっと一生忘れることがないと思った。
及川さんが一呼吸おいて私と目線を合わせた。


「俺はお前のことが好き、です。お前は最近って言ってたけど、俺はお前が一年の時から好きでした。でもまあ、部活中心の生活だったし、お前は俺を特別扱いしなかったから脈ないと思ってて、今日は正直振られる覚悟で。でも振られるのはやっぱりつらいから、誕生日プレゼントとして今日はデートに誘って思い出作りしようかなーって思ってました。こんなヘタレですが良かったら俺と付き合ってください」


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2016.07.20
happy birthday
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