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短編

「はーーーーーーっ、あるじさん……」

 とある日の宴会の真っ只中、私は堀川くんにべったりくっつかれていた。時々えへへなどと言いながらぎゅうぎゅう抱きついてくる。若干苦しい。私の本丸の堀川国広はどうやらお酒に弱いらしく、宴会の度にこうなっていた。
 別にこれ以上酔って酷くなったことはないし、特に困るような状況になったこともないので、あまり飲まないよう注意したり、量を控えるよう言ったこともしたことはない。ちなみに酔ってる最中何をしたのか覚えているのか聞いても、酔ってたからあんまり覚えてないですぐらいの曖昧な返事しか返ってこない。まあくっついてくる程度なので覚えていなくても問題はないのだけれど。

「それにしても堀川くん本当にお酒に弱いよね、多分私より飲んでない気がする」

 前からそうだったっけと思いながら近くにいた兼さんにそういうと、そ、そうだなと堀川くんを横目でちらちら見ながら答えた。歯切れの悪い返答。堀川くんに何かあるのだろうと思い見てみると、んー? と首をかしげ大きな目でこちらを見る、いつもと違ってふわふわしていて大変可愛い堀川くんがいるだけだった。恋仲になってはや数ヶ月。いつも嫌な顔一つせず堀川くんは近侍をしてくれる。彼の仕事はいつも完璧でミスも非常に少ない。ちょっとふざけて堀川くんにちょっかいを出せば、目の前の書類を片付けてくださいとあっさり振られる。休憩中であっても正座を崩したことはないし、夜だっておやすみなさいと言って日付が変わる前には自室へ帰ってしまう。一緒に朝まで過ごしたことなんてまだ一度もない。少しぐらい甘い雰囲気になってもいいんじゃないかと思うのだけれど、私は堀川くんのそういう真面目なところが好きなので、今の状況で結構満足している。それにそんな普段真面目な堀川くんが宴会でこんな風に緩んでくっついてくれるので、嬉しくて注意しようなんて気にもならなかった。
 でも宴会のお開き時間が近付いてくると、いつまでもそうしてはいられない。半数くらいは明日非番にしているが、残りの半数は明日も出陣がある。いつもなら私も明日の分の仕事まできっちり片付けてから参加しているので次の日は非番なのだけれど、今回ばかりはギリギリまで堀川くんに手伝ってもらっていたにも関わらず終わらせることが出来なかった。明日の朝もいつも通りに起きて残りを片付ける必要がある。残念だけれども、今日はここまで。
 べったりとくっついていた堀川くんを引き剥がして片付けに入る。少し不満そうな表情で見てくるのが新鮮でたまらない。堀川くんも手伝おうと手を伸ばしてくるのだけれど、酔っているのにさすがにそんなことをさせるわけにはいかない。手入れをすればあっという間に治るとはいえ、グラスを落として割って怪我でもしたら大変だ。堀川くんは明日非番だしもう部屋で大人しく寝たほうがいいだろう、そう思って片付けを手伝ってくれている兼さんに堀川くんを部屋に運んでくれるよう頼む。堀川くんと兼さんは同室なので、兼さんに頼むのが一番はやい。別に主の部屋に連れて帰ってもいいんだぞと言われるものの、さすがにそんな勇気出ない。キスだってまだなのだ、キスより先に酔った堀川くんとふたりで朝まで過ごすなんであまりにもハードルが高い、そんなの無理。丁重にお断りしてから片付けの続きに入った。
 兼さんは先に国広を部屋で寝かせてくると言って堀川くんを抱えて立ち上がろうとするが、堀川くんがそれに抵抗してじたばたする。

「やら、まらあるじさんといっしょ、かねさ!!」

 可愛い、本当に可愛い。あんな真面目な堀川くんととても同一人物だと思えないぐらいに可愛い。兼さんがいなければじゃあもう少しだけと言ってしまっていただろう。でも実際兼さんがいるのでそういうわけにはいかない。主は明日朝早いから駄目だと言って、再度堀川くんを抱えて障子を開けて部屋に戻ろうとする。じいっと見てくる堀川くんにまた明日ねと軽く手を振ると、笑顔で手を振ってくれた。真面目な堀川くんが好きとは言ったけども、こんな風にはっきりと喜怒哀楽を顔に出してくれる堀川くんも好きだ。堀川くんが見えなくなったところで片付けを再開しようとしたが、沖田組の二振りに明日早いんでしょと止められてしまった。

「ほら、僕と清光明日非番だしさ」
「そうそう、だからここは俺と安定に任せて主は先に休んでて」
「ふっふたりとも……!」

 感謝の気持ちで涙ぐみながら、二振りに見送られて広間を後にする。去り際に安定くんに「あっ明日多分いつも通り酒盛りしてると思うから! 用があったら部屋じゃなくて離れの方に来てね」とぶんぶん手を振られる。噂に聞く日を跨ぐ二次会みたいなものだ。これまでも何回か聞いたが今のところ行ったことはない。今回も多分用はないだろうし行くことはないだろうと思いつつ、わかりましたと返事をして今度こそ自室へ戻った。



「あれ、ここのところって何だっけ」

 次の日の夕方。報告書等は無事に終わったのだけれども、そろそろ必要になる資料の抜け漏れを偶然発見してしまった。去年の分を見れば解決するかと思ったものの、書類整理は堀川くんがしてくれているため書庫のどの辺を探せばいいのかがわからない。急ぎじゃないし明日でもいいかと思ったが、そう思えば思うほど気になって仕方がない。それに堀川くんは今みんなと飲み会のはずだ。
 そこでふと、私がいない飲み会での堀川くんってどんな感じなんだろうと思った。座布団に抱きついてたりするんだろうか、兼さんとかに絡んでるんだろうか、それともそもそも飲ませてくれないんだろうか。飲み会のある昼、安定くんと一緒にせっせとおつまみを作っているところは見るのだけれど、本当にどんな感じなのか知らない。そういえば誰かからこんな感じだったよと言われたことも、自分からどんな感じだったのと聞いたこともなかった。これは、もしかしてチャンスなのでは。
 堀川くんに資料の場所を聞くという口実とともに、私は少し早歩きで離れの方へ向かった。


「いやほんと宴会の時のあれ何」
「堀川あの程度じゃ酔わない癖にさあ」
「それ、主さんに絶対言わないでよ」

 昨晩の宴会の次の日の夕方過ぎ、僕ら新撰組の刀だけで集まって酒盛りをしていた。部屋には酒瓶と安定くんと僕で作ったつまみばかり。宴会で出される量の酒では満足いかないことが多く、かといってその日解散後に飲み直すにしてはつまみの量が足りないということで、後日改めて必ず酒盛りをすることにしていた。今回は全員次の日非番ということで、速攻で次の日の夜することになったけども。

「そもそも付き合ってるなら普通に甘えればいいじゃん、ねえ?」
「あれでしょ、最初の方に酒弱いフリして主にくっついてたから今更自分がワクだなんて言えないんでしょ」
「うっ」

 とりあえず度数が高そうな焼酎を入れてる時に言われ、少しむせる。そう、その通り。でも主さんだって悪い。いつまでも僕の酔ったフリに気付かないでさせたい放題にさせた挙句、嬉しそうにしているのだから。いや僕が普段甘えないせいか。

「やっと告白してくっついたと思ったのにまだこれだもんなぁ」
「ほんとほんと。堀川基本近侍なんだから二人っきりにもよくなるだろうし甘えればいいのに」
「それが出来たら苦労しないんだけど」

 勢いで中途半端に余っている酒をかき集め、とにかく消費していく。主さんのことが好きだってことを自覚したのは割と早かったし、同時に兼さんや清光くんに知られたのも早かった。真面目に接してきたおかげか主さんのお気に入りポジションに自分がいるっていうのもわかっていた。主さんの近侍をしていられるならこのままでもいいかな、なんて思っていたけれど、別に近侍は固定制じゃなかったらしい。誰だったかは忘れてしまったけど僕じゃない刀を近侍に指名したと知った時、何かやらかしてしまったのかと随分思い悩んだものだ。もしかして主さんのことが好きだってバレてしまったのだろうか、主さんのこと密かに見つめてたのが知られてしまったんだろうか。不真面目どころか不健全だ。
 そこからとりあえず滝行をしたり瞑想をしたりして余計なことを考えないようにしようと努めていたのだが、ある日の宴会でいつもより少し飲みすぎてぽやぽやしてる主さんが可愛くて、つい「好き」とこぼしてしまった。いずれ言おうとは思ってはいたが、このタイミングで言うつもりは全くなかった。完全に誤算、僕の失態。ここで主さんは酔っていて記憶がないってことになれば良かったのに、主さんはしっかりと覚えていた。このことがきっかけで主さんとお付き合い出来ることになったし、近侍もほぼ僕で固定になって結果的に良かったが、それから僕はお酒がある時じゃないと主さんに甘えることが出来なくなってしまった。
 いや元々好きな子には見栄を張りたい性格だから主さんに甘えるなんてなかなか考えられなかったけど、多少は甘えたいという気持ちはある。でもこれと言って何もない普通の状態で甘えるなんて無理だ。となると一番やりやすいのはお酒を飲んでいる時だった。すでに一度主さんに告白という形でやらかしてしまっているし怖いものなんてない。問題があるとすれば僕はお酒で酔わないという点だ。
 今までも幾度となく酒盛りはしてきたけれど、僕が酔ったことは一度もない。みんなが酔い潰れてしまってる中ひとりで片付けをしているタイプだった。そのため酔うという感覚がいまいちわからない。見よう見まねで酔ったフリをしているのだが、主さんはそれを真に受けて僕はお酒に弱いと思っている。みんなにも口止めを徹底しているので今のところ主さんにバラされることなく日々を過ごせているが、こうして酒盛りをする度に僕はいじられる。でもこうでもしないと主さんに甘えられないのだ。
 次はどの酒瓶を片付けようかと思案していると、控えめに障子を叩く音がした。近くにいた清光くんが誰なのか確認もせずそのまま障子を開ける。

「堀川くんもう酔ってるかもしれないんだけ…………、え? ほ、堀川くん…………?」

 開けた障子の先にいたのはおそらく今日作っていたと思われる資料を持った主さん。多分それについて僕に尋ねに来たのだろうけど、タイミングが悪すぎた。ちょうど手に取った大瓶を直接飲もうとしていたところだったのだ。おまけに周囲には空になった大量の酒瓶。そして今の僕は絶対に酒臭い。兼さんは盃を落として割ってしまったし、清光くんは主さんの方を見て固まり、長曽祢さんは視線が定まらない。安定くんだけが気付かず美味しい! と言いながら幸せそうな顔でおつまみを食べている。主さんは僕と酒瓶を交互に見て混乱している。完全にバレた。

「えっと…………」

 酔ったことがないので正確にはわからないが、おそらく酔いが覚めるってこういうことなんだろうなと、思った。
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