第八話 過去の色

私の人生を一言で言うのなら、それは『逃亡』だ。
逃げて逃げて逃げ続ける。
それが私の人生の色。
指原は、大分で生まれ育った。
いつも人の顔色を伺って、自信をもつことのできない、そんな子供だった。
指原は家族に優しくされたことなんてなかった。
兄は教師になりたいという夢を抱え、成績優秀。
それに反して、指原は大して成績もよくなくて、暗い性格。
だから、誰にも優しくされたことなんてなかった。
指原は中学に入学した。
小学生時代から友達がいなかった指原にとって、中学が今更楽しいはずもなかった。
そんな指原を救ってくれたのは、アイドルだった。
「優子ちゃんかわいい〜、いつか会いたいな」
画面の中で、キラキラして歌って踊るその姿が、指原の毎日を明るくしてくれた。
特に夢中になったのは、秋葉原48。
メンバーは小嶋陽菜、篠田麻里子、高橋みなみ、板野友美、そして指原の推しの大島優子ちゃん。
秋葉原の地下アイドルらしいけど、指原にとっては神様みたいな存在だった。
学校では誰とも話さず暗いまま、ただアイドルのことだけを考えながら生きていた。
けれど、そんなつまらない毎日を地獄に変えてくる人だって、この世にはいる。
「何にやついてんの?キモいんだけど」
「こいつ秋葉原のアイドル好きらしいよ。気持ち悪いよね」
「はー!?ありえねーww現実見ろよ笑笑」
クラスの中心的存在に、休み時間の度に嫌なことを言われる。
物を隠されたり、教科書に落書きされたり、典型的ないじめにあった。
だんだん学校に行くのがつらくなって、ある日の朝、布団から起きれなくなった。
その日を境に、学校に行くことをやめた。

中学三年生になって、いよいよ真剣に進路について考える時期になった。
家に引きこもって、推しを見て生き延びているだけの、味気のない毎日。
このままではいけないと、頭ではわかっていた。
(高校、行かなきゃ。でも、大分の高校は嫌だ…また誰かが指原のこといじめるかもしれない。そんなの、耐えられない…)
そんなとき、ネットサーフィンして偶然見かけたのが、『秋葉原女子学園』だった。
東京、秋葉原の地にそびえ立つ私立の女子校。
全寮制で、地方からさまざまな女子が集まる、最近できたばかりの人気の高校。
しかし、偏差値はそこまで高いわけではない。
(指原も、学校の遅れを取り返して勉強すれば合格できるかもしれない)
誰も指原のことを知らない新しい土地で、大好きな推しのアイドルを応援しながら青春を送る。
それはなんとすばらしいものだろう。
そうと決まれば、まずは行動だ。
指原ははじめて、親に意見した。
親の返事は意外なものだった。
「勝手にしなさい」
きっと、両親も、毎日引きこもってばかりの指原が家にいるのはうんざりだったのだろう。
高いお金を払ってでもいいから、どこか遠くへ行ってほしいんだ。
誰も指原のことを必要としていない。
その事実は、改めて自覚するとなかなかに苦しいものだった。
その日、指原ははじめて部屋で泣いた。
今まで耐えてきたものがすべて崩れ落ちたようだった。

あの日ですべてが吹っ切れたようだった。
大分という土地も、学校のクラスメイトも、両親に対しても、なんの未練もなくなった。
それから、動画を見たり、参考書を買ったりして、独学で受験勉強に打ち込んだ。
あの日以来、泣くことはなかった。
迎えた受験当日。
前日から新幹線で東京まで乗り込んで、ホテルに一泊。
親はお金を渡しただけで着いてきてはくれなかった。
大分の中学校よりもずっときれいな校舎に足を踏み入れた瞬間は、今でも忘れられない。
勉強したことすべてを出し切って、テストに臨んだ。
テストが終わったあと、はじめて秋葉原の現場に行った。
あの日見た優子ちゃんが、そのときの指原には世界で一番輝いて見えた。
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