第七話 真っ赤な色

いつものようにレッスンを終えて、更衣室へ向かう。
その途中、あの空き部屋を見つけた。
あのとき以来ずっと行っていなかった。
あれからまともにはるっぴとも話せていなかったから、彼女の姿を見たのはさっしーとの公演ぶりだった。
久しぶりに見たはるっぴは本当に美しくて、消えてしまいそうな儚さをもっていた。
(はるっぴ…すっごくきれいだった…)
その姿を思い出していたら、足は自然と空き部屋へ伸びていった。
鏡に映る自分の顔は、ひどく興奮していた。
期待してしまっているのだ、彼女が来ることを。
レッスンで学んだ動きを復習して、ひとりで自主練をする。
ひとりで自主練するのは、いつも三十分間。
A.Y.バレエレッスンスタジオのレッスン時間は、レベルによって異なる。
ティーンエイジャースクールのFクラスは1時間、SSクラスは1時間半。
だから、この三十分は、はるっぴのレッスンが終わってこっちに来るのを待っている時間なのだ。
彼女のことを想いながら、待ち遠しく自主練をしていると、あっという間に三十分は過ぎた。
バーに手をついて、息を整える。
ふと鏡に映る自分に視線をやると、後ろの扉が開いた。
それを見て、私は振り返った。
そこにいたのは、ずっとずっと会いたかった人。
「はるっぴ…」
「さくちゃん…!!」
はるっぴは私のもとへ駆けつけ、熱い抱擁を交わした。
「ずっと会いたかった…私、もうさくちゃんに嫌われちゃったのかなって思って…」
私の胸にすがりついて、すすり泣くはるっぴ。
震える手でその背中を抱きしめた。
「私だって会いたかった…でも、あんなことして…はるっぴを傷つけたかもしれないって思うと、怖くてずっと会えなかった」
はるっぴは顔を上げて、笑顔を見せた。
「きのう、公演見にきてくれたね…見えとったよ。ありがとう…」
「それはこっちのセリフだよ…久しぶりにキラキラ輝いてるはるっぴを見たら、どうしてもまた会いたくなっちゃって…」
「もう、遅い。私、ずっと待っとった。ここに来たら会えるかもしれないってレッスンが終わったらいつも自主練してたんよ。扉を開けたらさくちゃんがいるかもしれないって思って」
ああ、はるっぴは最初から私のことを嫌いになんてなってなかったんだ。
むしろ、避けていたのは私の方だった。
秋元先生の言葉を聞いたときから、私は諦めたかったんだ。
これ以上この恋を続けてしまってはいけないと、そう思い込まなきゃやっていられなかった。
でも、無理だ。
この気持ちは、もう止められない。
「ごめん…ごめん、はるっぴ。避けちゃったりして。秋元先生とはるっぴが話してるところ、聞いちゃったの…だから、私ははるっぴのもとから離れるべきなんだって、そう思った」
「…でも、私、はるっぴのそばにいたい。はるっぴのことが大好き。たとえはるっぴが好きになっちゃいけない人だとしても、私はそれでもいい。はるっぴは、私の憧れの人だったけど…今はそれだけじゃないから」
伝えてしまった。
けど、不思議と後悔していない自分がいた。
「私も、さくちゃんが大好き。最初は普通の友達やったけど…今は違う」
はるっぴは頬の雫を伝わせて、言葉を紡いでくれた。
そのまま視線が絡み合って何も言わない時間が続いた。
「咲良…」
「遥…」
つぶやいたのは、同時だった。
そこから互いの唇が重なるまで、そう時間はかからなかった。
床に座り込んで、角度を変えてもう一度唇を合わせた。
息を吸おうと小さく口を開けた瞬間、ぬるりと舌が入ってくる。
「んっ…」
吐息まで食べられて、ふたりして床に崩れ落ちる。
小さく息を整えて、また一度、もう一度。
いろんな角度で、いろんな長さで、いろんな深さで。
押し倒して、口の隅から隅まで求めて。
そのまま逆転して押し倒されて同じように求められて。
今の私たちを止める者は、誰もいない。
誰にもこの気持ちを止めることはできない。
息ができなくなるまで、ただひたすらに、お互いのそれを求め合った。

いったいどれほどの時間が経ったのだろう。
私はすっかり赤くなった彼女の頬にそっと手を当てた。
彼女はいたずらな笑みを見せた。
「私たち…いけないことしたね」
「うん…でも、それでもいい。私、咲良色に染まっとるよ」
「…私も、目の前の色しか見えない」
私たちの関係はきっとタブーだ。
燃えたぎるような、血のように濃い、ドロドロとした真っ赤な色。
それが私たちの愛の色。
私は、そんなタブーの色に染まり続けたいーー。
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