第六話 花の色
A.Y.バレエレッスンスタジオの教室。
ティーンエイジャースクールのS Sクラスのレッスン。
厳しい指導と生徒たちの高い意識。
他の者が触れることができない、ぴりぴりとした空気。
そこで私は必死に呼吸していた。
吸って、吐いて。踊って、回って。
ただただ、それを繰り返す。
私にできることは、それしかないから。
『お前は、舞台の上で輝く美しい花でないといけないんだ』
秋元先生の言葉が、耳鳴りのように頭に響く。
私は花。
触れてはいけない美しい花。
なぜ触れてはいけないのか。
それは、触れてしまったら簡単に壊れてしまうから。
触れられたら、ひびが入るように、輝きを失う脆い花。
それが私の正体。
だから踊り続ける。
一秒でも長く輝き続けるために。
だから回り続ける。
一秒でも長く咲き続けるために。
『白鳥の湖』のフェッテ、32回転。
ただひたすらに、目がまわるほど回転し続ける。
麻友ちゃんと週替わりで主役を演じている、若手中心の劇団公演、『白鳥の湖』。
先週は麻友ちゃんが白鳥で私が王子。
今週は私が白鳥で、麻友ちゃんが王子。
明日は、今週最後の本番。
私は白鳥、そう自分に言い聞かせる。
完璧に踊らなきゃいけない、完璧にならなきゃいけない。
私は、舞台の上で一番輝く花にならなきゃいけない。
(完璧完璧完璧、私は完璧な花、完璧な白鳥、そして完璧なバレエダンサー)
完璧、完璧、完璧、完璧。
今考えていることはそれだけ。
それ以外何も考えられない。
(私は完璧ーー)
そう思った瞬間だった。
ぴんと伸ばしていたつま先が、ぐにゃりと横へ曲がる。
そのまま体のバランスを崩し、床に倒れ込んだ。
「痛っ…」
くじいた足をさする。
「遥ちゃん、大丈夫!?」
ようすを見ていた麻友ちゃんが慌てて駆け寄る。
「うん、大丈夫。ちょっとねじっただけだから…すぐ立てるよ。もっと練習しなきゃ」
「無理しすぎだよ。そろそろ休んだら?」
「できないよ。明日本番なんだし、もっと頑張らないと。私は完璧じゃないといけないんだから」
「遥ちゃん…」
麻友ちゃんは優しい。
ライバルなのに、学校では仲のいい友達として接してくれる。
最初はお互い名字で呼び合っていたのに、気づいたら名前呼びに変わっていた。
麻友ちゃんは自由だ。
同じ重圧を背負っているはずなのに、動きはどこか軽やかで、いつも笑顔がまぶしい。
麻友ちゃんはさくちゃんに似ている。
自由で優しくて、才能がある。
私が作り物の花だとしたら、麻友ちゃんは天然記念物だ。
生まれ持った美しさがある。
麻友ちゃんは恵まれた環境にいるから、常に花が咲いている。
水と陽の光を浴びて、満開でいられている。
さくちゃんは、まだつぼみ。
花が綻ぶように、初々しい状態から少しずつ成長していく。
のびのびとして、楽しそうな彼女は成長途中のつぼみ同然だ。
咲きかけの花。
それは、偶然近くに咲いていた花だった。
まだつぼみの花に、私は引き寄せられていったのだ。
そんなさくちゃんのことを思い出して、胸がちくりとする。
(あのとき、触れられて…思わずだめって言ってしまったけど…本当はいやじゃなかった)
怖かった。
もし一線を踏み越えてしまったら、私たちは友達ではなくなってしまう。
そうなってしまったら、私たちは一緒にはいられなくなるかもしれない。
だから、止めてしまった。
(さくちゃんに、嫌われちゃったかな…)
あれからずっと話せていない。
あのかわいらしい笑顔を、もう見ることはできないのだろうか。
そう思うと、心が苦しくなる。
(だめ。明日本番なんだから、しっかりしなくちゃ)
まだ痛む足で床に立って、もう一度ステップを踏んだ。
ティーンエイジャースクールのS Sクラスのレッスン。
厳しい指導と生徒たちの高い意識。
他の者が触れることができない、ぴりぴりとした空気。
そこで私は必死に呼吸していた。
吸って、吐いて。踊って、回って。
ただただ、それを繰り返す。
私にできることは、それしかないから。
『お前は、舞台の上で輝く美しい花でないといけないんだ』
秋元先生の言葉が、耳鳴りのように頭に響く。
私は花。
触れてはいけない美しい花。
なぜ触れてはいけないのか。
それは、触れてしまったら簡単に壊れてしまうから。
触れられたら、ひびが入るように、輝きを失う脆い花。
それが私の正体。
だから踊り続ける。
一秒でも長く輝き続けるために。
だから回り続ける。
一秒でも長く咲き続けるために。
『白鳥の湖』のフェッテ、32回転。
ただひたすらに、目がまわるほど回転し続ける。
麻友ちゃんと週替わりで主役を演じている、若手中心の劇団公演、『白鳥の湖』。
先週は麻友ちゃんが白鳥で私が王子。
今週は私が白鳥で、麻友ちゃんが王子。
明日は、今週最後の本番。
私は白鳥、そう自分に言い聞かせる。
完璧に踊らなきゃいけない、完璧にならなきゃいけない。
私は、舞台の上で一番輝く花にならなきゃいけない。
(完璧完璧完璧、私は完璧な花、完璧な白鳥、そして完璧なバレエダンサー)
完璧、完璧、完璧、完璧。
今考えていることはそれだけ。
それ以外何も考えられない。
(私は完璧ーー)
そう思った瞬間だった。
ぴんと伸ばしていたつま先が、ぐにゃりと横へ曲がる。
そのまま体のバランスを崩し、床に倒れ込んだ。
「痛っ…」
くじいた足をさする。
「遥ちゃん、大丈夫!?」
ようすを見ていた麻友ちゃんが慌てて駆け寄る。
「うん、大丈夫。ちょっとねじっただけだから…すぐ立てるよ。もっと練習しなきゃ」
「無理しすぎだよ。そろそろ休んだら?」
「できないよ。明日本番なんだし、もっと頑張らないと。私は完璧じゃないといけないんだから」
「遥ちゃん…」
麻友ちゃんは優しい。
ライバルなのに、学校では仲のいい友達として接してくれる。
最初はお互い名字で呼び合っていたのに、気づいたら名前呼びに変わっていた。
麻友ちゃんは自由だ。
同じ重圧を背負っているはずなのに、動きはどこか軽やかで、いつも笑顔がまぶしい。
麻友ちゃんはさくちゃんに似ている。
自由で優しくて、才能がある。
私が作り物の花だとしたら、麻友ちゃんは天然記念物だ。
生まれ持った美しさがある。
麻友ちゃんは恵まれた環境にいるから、常に花が咲いている。
水と陽の光を浴びて、満開でいられている。
さくちゃんは、まだつぼみ。
花が綻ぶように、初々しい状態から少しずつ成長していく。
のびのびとして、楽しそうな彼女は成長途中のつぼみ同然だ。
咲きかけの花。
それは、偶然近くに咲いていた花だった。
まだつぼみの花に、私は引き寄せられていったのだ。
そんなさくちゃんのことを思い出して、胸がちくりとする。
(あのとき、触れられて…思わずだめって言ってしまったけど…本当はいやじゃなかった)
怖かった。
もし一線を踏み越えてしまったら、私たちは友達ではなくなってしまう。
そうなってしまったら、私たちは一緒にはいられなくなるかもしれない。
だから、止めてしまった。
(さくちゃんに、嫌われちゃったかな…)
あれからずっと話せていない。
あのかわいらしい笑顔を、もう見ることはできないのだろうか。
そう思うと、心が苦しくなる。
(だめ。明日本番なんだから、しっかりしなくちゃ)
まだ痛む足で床に立って、もう一度ステップを踏んだ。