第四話 近づく色

五月半ば。
放課後、指原はカフェにいた。
隅のテーブル席で、そわそわしたようすで店員さんが入れてくれた水を飲む。
(まだかな…)
心を躍らせながら、メニュー表を眺めていた。
「お待たせしました」
ふわりと聞こえる、鈴の鳴るような甘い声。
はっとメニュー表から顔を上げると、そこには指原の大好きな『推し』がいた。
「まゆゆ!今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ。私、ずっと楽しみにしてました!」
まゆゆはいすに腰掛けて、いつもの天使の微笑みでそう言った。
「楽しみにしててくれたの!?指原、嬉しすぎて死んでもいい」
「し、死なないでください!」
まゆゆは大きく開いた口を片手で隠しながら、もう片方の手を振って驚いた。
「冗談!でも、本当に嬉しい。改めて、ありがとうね」
「そんなにかしこまらなくてもいいんですよ。今日から私と指原さんは友達です」
「と、友達!?そんな恐れ多い…」
「失礼します。ご注文は?」
店員さんがまゆゆのぶんのお水をもってきて、注文を聞いた。
指原のはただの水だけど、同じもののはずなのにまゆゆのは『お水』だ。
言うなれば聖水。
神聖な液体。
…さすがにこの言い回しは気持ち悪いなと、脳内で反省した。
「何にしようかなあ。このパンケーキ、おいしそうですねっ」
「ん〜?たしかに…」
メニュー表に目を落とすと、そこにはおいしそうなパンケーキ。
それを見つめるまゆゆの視線が一番おいしそう…って、さすがに気持ち悪いですよね、すいません。
「指原さんもパンケーキにしますか?」
まゆゆの提案には乗ろうと思い、パンケーキを指差そうとすると、下に書かれた値段が目に入る。
「せ、千円!?!?」
(うっ…高い…今月は公演全通したいから節約できるところはしないと…)
「さ、指原はアイスコーヒーにするわ」
(っていうか一番安いアイスコーヒーのsサイズですら350円なんだよな…ここの店高い…)
「お腹空いてないんですか?」
「い、いやあ。今月金欠でさ〜」
「そうなんですか?よかったらお支払いしましょうか?」
「え!?推しにお金出してもらうわけにはいかないから!!」
(お嬢様には金欠なんて概念ないんだろうな〜。言うことが違うわ…)
「パンケーキひとつとアイスコーヒーsサイズひとつで!!」
本当に奢ってもらうわけにはいかないので、まゆゆが答える前に店員さんに勢いよく注文したのだった。
「かしこまりました」
店員さんが厨房へと消えていく姿を見て、まゆゆは悲しそうに話しかけた。
「本当によかったんですか?遠慮しなくていいんですよ」
「ほ、ほんとに大丈夫だから!!気にしないで!それより、指原しつこくなかった?毎日待ち伏せしてて。振り返れば、我ながら気持ち悪いなあ、だなんて思うんだけど…」
「全然そんなことないです!でも、なかなか日付が合わなくて大変でしたよね。この日は私はレッスンや公演、その日は指原さんのアルバイトって…」
「今日はバイトもレッスンも少し遅めだから行こうって話にこないだなったよね。楽しみすぎて眠れなかった」
「そんなこと言ってくださるなんて、嬉しいですけど、なんだかやりとりが古典的ですよね。せっかくだから連絡先交換しますか?」
「ま、まじで!?いやでも〜…推しと連絡先交換は一線超えてる気がするからやめとく!!」
「そうですか?けど、あえてこういうのも素敵ですよね。今の時代だからこそ」
「お待たせしました」
そんな話をしていたら、パンケーキとコーヒーが運ばれてきた。
「わぁ、すっごくおいしそう!」
まゆゆは丁寧にパンケーキを切り分け、その美しいお口へともっていく。
咀嚼する姿はまるで、18世紀の王妃マリーアントワネットのようだった。
(って、この意味わからん詩的表現ができるなら、もっと勉強に生かしなよって咲良に言われそうだな〜…自分でも思うわ…)
コーヒーを一口飲むと、少し苦い味わいが口いっぱいに広がった。
(まあ、味はおいしいんだよな…高いだけあって)
「ん〜!おいしい!指原さんも、食べてみてください」
そう言って、まゆゆは切り分けたパンケーキのかけらをフォークに刺して、指原の口元へもっていく。
(は…?)
「はい、あーん」
(な、何が起きてんの??)
指原はあごを震わせながら、ゆっくりと口を開く。
そのまま、パンケーキが口の中へと入った。
どうすればいいのかわからなくて、とりあえずパンケーキを味わう。
「おいしい…」
「ですよね!」
(…まっっって、今、指原は推しと間接キスした???)
その衝撃の事実に、頭が真っ白になった。
「うん…おいしかった…フォークが…」
「え?」
(フォークからまゆゆの味がした気がする…)
咲良に聞かれていたら今ごろ頭でも叩かれていそうだ。
今日がレッスンでよかった。
「指原さん…ご趣味とか、ありますか?」
(唐突に質問してきた…もしかして、盛り上げようとしてくれてる?その気遣いは嬉しいけど、もしかしてつまんないって思わせちゃったかな…)
ネガティブなことを考えてしまうが、私は今まゆゆの目の前に座っているのだから、堂々とするほかない。
そう思い、自信をもって答えた。
「まゆゆの推し活です!!」
「やっぱり…?」
「うん!」
「そっかあ。推してくれてるのは嬉しいけど、なんだか恥ずかしいですね。他にはありますか?」
今の指原にはまゆゆ抜きの生活は考えられないわけで、この質問には頭を抱える。
「んー…昔からアイドルの追っかけしかしてこなかったから…あ、もちろん今はまゆゆ一筋だよ!?…って趣味の話だっけ?ゲームとかかなあ。まゆゆはゲームなんてしないよね」
「そんなことないですよ。全然します」
「え、嘘!?信じられないんだけど」
「よく意外って言われますね。学校のお友達はあまりゲームとかしていなかったみたいだから」
「みんなお嬢様だもんね。」
「たとえば、なんのゲームをされるんですか?」
「えー?ときめきメモリアルgirl's side とか」
「ときメモですか!?私もやってますよ」
「え、まゆゆときメモわかんの!?まじで?」
「はい。second seasonもやりたいんですけど、時間なくてまだ買えてないんですよね…」
「指原second seasonもってるよ!貸そうか?」
「いいんですか!?でも、私レッスンが忙しくてプレイする時間がとれないから、なかなか返せないかも…」
「ちなみに、どれくらい借りパクする予定で?」
「うーん…9年くらい?」
「思ったより長くて草」
そんなこんなで、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
推しとこんなに近づける日がくるなんて、少し前の指原に言っても絶対信じないだろうな。
「そろそろおいとましましょうか。レッスンの時間が近づいてきたので」
「指原ももうすぐバイト。ほんと、今日はありがとうね」
「こちらこそ、本当にありがとうございます。また行きましょう」
そう言って、また天使の微笑みをくれる。
見えないはずの羽が、たしかにそこにあった。
「本当に?また遊んでくれるの?」
「もちろんです!指原さんと過ごす時間はとっても楽しいし、ときメモも貸してほしいので。私と、指原さんは友達ですから」
『友達ですから』
その部分だけ脳内に三回リピートされる。
(ああ、指原、なんて幸せなんだろう…)
幸福すぎて倒れそうになる体を支えて、お会計をする。
カフェを出て、お互い反対方向へ体を向けた。
「それじゃあ、また今度会いましょう」
「うん!!また待ち伏せする!!!」
可憐に手を振る姿はもはや皇族のオーラだ。
その神々しさにダメージを喰らった体を引きずりながら、指原はバイトへと向かった。
1/6ページ
スキ