第三話 輝く色

HKT女学院での朝は静かだ。
「兒玉さん、きのうの公演とてもよかったよ!」
「すごく美しかった!」
しかし、私が教室に入ると同時に歓声が上がる。
「みんなおはよう。見てくれてありがとう」
クラスメイトに返事をして、席につく。
「ねえねえ、どうしたらあんなに回転できるの?」
「毎日練習してるの?」
毎度のことながら質問攻めに合うので、一つずつ返しながら、朝の時間は過ぎていく。
(朝は予習したいんだけどな…)
「みなさん、静かに。席についてください。HRを始めます」
先生がやってきて、ようやくみんなが席へと戻る。
(やっと解放された…)
「今日は転校生を紹介します。入ってきてください」
扉が開き、転校生が顔を出す。
その瞬間、教室の空気は止まった。
そんな空気を突き破るように、彼女はまっすぐ凛々しく歩き、黒板の前に立った。
「渡辺麻友です。父の転勤で、東京のAKB女学院からやってきました。バレエをやっていて、一応劇団にも所属させてもらってます。よろしくお願いします!」
天使のような微笑みが、クラス全体に染み渡る。
「じゃあ、渡辺さんの席は兒玉さんの隣だから。みなさん、転校生が来たからと言って浮かれずに、気を引き締めて授業を受けるように」
担任のその言葉と同時に朝のHRの終わりを告げるチャイムが鳴り、教室にいたほとんどの生徒が黒板に押し寄せた。
「渡辺さんって、あの秋元バレエ劇団に所属してるんだよね!?私、公演見た!」
「まさか本物に会えるなんて…幸せ〜」
「みんな、ありがとう。でも、席に案内してほしいな」
困った顔でそう言うが、まわりは目の前の彼女に夢中で聞いちゃいない。
助け船を出そうと思い、私は席から立ち上がって黒板に向かい、彼女に声をかけた。
「渡辺さん、席はこっちだよ」
「あ、兒玉さん!ありがとう!」
渡辺さんを連れて、自分の席に戻った。
渡辺麻友。
私と同じ、秋元バレエ劇団の団員のひとり。
全国区で展開している日本最大級のバレエスタジオ、A.Y.バレエスタジオの東京の教室に通っていた渡辺さんは、秋元バレエ劇団の若手として、東京の公演をメインに活動していた。
秋元バレエ劇団は、ふだんの公演は大きく分けて東京、愛知、大阪、福岡の四つに分かれて活動し、年に一度、夏休みに行われる全国ツアーで、劇団に所属する全員が集合して日本各地でバレエを披露する。
私と渡辺さんは、中学三年生のとき次期団員候補として全国ツアーの見学をさせてもらっていたから、すでに顔見知りだった。
渡辺さんの父親は、東京の大手企業の役員をしていて、来年から福岡支社の社長になる予定だったそうだが、急遽五月からの転勤となり、渡辺さんはゴールデンウィーク明けに、AKB女学院入学からわずか一ヶ月で姉妹校のHKT女学院に転校することになった。
それに合わせて、秋元バレエ劇団福岡チームのゴールデンウィーク公演に飛び入り参加したのだった。
突然の参加にも関わらず、劇団で一番の注目を浴びた渡辺さんは、まさにスターという言葉がふさわしかった。
彼女だって、私と同じ若手としての期待と重圧を背負っているはずなのに、それを感じさせないオーラと実力が、渡辺さんを彩っていた。
「今日もレッスン、がんばろうね!」
渡辺さんが、笑顔でこちらに話しかける。
(今日もレッスンかあ…)
レッスン自体は嫌いではない。
もっと自分を高め、舞台で最高のパフォーマンスをするために大切なことだ。
けれど、私は劇団のエース。
完璧に踊らなきゃいけない、完璧にならなきゃいけない。
私は、舞台の上で一番輝く花にならなきゃいけない。
その重圧に、押しつぶされそうだった。
『バレエって楽しいね』
『いつかふたりで踊りたい』
『私も、追いつきたい』
ふと、脳裏によぎったさくちゃんの言葉。
(今日は…さくちゃんに会えるかな)
さくちゃんの、なんにも縛られない自由な姿。
それを思い出したら、なんだか元気がでてきた。
「うん。がんばろうね」
私も、笑顔で渡辺さんに返事をした。
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