第二話 交わる色
「はあ…全然できなかったな」
初回レッスンを終えて、私は嘆いていた。
初めてだから仕方ないとはいえ、あまりの自分の運動音痴っぷりに幻滅した。
(やっぱり、あの子には程遠いな…)
きのうの姿を思い出して、余韻に浸る。
(けど、少しでも追いつきたい。)
更衣室に戻る最中の廊下で、空き部屋を見つけた私は、中に入った。
鏡に映る自分を見ながら、先生に教わったことを思い出して、練習を続けた。
そうすること30分。
うまくいかないことに絶望しながら、鏡を見ると、ドアに人がいることに気づいた。
慌てて振り返ると、その人物と目が合う。
私は衝撃で固まってしまった。
「兒玉遥…さん?」
きのう舞台の上に咲いていた花が、目の前にいる。
夢でも見ているのだろうか。
バーにつかまったまま、空いた口が塞がらなかった。
「私のこと…知っとるん?」
はじめて、彼女の声を聞いた。
あのときのきれいな立ち振る舞いからは想像もつかないくらいの、ふわふわとした優しい博多弁。
「あ、はい。きのうの公演で兒玉さんを見て…」
「遥でいいよ。同い年でしょ?たぶん」
「じゃあ…はるっぴ」
「ふふ、何それ!はじめて言われた」
「と、友達が言ってたから…」
「あなたの名前は?」
「宮脇咲良」
「素敵な名前だね。じゃあ、私はさくちゃんって呼ぼうかな」
このたった数秒で、何が起きているのか、私には理解できなかった。
きのう出会ったばかりの、雲の上のような存在の人が、私の目の前で話して、私の名前を呼んでいる。
「さくちゃんは、どこのクラス?」
「Fクラス…今日、体験を受けてきた」
「そうなんだ。もしかして、バレエははじめて?」
「うん。今まで、やったことなかった」
「そっかあ。どうしてバレエをやりたいなって思ったの?」
「はるっぴが…きれいだったから」
「え…」
はるっぴは驚いた顔をしていた。
「きのう見たあなたが、お花みたいに美しくて。私もあんなふうになりたいなって思った。はるっぴに出会わなかったら、私、バレエやりたいなんて思ってない」
「嬉しい…ありがと、さくちゃん」
はるっぴは顔を赤くしながら、はにかんだ。
「さくちゃんは、自主練中やった?」
「うん。レッスン、全然うまくできなかったから…私、運動音痴だし、才能ないかも」
「そんなことないよ。私と、一緒にやってみない?」
話の流れで、はるっぴとレッスンすることになってしまった。
「足の動きは、こうするといいよ」
はるっぴの動きを見て、見よう見まねで同じように動く。
「そうそう、さくちゃん、いい感じ!」
小さく拍手をしながら喜ぶはるっぴは、舞台のときと別人なくらいかわいらしかった。
30分ほど経っただろうか。
はるっぴは細かいところまでみっちりと教えてくれた。
もちろんものすごく上達したわけではないけれど、さっきの自信のなさが嘘のように、バレエが楽しくなった。
「はるっぴ…ありがとう。おかけで、少しだけ自信がついた気がする。バレエって楽しいね」
はるっぴは、ぽかんとした表情をつくる。
「バレエ…楽しい?」
「え?うん。私、運動音痴だし才能もないけど、バレエは楽しいなって、今はじめて思えた」
「さくちゃん、バレエの素質あると思うよ。自由でのびのびしてる」
「そう…?動き、とっても固いと思ったんだけど」
「それはまだ柔軟性が足りてないだけだよ。今のは、体が柔らかいっていうよりかは、楽しそうだなって意味」
はるっぴの顔は、どこか寂しそうだった。
「さくちゃん、バレエ続ける?」
「どうしようかな…はるっぴみたいになりたいなって、そう思ったけど…でも、やっぱり憧れの人を前にしたら、全然違うなって思い知らされた。私は、このまま客席で、はるっぴが踊る姿を見つめてるだけでいいのかもしれない…」
私がぽつりと弱音を吐くと、はるっぴは私の手をとる。
触れた瞬間、少しだけ鼓動が早くなるのがわかった。
「私は、さくちゃんとまた一緒に自主練したいな。そして、ふたりでいつか踊れるようになりたい」
「…ほんとに?」
「うん。嘘なんかつかないよ」
「じゃあ…続ける。私、スタジオに入会して、レッスンしたい。それで、はるっぴと自主練して、いつかふたりで踊りたい。」
「嬉しい。私、待ってるから」
「私も、追いつけるようになりたい」
「じゃあ、約束だよ」
「うん…約束」
はるっぴが小指を差し出す。
私は自分の小指を絡めた。
この日、私が一目惚れした憧れの人は、私の友達になった。
それ以上の関係になるなんて、今はまだ知らずにーー
初回レッスンを終えて、私は嘆いていた。
初めてだから仕方ないとはいえ、あまりの自分の運動音痴っぷりに幻滅した。
(やっぱり、あの子には程遠いな…)
きのうの姿を思い出して、余韻に浸る。
(けど、少しでも追いつきたい。)
更衣室に戻る最中の廊下で、空き部屋を見つけた私は、中に入った。
鏡に映る自分を見ながら、先生に教わったことを思い出して、練習を続けた。
そうすること30分。
うまくいかないことに絶望しながら、鏡を見ると、ドアに人がいることに気づいた。
慌てて振り返ると、その人物と目が合う。
私は衝撃で固まってしまった。
「兒玉遥…さん?」
きのう舞台の上に咲いていた花が、目の前にいる。
夢でも見ているのだろうか。
バーにつかまったまま、空いた口が塞がらなかった。
「私のこと…知っとるん?」
はじめて、彼女の声を聞いた。
あのときのきれいな立ち振る舞いからは想像もつかないくらいの、ふわふわとした優しい博多弁。
「あ、はい。きのうの公演で兒玉さんを見て…」
「遥でいいよ。同い年でしょ?たぶん」
「じゃあ…はるっぴ」
「ふふ、何それ!はじめて言われた」
「と、友達が言ってたから…」
「あなたの名前は?」
「宮脇咲良」
「素敵な名前だね。じゃあ、私はさくちゃんって呼ぼうかな」
このたった数秒で、何が起きているのか、私には理解できなかった。
きのう出会ったばかりの、雲の上のような存在の人が、私の目の前で話して、私の名前を呼んでいる。
「さくちゃんは、どこのクラス?」
「Fクラス…今日、体験を受けてきた」
「そうなんだ。もしかして、バレエははじめて?」
「うん。今まで、やったことなかった」
「そっかあ。どうしてバレエをやりたいなって思ったの?」
「はるっぴが…きれいだったから」
「え…」
はるっぴは驚いた顔をしていた。
「きのう見たあなたが、お花みたいに美しくて。私もあんなふうになりたいなって思った。はるっぴに出会わなかったら、私、バレエやりたいなんて思ってない」
「嬉しい…ありがと、さくちゃん」
はるっぴは顔を赤くしながら、はにかんだ。
「さくちゃんは、自主練中やった?」
「うん。レッスン、全然うまくできなかったから…私、運動音痴だし、才能ないかも」
「そんなことないよ。私と、一緒にやってみない?」
話の流れで、はるっぴとレッスンすることになってしまった。
「足の動きは、こうするといいよ」
はるっぴの動きを見て、見よう見まねで同じように動く。
「そうそう、さくちゃん、いい感じ!」
小さく拍手をしながら喜ぶはるっぴは、舞台のときと別人なくらいかわいらしかった。
30分ほど経っただろうか。
はるっぴは細かいところまでみっちりと教えてくれた。
もちろんものすごく上達したわけではないけれど、さっきの自信のなさが嘘のように、バレエが楽しくなった。
「はるっぴ…ありがとう。おかけで、少しだけ自信がついた気がする。バレエって楽しいね」
はるっぴは、ぽかんとした表情をつくる。
「バレエ…楽しい?」
「え?うん。私、運動音痴だし才能もないけど、バレエは楽しいなって、今はじめて思えた」
「さくちゃん、バレエの素質あると思うよ。自由でのびのびしてる」
「そう…?動き、とっても固いと思ったんだけど」
「それはまだ柔軟性が足りてないだけだよ。今のは、体が柔らかいっていうよりかは、楽しそうだなって意味」
はるっぴの顔は、どこか寂しそうだった。
「さくちゃん、バレエ続ける?」
「どうしようかな…はるっぴみたいになりたいなって、そう思ったけど…でも、やっぱり憧れの人を前にしたら、全然違うなって思い知らされた。私は、このまま客席で、はるっぴが踊る姿を見つめてるだけでいいのかもしれない…」
私がぽつりと弱音を吐くと、はるっぴは私の手をとる。
触れた瞬間、少しだけ鼓動が早くなるのがわかった。
「私は、さくちゃんとまた一緒に自主練したいな。そして、ふたりでいつか踊れるようになりたい」
「…ほんとに?」
「うん。嘘なんかつかないよ」
「じゃあ…続ける。私、スタジオに入会して、レッスンしたい。それで、はるっぴと自主練して、いつかふたりで踊りたい。」
「嬉しい。私、待ってるから」
「私も、追いつけるようになりたい」
「じゃあ、約束だよ」
「うん…約束」
はるっぴが小指を差し出す。
私は自分の小指を絡めた。
この日、私が一目惚れした憧れの人は、私の友達になった。
それ以上の関係になるなんて、今はまだ知らずにーー