第二話「初七日」

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 翌朝駿が気持ちよく寝ていると、扉が思い切り開き倶生神ぐしょうじん二人が勝手に部屋へと入って来た。

五官ごかん様!起きてくださーい!」
「いつまで寝てるんだ!もう九時だぞ!」

 そう言い二人は駿を揺さぶって無理矢理起こす。無理矢理起こされた駿は未だ眠いのか、虚空を見つめぼーっとしていたが、数秒後ハッと気が付くと倶生神の方を見て頭を搔きながら挨拶をした。

「お、おはよう、二人とも。俺そんな寝てた?」
「時計見てください。食堂で朝ごはんが食べられるのは十時までなんですよ。後一時間しかないです」

 朝ごはんという単語を聞き、昨夜からずっとお腹を空かせていた駿は思い切りお腹を鳴らした。

「ほら、五官様。早く着替えて食堂に行きましょう!着替えは机の上にあるので、それを着てください。着てきた衣類は後で必要になるので、持ってきてくださいね!では、私達は外で待ってます」

 同生天どうしょうてんは言い終えると同名天どうみょうてんを連れ部屋から出て行く。出て行ったのを確認してから駿は急いでシャワーを浴び着替える。着替えた際着物の中に着ると思われるタートルネックの裾が胸までしかなく、お腹が全て丸見えになっているデザインで駿は着るのを辞めようかと一瞬思うも、他に着られるような物がなく渋々それへ袖を通した。

 部屋から出ると倶生神二人から「遅い」と言われ、小言を言われながらも廊下を少し歩いた先にある食堂へと案内される。中へ入ると食事をしている者は誰一人いなかった。

「ぎりぎりですけど、この時間ならなんとか食事提供して貰えそうですね」
「良かったな、初日から食いっぱぐれなくて」

 駿は適当に注文を済ますと入口近くの席まで行き、倶生神二人の正面へと座った。

「朝と昼は自由に食べて頂いて良いんですけど、夜だけは候補の皆さん全員で食事をして頂く形になるので午後七時迄には食堂へ来てくださいね」
「分かりまし――」
「私達に敬語は無用です」
「え、でも」

 そう言うと同名天は駿の事を睨み付けながら口を開いた。

「同生天が良いと言ってるんだから、有難いと思え!」

 駿は苦笑いをすると大人しく分かったと返事をする。その返事に満足したのか同名天は分かれば良いんだと返してきた。

 暫く倶生神達と会話を楽しんでいると、料理が運ばれてくる。駿が選んだのはアジの開きがメインの和食であり、味噌汁の香りが食欲を引き立たせてくれた。食べようかと口を開いた瞬間、部屋の入口から騒がしい声が聞こえてくるので駿は何だろうと思いそちらを見ると、そこには小野篁おののたかむらが半分眠っているような閻魔王を引きずっていた。

「ほら閻魔様、早くしないと朝食抜きになりますよ」
「わかったから……ひっぱらないでよ、たかむらくん……」

 閻魔王が目を擦りながら大欠伸をし終えた瞬間駿と視線が合い、閻魔王は大きな声で「あっ」と言った。そのまま走って駿の方へと近寄り思い切り頭を下げる。

「きのうは、ごめんなさい」
「あ、いや、別に気にしてないですから」

 駿がそう言うと閻魔王はほっとしたような表情を浮かべると、そのまま食堂のカウンターの方へと行き朝食を注文しに行く。終えた後篁を引っ張りながら閻魔王は駿の方へと戻ってくると、隣へと座った。

「ねえ、ごかんくん」
「なんですか?」
「どうしてごかんくん、けいごなの?」

 閻魔王は心底不思議そうに駿を見ながらそう言った。駿がどう返すか考えていると、閻魔王の後ろに立って控えていた篁が口を開きかわりに説明し始める。

「閻魔様、初対面の方に敬語を使うのが大人ってものです」
「へえ、ごかんくんはおとななんだ。ねえ、たかむらくん、おれは?」
「閻魔様はまだまだ子供ですね」
「なんで?おれも、おとなだよ!」
「いえいえ、何を仰られるんですか。閻魔様ったら未だに一人では眠れない子供ではないですか」
「そんなことないもん!おれだってひとりでねられるから、おとなだよ」

 暫く篁と閻魔王は大人、子供じゃない論争を繰り広げていたが、篁が何かを思い出し駿へと声を掛ける事によりそれは終了した。

「大王からの伝言です。先日は自分から本名を言うなと言っておきながら、うっかり五官様の本名を皆の前で言ってしまいすまなかった、だそうです。うっかり所の話ではないのですが、どうかうっかり大王を許してやってください」

 そんな事あったか?と駿は一瞬考えるも思い出せなかったので、取り敢えず分かりましたとだけ返しアジを口へと入れる。それを閻魔王はじっと見つめており、閻魔王からの視線により食べづらい駿は一旦箸を置いた。

「あの、なんですか……」
「けいごじゃなくていいよ!ねえ、ごかんくん、そのアジひとくちちょうだい」

 そう言うと閻魔王は口を開けてアジを待ち始める。そんな閻魔王に篁はすかさず「やめなさい」と注意する。

「閻魔様も同じもの頼んだじゃないですか。もう少し待てば来るんですから、我慢してください」
「やだー!いまたべたい」
「駄目です、我慢してください」

 二人のやり取りを苦笑しながら眺めていると、わざとらしく咳払いをした倶生神二人に早く食べるよう急かされる。

「五官様、なるべく早く食べて頂きたいのですが……」
「そうだぞ、この後予定があるんだから早く食え」
「ご、ごめん」

 そう返事をすると駿は急いで残りを食べ始める。途中閻魔王からちょっかいを出されるも、それを無視し一気に食べ、食器を置きに行き戻ると倶生神達は誰かに連絡をしており、どうするか悩んだ駿は取り敢えず椅子へと座った。

 連絡を終えた倶生神達は駿へと向き直ると口を開こうとしたその時、駿の隣で食事をし始めた閻魔王がコップを倒してしまい、駿の腕へと水がかかってしまう。閻魔王は自分は悪くないとでも言いたげな表情を向けたあと、座り直し何事も無かったかのように食事をし始めるも後ろへ控えていた篁に「閻魔様、悪い事をしたら謝らないと駄目ですよね?」と言われてしまい、頬を膨らませながらも閻魔王は駿へと向き直り頭を下げるのだった。

「ごめんなさい」
「気を付けてくださ――」
「だから!けいごじゃなくていいって!」
「あ、悪い……あー……その、なんだ、次から気をつけろよ」
「うん!わかった!」

 敬語じゃなくなった事に満足した閻魔王は笑顔で返事をすると、また食事をする為に前を向いた。

「結構濡れたな……着替えた方が良いか?」

 と、独り言を言い終えた時だった。食堂の入口から「これから脱ぐんだから必要ないですよ!」と聞こえてくる。駿は驚いてそちらを見ると三人の男女がおり、三人とも駿の方へと来るとお辞儀をした。
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 駿はその時、白髪ツインテールの少女の胸から目が離せなくなり、ついその大きな胸を凝視してしまう。

由佳ゆかの胸も大きいと思ってたけど、それ以上にデカい胸って存在するんだな……すげえな)

 そう思っていると視線に気付いた少女の隣にいた同じ背丈の少年が眉間に皺を寄せ、明らかに嫌そうな表情をした。

「五官様、妹の胸が大きいからってあんまジロジロ見ないでください。正直不愉快です」
「お兄ちゃん、そんな失礼な事言ったら駄目じゃない!」

 そう言い少女は申し訳なさそうな表情で駿へと頭を下げる。

「兄である懸衣翁けんえおうが失礼な事を言ってしまいすみません」
「あ、いや、俺も失礼な事してたんだしそんな謝らなくても……」

 どうしたものかと困っていると一番最後に入ってきた、髪の右半分が白色で左半分が黒色と珍しい髪色にオッドアイの顔の整った青年が口を開いた。

奪衣婆だつえばに懸衣翁、そのような些細な事で一々事を荒立たせていては、仕事に支障をきたすのでおやめなさい」
「すみません、秦広王しんこうおう

 奪衣婆に懸衣翁と呼ばれた少年少女は、秦広王へと頭を下げると通れるよう道を開けた。そのまま秦広王は駿の前まで来ると一礼する。駿は座っているのも違うなと思い、立ち上がるとお辞儀をした。

「座っていても構いませんよ。それより今から君の本名を言ったり、プライベートな話をして頂く事になるので、場所をかえようと思うのですが」
 秦広王はちらりと閻魔王の方を見遣る。その視線の先に気付いた駿は、別にこいつになら聞かれても問題はないだろうと思い返答をした。
「いえ、ここで大丈夫です」

 多分と内心付け足し、一体どんな話題を振られるのかと駿は緊張した。

「そうですか……言い難いなどありましたら直ぐに場所を変えるので、遠慮なく言ってくださいね。では、座って話しましょうか」

 そこまで言うと秦広王は机を挟んだ駿の向かい側へと座ると同時に駿も座る。奪衣婆と懸衣翁は秦広王の後ろへと控える形で立ち、懸衣翁は持っていた巻物などの書類を机へと置いた。

「では、早速本題へと入らせて頂きます。先程も言いましたが形式上、今から君の本名を言わなくてはならない事を承知してください。では早速。今日で君、小明こあき駿は死んでから初七日を迎えました。本来ならば私の本拠地である秦広庁で審査をする事になるのですが、君は特別なので私がこちらへと足を運びました。小明駿、君はどんな生を送って来ましたか?好事や悪事、何でもいいので教えてください」

 にこりと微笑まれ、駿は話そうとするも一体どこから何を話せば良いのか分からず固まってしまう。そんな駿に秦広王は優しく問いかけた。

「そうですね……では君の事に着いて教えてください。小明駿、君は自分の事をどう思っていますか?」
「……親不孝で自分勝手な奴だと思っています。母さんの前で沢山嘘をついて来たし、母さんから離れたいと思ってしまった結果、母さんを傷付けました。あんなに可愛がってくれてたのに、母さんの事を……その……苦手、というか余り関わりたくないと思っていた事が多々あり、その度になんとも言えない気持ちになっていたような気がします」
「そうですか。では、君は生前何か良い事をした記憶はありますか?覚えている範囲で構わないので教えてください」

 そう問われ駿は言葉に詰まってしまう。元々自分の事をあまり話すのが得意ではない駿にとってこの質問は難題であり、先程よりも言葉に詰まってしまうも何か言わなければと思い駿は口を開いた。

「特にこれと言って無い、と思います」
「それは本当ですか?」
「……は、はい」

 なるほど、と呟くと秦広王は手元にあった紙へ駿に見えないよう何かをメモすると、すぐさま懐へとしまった。

「普通だったらこの後三途の川を渡って頂くのですが、渡った事にします」
「はあ……」

 間の抜けた返事をしていると、白髪ツインテールの少女――奪衣婆と、白髪ポニーテールの少年――懸衣翁が駿の横へと移動をし、奪衣婆が駿へと手を出してきた。なんなのか分からず首を傾げていると、奪衣婆はにこりと笑い口を開く。

「本来であれば衣服を剥ぎ取るのが私の仕事なんですが、流石に五官様へは恐れ多くて出来ないので、着てきた服を貸してください!」
「あ、ああ、はい」

 返事をしながら持ってきた服を奪衣婆へと渡すと、一瞬で奪衣婆は驚いた表情へと変貌した。

「お、お兄ちゃん、凄いわこの服!すっごく軽い!」

 そのまま奪衣婆は懸衣翁へ服を渡すと、懸衣翁も驚いた表情へと変わった。
 普段は亡者から剥ぎ取った衣服を衣領樹という木にさげ、そのしなり具合いで罪の重さを見ているのだが、この二人は日々亡者の衣服を剥ぎ取り持っているからか、衣領樹に下げなくてもなんとなく重さでどれくらいの罪を犯しているのか分かるようになっていた。

「秦広王、この者生前悪行を働いていない凄いレアな方ですよ」

 そう懸衣翁が言うと秦広王は頷き倶生神を見た。同生天と同名天は半ばどや顔で頷き返す。

「小明駿、早いですが君への審査はこれで終わりです。後は倶生神達から細かい事を聞いておきますので、今日はゆっくりと休んでください。次は七日後、即ち二七日に初江王しょこうおうからの審査があります。今のような感じの事を四十九日まで七日ごとに行います」
「分かりました」
「今みたいに受け答えをすれば良いので、そんな構えなくても大丈夫ですからね」
「はい」

 ふっと秦広王は笑うと立ち上がり、奪衣婆と懸衣翁、それに倶生神を引き連れ食堂から出て行った。もっと長引くかと思われた審査はあっさりと終わり、結局服を脱ぐ事も無く終えた事に駿は内心ホッとし、肩の力を抜いて思い切り息を吐き出す。
 すると今の今まで大人しく横で見ていた閻魔王がいきなり駿の左肩を叩いてきた。

「ねえ、ごかんくん!なんでうそついたの?ねえ、なんで?」

 不思議で仕方ないといった表情で閻魔王に見つめられ、駿は言葉につまる。

「別に嘘ついた覚えないんだけど」
「うそついてたよ!ね、たかむらくん」

 急に話を振られた篁は一瞬驚くものの、すぐ様返答をした。

「私には嘘を見抜く能力がないので、五官様がいつどのタイミングで嘘を仰ったのか分かりかねます」
「たかむらくん、ちゃんとおはなしきいてないとだめだよ」
「はあ……すみません」

 軽く流すように返答すると篁は一旦その場から離れ、水を持って戻ってくると駿の前へと置いた。

「どうぞ」
「ありがとうございます、篁さん」

 水を一口飲み、ふうと息を吐き出すとまた閻魔王が話しかけてくる。

「ごかんくん、きっといいこといっぱいしてきたのに、これといってないなんていって、どうしてうそついたの?」
「……」

 そんな良いことなんて特にしてこなかったと思っていた駿は上手く返答が出来ずに黙っていると、篁が助け舟を出してくれた。

「閻魔様、世の中には良いことをしたとしてもそれをするのが当たり前で、己が良いことをしたという自覚を持たない人もいるんですよ。きっと五官様はそういった方なんでしょう」
「へえ、そうなんだ。それよりごかんくん!」

 余り興味のなさそうな返事をすると、いきなり閻魔王は大きな声で駿の事を呼んだ。突然の大きな声にびくりと肩を震わせ驚いている間にも、閻魔王は喋り続けていた。

「このあとひまでしょ?あそぼうよ!」

 閻魔王がそう言うと篁がわざとらしく咳払いをした。

「閻魔様、この後はお勉強の時間ですよ?お忘れですか?」
「…………ねえ、ごかんくん、どうする?」

 篁の言葉を無視し閻魔王が聞いてくるので、駿は困りつつも返事をする。

「お前の勉強とやらが終わったら遊んでやってもいいぞ」
「………………」
「良かったですね、閻魔様。ささ、その邪魔な食器を片付けたら早速国語のお勉強しましょうね」

 嫌だと反論するかと思われたが閻魔王は勢いよく立ち上がり急いで食器を片付けると、篁に早く勉強を終わらせようと言い勉強道具を広げ始める。
 その後駿は何となく勉強へ参加し、終わった後は閻魔王に付き合い閻魔庁の中を軽く案内された後、一緒にゲームをして遊ぶのだった。
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