そばに居たい人
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「あの世界での出来事を一切覚えていないようなんです。それに加え、精神的ショックによるものか、記憶が幼い頃に戻っているみたいで…。本人に確認したところ、恐らく8歳」
「……………はっ?」
医者にそう説明された時、最初はそれしか言葉が出てこなかった。
元の世界に帰還したオレ達ぷれいやぁは、期間に差があるものの、全員入院生活を余儀なくされた。
オレは全身火傷のせいで少し時間が掛かってしまったが、それでもリハビリを半ば意地で乗り越え、遂に退院に漕ぎつけた。それもこれも🌸と早く再会したかったためだ。
今際の国で出逢った変わり者の女。こんなオレに「愛してる」とのたまい、「一緒に生きよう」と共にあのイカれた国で生き抜いてきた。「元の世界に帰れたら絶対また会おうね」と約束もした。
あの国での最後の記憶を辿れば、🌸はオレほど怪我を負っていなかったはずだ。しかし待てども待てどもオレの見舞いに来る事はなかった。
結局元の世界に帰っちまえばオレのことなんかどうでもいいってのかよ。怒りは湧いたが、約束は約束だ。テメェが来ないってんならオレの方から意地でも会いに行ってやる。そんな気持ちでここまでやってきたのだ。
退院の日、受付で🌸がいつ退院したか尋ねる。そうしたら
「🌸さんなら、まだ入院されてますよ」
と教えられ、病室まで案内された。
そこでオレを待っていたのは、
「…誰?お兄さん」
とあの世界にいた時よりずっとぼんやりした顔つきの🌸だった。
どういう事だ、と担当医に連絡して説明を受けた。記憶が8歳の頃に戻っている。しかも🌸の両親は早くに亡くなっており、一人暮らしをさせるわけにもいかないので、入院させたままだったらしい。
「ニラギさんは🌸さんの彼氏さんなんですよね?🌸さんを引き取って、お世話をしていただくわけにはいきませんか」
病院側に🌸との関係を聞かれた際、話がややこしくならないように「恋人です」と回答したためか、医師にそう提案されてしまった。怪我は軽いし、さっさとベットを空けて欲しいのだろう。オレも怪我を負っているせいで、自分一人で生活するのがやっとだ。その上ガキの面倒なんかみてられるか…と思った。思ったが…。
「お邪魔しまーす!!」
…なんで断らなかったんだろうか。結局、オレはこの女を連れ帰ってしまった。
「結構部屋キレイだねー!!」
「まず手洗え、クソガキ!」
帰って早々、部屋を走り回る🌸を見て、やっぱり承諾しなきゃよかったと後悔する。ガキのお守りなんざ、どう考えてもオレには向いてない。
「お兄ちゃん、これからよろしくね」
「…ニラギって呼べよ」
「わかった!ニラギ!!」
少しでも元の🌸の面影を感じたくて、名前で呼ばせた。
🌸は歳の割にはしっかりした子供だったと思う。勿論クソガキっ!とイラつかせるところもあったが、受け答えははっきりしてるし家の手伝いも積極的にする。7歳の頃両親を亡くし、その後は施設に預けられていたらしいので、共同生活で迷惑をかけないよう振る舞うのには慣れているのだろう。
そこまで手がかかることもないので、オレでも多少の面倒は見てやれる。2.3日ともに過ごしてみた結果、そのことがわかり少し安心した。
「ねぇ、ニラギ。今日一緒にお風呂入ってもいい?」
「アッ?何でだよ、いつもは一人で入れてるだろ」
「…ちょっと怖い映画観ちゃった。一人じゃお風呂入れないよ〜」
暇な時は好きなの観てろ、とサブスクの使い方を教えたのが災いしたらしい。好奇心で変な映画観んなよ。
大体いくら精神年齢がガキの頃に戻ってようが、外見は立派な女なのである。一緒に入れるわけが………ない。ない。絶対ない。
ないはずだったのに、下心が出てしまった。
好きな女と風呂に入れる機会なんてそうあるもんじゃない。日頃世話してやってるのだ。これくらいの恩恵はあってもいいだろう。
「2人だと狭いねー」
「…そりゃそうだろ」
「ニラギ、もっと詰めてよ。狭い」
「ッ!襲うぞ、テメェ」
🌸はキャー!と叫んでケラケラ笑った。人の気持ちも知らず呑気なもんだ。
「…ねぇ。私たちってさ、入院する前変な世界にいたんでしょ?」
「…集団幻覚かもしんねぇけどな」
あの災害で急死に一生を得たオレ達は、皆一様に今際の国での出来事を語った。しかしそれが現実のものであった証拠は一つもなく、今でも専門家の間で議論がされている。
「ニラギは私と一緒にいたの?」
「ずっとじゃねぇけど、一緒にいた時間はまあまあ長かったな」
「じゃあさ、なんで私がそんな世界で頑張れたのか知ってる?」
「…どういう意味だよ」
それじゃあまるで。
「だって生き残って現実の世界に帰ってきたって、私には生きていく意味なんて無いのに」
次の瞬間、オレは🌸を抱きしめていた。
「ニラギ…?」
「お前はよ。オレみてぇなクズを好きになった。理由は知らねぇ」
🌸は戸惑いつつも大人しく話を聞いている。
「あんなクソみたいな世界でお前がふんじばって生きたのは、オレがいたからなんだよ」
残念だったなぁ、オレなんかに捕まっちまって。そう続けたら🌸はオレの手をぎゅっと掴んだ。
「ニラギは私の彼氏なの?なんか、病院の先生がそう言ってた」
「違う。あの時は付き合う余裕なんざ無かったからな。…ただ、お前はオレに愛してるなんて言いやがった。その責任は取ってもらうぜ」
オレ達は「また会う」約束はしたが、その先の未来の話はしていない。もう約束は果たしたのだから、この女を放っておいてもいいはずである。…だが、
「責任って何?何すればいいの?」
今際の世界はクソだったが、こっちの世界も違う意味でクソである。🌸にとってもそうだろう。この世界で生きていく意味は本来コイツにとっては無かったのだから。
それならオレが生きていく意味になればいいのではないか。そんな考えが頭をもたげた。オレみたいなクズを選ぶような女はおそらくもう一生現れないだろう。それならオレは、オレの一生をコイツにくれてやってもいい。
例えこの女の記憶が一生戻らなくても、オレが守っていけばいい。今際の国でオレはコイツに散々守られてきたのだから。
「オレとずっと一緒にいろ。オレと一緒に生きろ」
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