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優しさ


「ゴホッ!ゴホッ!!」
「えーと、ニラギさん、でしたよね?大丈夫ですか?」
 木陰で休んでいた時、誰かに声を掛けられた。顔を上げると、確かビーチのメンバーだった女が立っている。ナンバーは中間程度で、そこそこに優秀ではあったものの運が悪く、げぇむに何度参加しても新たなカードを手に入れる事ができていなかった気がする。如何にも真面目ちゃんといった風貌で、見た目通り発言も面白味のない女だったので、ビーチの中でも浮いた存在だった。少なくともコイツが笑ったところをオレは見た事がない。
「…テメェか。何の用だよ。復讐でもしに来たってのか」
「………?」
 女は不思議そうな顔をした。♡の10、「まじょがり」であれだけのことをしたのだ。殺されてもまぁおかしくはないだろうと思ったが、違うらしい。
「とにかく水飲んでください。具合悪そうに見えますよ」
 何処で調達したのか、軍用リュックを背負っていたそいつは中から水が入ったペットボトルを取り出し、オレに差し出す。正直に言って死にそうだったオレは、黙ってそれを受け取った。なんせ朝から食いもんどころか水の一滴すら飲んでいなかったのだ。
 遠慮なくグビグビ飲み干していくオレをじっと見ていた女は、「私も休憩しよ」と許可なく隣に座った。
「しかし参りましたね。いつ♤のキングが来るか分からない以上、うかうか気を抜いていられません」
「ニラギさんはビザ大丈夫ですか?♡の10で大分稼げたとは思いますが…」
「♧のキング?凄いですね、13日分も…。誰とチームを組んだんですか?」
 気まずいのか何なのか、黙って休んでればいいものを女はポツリポツリと話しかけてくる。しかも、煽っているのか?と聞き返したくなるような微妙な質問しかしてこないので最低限しか答えてやらなかった。
「ゴホッ、ゴホッ!!」
 また咳き込み、吐血する。その度オレはもう長くは生きられないのだと思い知らされ、苛立ちが増した。
 その時だった。女が徐にオレの頭を優しく抱き寄せ、
「大丈夫ですか?…かわいそうにね」
と囁いたのは。優しく、優しく頭を撫でられる。
「オイっ!」
 やめろ、と振り解こうとした。同情なんかいらねぇ。どうせ誰もオレの気持ちは分からないのだ。かわいそうに、なんて屈辱的な言葉言われたくない、筈だ…。
 その筈なのに涙が溢れそうで、それ以上抵抗できずにただ俯いた。泣きそうな顔だけは誰にも見られたくなかったのだ。
 好き勝手頭を撫でていたその女はいきなり勢いよく立ち上がった。
「私は♡のキングをクリアしに行きます。ニラギさんはそのまま安静にしてて下さい」
 オレを置いていくのか。喉から出かかった言葉を必死に飲み込む。ビーチでも大した絡みはなく、ついさっき再会したばかりのこの女を縛ることは出来ない。大体、縛る理由もオレにはない筈なのだから。
「なんで♡のキング?」
「♡のげぇむの中で1番近場だからです。高い知力や身体能力が要らない分、私にもチャンスがあります」
 代わりに投げかけた質問に女は律儀に答え、こう続けた。
「ニラギさんをはじめ、重傷を負ってもう残された時間が少ないぷれいやぁが増えています。私は医者ではないので、一刻も早く全てのげぇむをクリアして元の世界に帰り、現代医療の力に頼るしか、皆さんを助けられる方法を思い付きません」
「ハッ、そりゃ大した正義感だな」
 この女は道中多くの犠牲者を見てきたのだろう。奴等は女に救済を求めたのだろうか。そんな甘ちゃんと一緒にされたくない。オレには他者の助けなど必要ない。
 有象無象と一緒くたにされた事に苛立ち、皮肉ったオレに、
「そうでしょうか」
とだけ返し、リュックを背負った。
「私はもう行きます。…ニラギさんも、しっかり気を強く持って下さいね」
 女の瞳が不安で揺れている…ように見えた。まったく、何処までも舐めてくれる。
「オレを他の甘ぇ奴等と一緒にすんじゃねぇよ。オレは最期まで、生にしがみついてやるぜ」
「……よかったです」
 女は笑った。
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