砂糖時計

 旧知の友人が新しく開いた『喫茶』なる店はこの星では昔、ありふれたものであったという。茶を喫む、という名の示す通り、飲料の摂取を単なる栄養補給ではなく娯楽として楽しむ脳機構を、古の惑星人たちは有していたのだそうだ。
 自然光の差し入る店内にはこの星――旧称『地球』から発掘された調度や種々の遺物が並べてあり、まるでこの場所だけ時空を超えてしまったような一時の錯覚を得る。例えば、木の枠に入った奇妙な形の硝子細工。中に砂が溜まっている硝子には軸が取り付けられ回転する仕組みになっている。昔の住人達の玩具だろうか。
「随分と懐古趣味だな、君の店は」
 私はメニュー表の一番上に書かれていた液体飲料『珈琲』を待ちながら、カウンター席の傍らに置いてあるそれをくるりと回した。細く括れた胴部から白亜の砂が零れ硝子の底に小さな山を作っていく。その様子を観察するのに、集光分野の視界を集約して眼部を数段階低く調節する必要があった。
 それにしても、この地球アンティーク遺物の椅子は不安定すぎる。やたら高くて丸い座面の小さな座部に、一体どうやって彼らは座っていたのだろう。椅子だけでも局所銀河群統一規格のものに変えて欲しいものだ。
 物の本によるとどうやら旧『地球』人は、手足が二本ずつしかない上に、主要な感覚器官と摂食機能が全て細長い体の上部に集中していたらしい。随分とアンバランスで、不便ではないか。それとも、そちらの方がこの重力環境では有利だったのだろうか。
 椅子の上でもぞもぞと姿勢を整えていると、友人が器用に総計十五本の触腕と触覚で厨房を移動しながらカウンターの前にやってきた。
「砂時計というのですよ、それは」
「時計なのかね、これが」
 どうやら回転を楽しむ玩具ではないらしい。時計にしては酷く単純な造りだ。相対速度も惑星重力の歪みも、とても考慮されているとは言い難い。
「一定の時間で砂が落ちるように作られているのです。砂が落ちきると決まった時間が計れる仕組みなのですよ」
「とてもそんな風には見えないな。無重力どころか、空気圧が少し変わっただけで機能しなくなってしまうように見えるんだが」
 きゅる、と友人の瞳孔レンズが絞られた。これがどうやら笑んでいるらしい、と気づくのに、長い付き合いでありながら、長い時間がかかった。まして異星の絶滅種の者達のことはさっぱりだ。
「なに、昔の惑星人にとっては、この惑星の地表部でのみ、『時間』を認識できれば良かったのだから、これでいいのです」
「はあ、なるほど」
 我ながら煮え切らぬ返事をしてしまう。一生をひとつの惑星の地表部から一切動かずに社会的生活を送っていく。我々の遠い先祖も元を辿ればそうであったはずだが、現代の私たちの感覚からするとどうにも想像しがたい。
 カウンターの向こうから友人が湯気の立つ白い容器を差し出した。これまた惑星の重力に頼り切った構造の容器。中を覗くと黒褐色の液体がどろりと揺れ、物珍しげな顔の私を映した。
「熱いのでお気をつけて。置いてある砂糖などを入れてもおいしいですよ」
「さとう」
 白砂を零し続ける硝子細工の隣の、これまた硝子製の容器に入った白い砂――『砂糖』を銀製の匙ですくい上げてみる。この匙はかなり原始的かつ直感的で、その分現代の私たちにとっても扱いやすい。先端部を上下から摘まむか、くるりと巻き取るか、いずれにせよ滑らないように固定すればよいのだ。私はすぐに匙の扱い方をマスターした。
 準惑星の軌道にも似た楕円から零れ落ちた『砂糖』はさらさらと微かな音を立てて黒い液体に消えていった。似ているな、と傍らの『砂時計』を見ながら思った。匙で『珈琲』をくるりと回す。黒い宇宙に溶ける、白い星々。
「この惑星には、『星の砂』と呼ばれる、原生生物が死後海底に堆積してできた石灰質の小さな殻もあります。土産物としても昔は人気だったそうですよ」
 私の思考を読み取ったのか、友人がそんな物騒な蘊蓄を教えてくる。いかにも彼の好きそうな話だが、原生生物の殻につける名にしては、いささか名前負けしすぎてはいまいか。
「岩石の砂も、星の砂も、どちらも長い時間をかけて形成されるものです。旧地球人にとって、砂とは時間と縁のある物質だったのではないでしょうか」
 なるほど。なんだか友人のお得意の弁舌に乗せられて、曖昧模糊とした気分になっただけのような気もするが、一応はなんとなく筋道と納得を得られたことにしておく。
 もう残り少ない砂は一定の時を刻みながら零れ続ける。この小さな瓶から、随分と大きなスケールの話に発展したものだ。しかし宇宙というのは、案外そういうものかもしれない。我々も皆、宇宙から見れば等しくちっぽけだ。どれほど私達と彼らの彼我の差が、何億光年の彼方だと感じていようとも。
「この星の昔の住人達は、時間というものをどんな風に考えていたのだろうな」
 そんなことも分からない。ふと、郷愁にも似た念が胸を過ぎった。なんと多くのものを、私達は落としてきてしまったのだろう。
 何か途方もない、それでいて非常に親しみを覚える。そんな宇宙の理が、この小さな粒たちに詰まっている。私は彼らに会ったこともないのに、それがひどく不思議だった。
 友人は陶製の容器を拭く手(実際には三本の触腕と二本の肉茎)を止め、顔を上げた。
「さあ……。今となっては分かりませんが。しかし、熱い珈琲に入れればすぐに溶けてしまう砂糖のように、一粒一粒大事に刻んでいたのでしょうね」
 思わず声を抑えた笑いが漏れた。友人はきゅるきゅる、少し怪訝な顔をする。
「そんなに可笑しかったでしょうか」
「いや。君と同じことを考えていた」
 砂を落としきった硝子細工をくるりと回すと、『砂時計』は数え終わったはずの時を再び刻み出した。世界が逆さまになる。そうして、さらさら、再び時が零れていく。
「それならどうして、時間をこんな細工に閉じ込めて繰り返すのだろう」
「どうしてでしょう。でも、彼らがいなくなっても、時間は続く。無限に繰り返して、時を刻み続ける。そういうものかもしれませんね」
 そう言うと友人はきゅる、と笑顔を浮かべた。
 さらさらと宇宙に溶け続ける。有限の時を繰り返す。彼らも、私達も。
「どうぞ、一口ずつ味わってお召し上がりください」
 言われるまま『珈琲』に口吻を付ける。少しほろ苦い、『地球』の味がした。
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