Persona Grata
使節団の到着は、民衆の熱気と共に迎えられた。というのも、民にとって皇国からの勅使は、教国が皇国に認められた証と映ったからだ。対照に宮廷内では、如何なる対応を取るべきか意見が真っ二つに割れたまま、使節の来訪を迎えることとなった。
振り撒かれた花弁の雨を受けながら進む使節団の行列は、遠目からでも一目でわかるほど異質だった。その歩みこそ厳かであれ、一団は着ているものから牽馬の馬具に至るまで、全て金銀で装飾された豪奢な装いを纏っていた。一歩ごとに、鈴と宝飾品の奏でる音がこだまする。衰えたと言えど未だ旧皇国領全域に広く影響力を持つ権威の中心であり、ひいては度々実権をも牛耳ってきた法皇庁。その富と威光の惜しげもない顕示に、見た者は否応なく圧倒されるより他なかった。
レタマ・ラエタムと名乗った使節団責任者を見て、教主は、思ったより若いという印象を受けた。高僧と聞くと杖をついた威厳のある老人の姿を思い浮かべるが、この使者にはそれがない。どころか、未だ溌剌とも言っていい気勢を保っている。使節を迎えるこの場にもぎすぎすとした陰鬱な空気が漂っているというのに、この使者はそれをまるで感じていないかのように振る舞う。
王族出身というだけあって流麗な口上を述べる使者の、柘榴石をあしらった耳飾りに教主は少しく不快感を覚えた。教団では神を祀る者は華美を好まず質素を求めるが、皇国では違うらしい。
「遠路はるばるご苦労でした、ラエタム殿。法皇庁のようにとはゆきませぬが、しばしの間ごゆっくりおくつろぎください」
老宰相ナルドが嗄れ声で促すと、使者はおもむろに頭を上げた。凛と澄んだ蒼碧の瞳が教主の瞳を射抜いた時、教主はこの使者が僧であるという事実に違和感を覚えた。それは一瞬だったが、教団の司祭たちとは明らかに異なる光を彼の瞳は帯びていた。
「お目にかかれて光栄です、教主アマランス殿」
しかし人の好さそうな笑みを浮かべたラエタムの目に、さっきまでの光はもうなかった。
「両国の間に、永らく平和が続きますよう」
夜の帳が下りると、使節の到着を祝う酒宴が供された。贅を尽くした料理と美酒が振る舞われ、甘美な楽の音が場を満たす。しかし教主はあまり食欲が湧かず、瑠璃杯に揺れる葡萄酒の水面をぼんやり見つめた。
「お酒は嗜まれないのですか」
突然の声に顔を上げると、昼間の使者だった。
「いいえ。そういう訳では」
「そうですか。先程からお食事が進まぬようでしたので。つかぬ事をお聞きしました」
教主は少し面食らった。自分が観察されていたとは気付かなかった。
「少々気分が優れなかったものですから。御心配をおかけして申し訳ありません」
教主は愛想笑うと、杯を一息に傾けた。
楽師の奏でる舞曲がひと段落し、踊り手たちが退場する。と入れ違いに召使イノンドがそっと宴席に入ってきて、「教主様」と囁いた。
「兵たちが恩賞を願い出ております」
教主は眉を顰めた。
「恩賞? 何の話だ。戦勝の祝賀ならともかく、先代も使者の到着のみで恩赦を与えるようなことはなかったぞ」
召使は一瞬、躊躇いの表情を浮かべた。
「いえ、違います。……皇国の使節を狙った刺客がおりました」
教主は鼓動が早くなるのを感じた。
「なんだと」
「暗殺を目論んでいたようです。近衛兵が城内に侵入しようとしているところを見つけ捕らえましたが、刺客は皇国への呪詛を吐いた後、自殺を図りました。幸い死は免れましたが、意識が戻るまでにはまだかかります」
「それで兵が報酬を求めているというのか」
「どうやら侵入者の言葉を聞き、煽動された者が多くいたようです。同胞より異教徒が大事なのかと、一部の近衛兵が騒ぎ始めました。穏便に鎮めるためには恩賞を与えるのが最良だろうと、伯父が……」
イノンドは目を逸らし、気まずそうに言葉を濁した。この召使は伯父が近衛隊長を務めている。兵の気持も教主の立場も分かる彼にとって、血縁と主従の板挟みはつらいのだろう。
「意識が回復するまで待つ必要などありません。反抗した兵共々、暗殺者を処刑なさい」
冷たい声が教主の耳に刺さった。アマランスは緩慢な動作で振り向き、母親の姿を視界に収める。
「母上。しかしそれでは、教団としての教えに反し」
「感謝と敬意を忘れた者に、神の救いなどありません。悪魔の誘いに唆された者は既に我らの同胞ではない。侵入者の首を晒し、関係者の炙り出しを行いなさい」
母はそう言うと隣席のナルドに二言三言囁いた。視界の端に、皇国の使者が横目でこちらを窺っているのが映った。
アマランスは数日前勅使の話をした時の、サウスレアの表情を思い出した。彼女は先代の教主に嫁ぐ前、継承戦争勃発前後の数年間を皇国の宮仕えとして過ごしていた。当時はまだ赤子だったアマランスにその記憶はないが、皇宮での待遇は良いものではなかったらしい。王族で高僧という地位の使者を一番快く思わないのは彼女のはずだ。
だが母は使者を厚遇すると言った。独立したところで教国は所詮小国、内乱の収まった皇国を敵に回すのは懸命ではないからだ。それによる多少の反発はさしたる問題にはならない。教国では軍は名目上教主に従い、将校の叙任も処刑も教主が行う。よって弾圧による反発も、母ではなくアマランスに向く……。
葡萄酒で火照った体が急速に冷えていくのを感じた。アマランスは急に始まった頭痛と眩暈を酒のせいにすると、一足早く宴席を離れた。
振り撒かれた花弁の雨を受けながら進む使節団の行列は、遠目からでも一目でわかるほど異質だった。その歩みこそ厳かであれ、一団は着ているものから牽馬の馬具に至るまで、全て金銀で装飾された豪奢な装いを纏っていた。一歩ごとに、鈴と宝飾品の奏でる音がこだまする。衰えたと言えど未だ旧皇国領全域に広く影響力を持つ権威の中心であり、ひいては度々実権をも牛耳ってきた法皇庁。その富と威光の惜しげもない顕示に、見た者は否応なく圧倒されるより他なかった。
レタマ・ラエタムと名乗った使節団責任者を見て、教主は、思ったより若いという印象を受けた。高僧と聞くと杖をついた威厳のある老人の姿を思い浮かべるが、この使者にはそれがない。どころか、未だ溌剌とも言っていい気勢を保っている。使節を迎えるこの場にもぎすぎすとした陰鬱な空気が漂っているというのに、この使者はそれをまるで感じていないかのように振る舞う。
王族出身というだけあって流麗な口上を述べる使者の、柘榴石をあしらった耳飾りに教主は少しく不快感を覚えた。教団では神を祀る者は華美を好まず質素を求めるが、皇国では違うらしい。
「遠路はるばるご苦労でした、ラエタム殿。法皇庁のようにとはゆきませぬが、しばしの間ごゆっくりおくつろぎください」
老宰相ナルドが嗄れ声で促すと、使者はおもむろに頭を上げた。凛と澄んだ蒼碧の瞳が教主の瞳を射抜いた時、教主はこの使者が僧であるという事実に違和感を覚えた。それは一瞬だったが、教団の司祭たちとは明らかに異なる光を彼の瞳は帯びていた。
「お目にかかれて光栄です、教主アマランス殿」
しかし人の好さそうな笑みを浮かべたラエタムの目に、さっきまでの光はもうなかった。
「両国の間に、永らく平和が続きますよう」
夜の帳が下りると、使節の到着を祝う酒宴が供された。贅を尽くした料理と美酒が振る舞われ、甘美な楽の音が場を満たす。しかし教主はあまり食欲が湧かず、瑠璃杯に揺れる葡萄酒の水面をぼんやり見つめた。
「お酒は嗜まれないのですか」
突然の声に顔を上げると、昼間の使者だった。
「いいえ。そういう訳では」
「そうですか。先程からお食事が進まぬようでしたので。つかぬ事をお聞きしました」
教主は少し面食らった。自分が観察されていたとは気付かなかった。
「少々気分が優れなかったものですから。御心配をおかけして申し訳ありません」
教主は愛想笑うと、杯を一息に傾けた。
楽師の奏でる舞曲がひと段落し、踊り手たちが退場する。と入れ違いに召使イノンドがそっと宴席に入ってきて、「教主様」と囁いた。
「兵たちが恩賞を願い出ております」
教主は眉を顰めた。
「恩賞? 何の話だ。戦勝の祝賀ならともかく、先代も使者の到着のみで恩赦を与えるようなことはなかったぞ」
召使は一瞬、躊躇いの表情を浮かべた。
「いえ、違います。……皇国の使節を狙った刺客がおりました」
教主は鼓動が早くなるのを感じた。
「なんだと」
「暗殺を目論んでいたようです。近衛兵が城内に侵入しようとしているところを見つけ捕らえましたが、刺客は皇国への呪詛を吐いた後、自殺を図りました。幸い死は免れましたが、意識が戻るまでにはまだかかります」
「それで兵が報酬を求めているというのか」
「どうやら侵入者の言葉を聞き、煽動された者が多くいたようです。同胞より異教徒が大事なのかと、一部の近衛兵が騒ぎ始めました。穏便に鎮めるためには恩賞を与えるのが最良だろうと、伯父が……」
イノンドは目を逸らし、気まずそうに言葉を濁した。この召使は伯父が近衛隊長を務めている。兵の気持も教主の立場も分かる彼にとって、血縁と主従の板挟みはつらいのだろう。
「意識が回復するまで待つ必要などありません。反抗した兵共々、暗殺者を処刑なさい」
冷たい声が教主の耳に刺さった。アマランスは緩慢な動作で振り向き、母親の姿を視界に収める。
「母上。しかしそれでは、教団としての教えに反し」
「感謝と敬意を忘れた者に、神の救いなどありません。悪魔の誘いに唆された者は既に我らの同胞ではない。侵入者の首を晒し、関係者の炙り出しを行いなさい」
母はそう言うと隣席のナルドに二言三言囁いた。視界の端に、皇国の使者が横目でこちらを窺っているのが映った。
アマランスは数日前勅使の話をした時の、サウスレアの表情を思い出した。彼女は先代の教主に嫁ぐ前、継承戦争勃発前後の数年間を皇国の宮仕えとして過ごしていた。当時はまだ赤子だったアマランスにその記憶はないが、皇宮での待遇は良いものではなかったらしい。王族で高僧という地位の使者を一番快く思わないのは彼女のはずだ。
だが母は使者を厚遇すると言った。独立したところで教国は所詮小国、内乱の収まった皇国を敵に回すのは懸命ではないからだ。それによる多少の反発はさしたる問題にはならない。教国では軍は名目上教主に従い、将校の叙任も処刑も教主が行う。よって弾圧による反発も、母ではなくアマランスに向く……。
葡萄酒で火照った体が急速に冷えていくのを感じた。アマランスは急に始まった頭痛と眩暈を酒のせいにすると、一足早く宴席を離れた。
