Persona Grata

 知りもしない愛を説くというのは、奇妙な感覚で、未だに慣れない。
「神は皆を等しく愛されます。神は様々の面をお持ちであり、その全てが真実です。神を讃え、愛しましょう。死後の救済は神の愛によってのみ訪れます」
 普段通り説教を終え、神像に祈りを捧げる。礼拝終了を告げる鐘が玲瓏と鳴り響く。恍惚とした表情を浮かべる信者に一礼し、礼拝堂を後にする。
 通路を照らす燭台は煌々と燃えて石壁を照らし出し、燭台の間の暗闇はほとんど見えない。自分の足音がどこまでも反響して果てがない。光が強く目を覆うほど、闇は昏く、深くなる。
 この国には二つの面がある。
 この通路を通る度に、嫌というほどそれを実感する。
 彼は光を担っていた。
「アマランス様」
 はっとして立ち止まり、目の前で笑みを浮かべる女性を見た。アマランスとは似ても似つかぬ漆黒の髪、浅黒い肌。彼女と対峙する時、アマランスはいつもこれ以上ないほど自らの姿容を意識する。自身と寸分も似ていない子を、彼女はどう思っているのだろう。
「母上」
「本日も素晴らしい説教でしたよ」
 彼女の微笑みはいつも、落ち着かなくなる。「よき母親」を装う優しさは作り物の面のようで、つるりと凹凸がなく、ぬるく背筋をなぞる。
「父親もいないのに、よくあんな有難い教えが説けるものですこと」
 仮面をずらすように、母親の顔が所々剥がれだす。その下にある素顔が何なのか、アマランスは知りたいと思ったことはなかった。
「皇国からの勅使が来るそうですね」
 アマランスは表情に出さないよう気を付けながら話題を変えた。
「ええ。今度の使いは皇国の高位僧だそうですわ。しかも王族だとか。……ふ、たっぷり歓迎しろというわけですわね」
 サウスレアは顔を背け、不快感も露わに鼻で笑った。皇国の法皇庁は偶像崇拝を禁じている。高僧を使節として遣わすということは、ひとえに教国への牽制でもあった。形式上独立を認めたとて、皇国にとって教団は矢張り異教徒なのだ。
「向こうがその気なら、お望み通りにして差し上げましょう。アマランス様にも教主として最高の持て成しをして頂きます。よろしいですわね? 教主様」
 返事を俟たずに彼女は教主の脇を通り過ぎた。馥郁たる残り香が、つんと彼の鼻を刺した。
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