Persona Grata

 その報せがまだあどけなさの残る遺児の元に届いたのは、陽だまりに花弁の舞う晩春のことだった。
「教主様が亡くなりました」
 そう伝えると、きょとんとしていた少年の顔からみるみる表情が消えていった。
「父上が、死んでしまったのですか?」
 俯いた少年の声は、静かに震えていた。その白い手を握り、安心させるように撫でる。
「いいえ」
 彼の母親は静かに微笑んだ。
「今日からあなたが我らの神です、教主アマランス様」


 老いた獅子たる皇国はその広大な領土を持て余した。
 皇国が継承者争いを始めてから十年が経ち、各地方は独立の色を一層強めていた。その中で一封土を得たひとつの教団があった。実質独立政権と化したその教団は、継承戦争の十年目に、国家の設立を宣言した。
 国長くにおさとして即位した教主はしかし、束の間の栄華に浴した後、何者かの手によって帰らぬ人となる。
 そうして教主の交代から更に七年が経った頃、皇国の継承戦争はようやくひとつの決着を見た。


「勅使だと」
 召使は頷いた。若い教主は端正な顔を顰める。
「新皇即位の祝賀とか。政権がようやく安定しましたので、挨拶の催促にでも来たのでしょう」
 イノンドという名の楽天的な召使の言葉に、ひとまず独立政権としては認めてくれるということか、と教主はひとりごちた。
「既に宰相ナルド殿と母后サウスレア様が使節団を迎えるご準備をされております。教主アマランス様は使節団の到着後、代表者と面会なさってください」
 それを聞いた教主は一瞬だけ眉を動かし、窓の方を向いた。
「そうか、わかった。母上とナルドにそう伝え置け」
 召使は扉を閉めて部屋を出て行った。
 先代の教主には実子がなかった。後を継いだのは、まだ幼い後妻の連れ子。教団はその父なし子を、神の手によって誕生した神人として迎え容れた。飾りものの偶像として。
 実質、この国を牛耳っているのは教主の母サウスレアと老宰相ナルドだった。教主は自分が飾り物であることを知っていた。自分が飾りとして相応しい容姿を持っていることも。
 彼らの横暴が日増しに目に余るようになっていっても、教主は彼らに異を唱えることができなかった。それだけの基盤もなく、また信認もなかった。彼は教国のお飾りで在らなければならなかった。
 この教団、ないしは国を七年間支えてきたのは、紛れもなく母と宰相の二人であることは、否定してもしきれない事実であり、現実だ。彼自身、母親と宰相の専横には慣れっこだった。そして彼は、母子の情というものを、信頼を、知らなかった。母親からそういったものを受け取ったことはなかった。
 教主は窓映しに、自身の透き通るような白い肌と、腰まで垂れる色素の薄い髪を見遣る。
 これのせいだろうか、と、思うともなく彼は思った。
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