Feria ―祝祭―

 広場にできた大衆の輪の中心では仮装した役者と張りぼてが向かい合っている。英雄に扮した役者と張りぼての竜はしばらく向かい合ってじりじりとお互いの間合いを図っていたが、ついに竜が唸り声を上げて火を噴いた。小規模な花火が張りぼての口から出ている仕掛けだが、気合の入った演出に、民衆は大いに湧き立つ。
 英雄はそれをかわして竜にひと太刀浴びせることに成功するが、竜の鱗は宝石か隕鉄のように硬く、傷をつけることはできない。一進一退の攻防が続き、お互いに一手となる打撃を与えられないまま疲弊していく。ついに痺れを切らした竜はその長い胴で英雄をぐるぐる巻きにし、一飲みにしてしまおうと大きな口を開けた。待っていたとばかりに英雄は竜の口目がけて手にした剣を思い切り突き刺す。
 途端、爆竹の音と共に張りぼての頭が破裂し、白い煙がもうもうと立ち込める。煙が晴れると、宝物を身につけた姫が登場し、英雄の手を取った。
 勝負は英雄の勝利で幕を閉じ、群衆の熱狂は最高潮に達する。歓声と拍手を浴びながら、英雄役の役者はゆっくりとお辞儀をした。
 それを見ていて、ふと思い出した。あれは木陰で赤ら顔のホルへと、鷲鼻の若い男と一緒に話した時だ。鷲鼻の男が言っていたではないか。『竜がまだ生きているのなら、なぜ祭りで竜退治をするのか』と。リオの中で、ぼんやりとした好奇心、あるいは疑問が頭をもたげる。
 なぜ祭りをするのか。或いは、なぜ祭りが、夏至に行われるのか。
 先程祭りは埋葬の慣習と同じくらい古いと言っていたが、それが本当ならば、夏至祭りは竜よりも古い・・・・・・ことになる。それが何を意味するのか。急に疑問が明瞭になり、リオははっとして服越しに懐の石を確かめた。
 そうだ。まだ残っている謎がある。
 シャナと話した時、彼女は自分の分身である赤い石に宿るもののことを「悪霊」と読んだ。しかし、元々、石の狼は「墓を封じる守り神」とされていたという話ではなかったか。町の老翁の言う通りなら、比較的最近までその心象イメージは残っていたはずだ。シャナの語る話と、微妙に噛み合わない。
 ひょっとして、なにか大きなものを見落としているのではないか。自分も、もしかしたらシャナ自身も。何が残されて、何が忘れ去られたのか。なぜ夏至に竜は力を失うとされているのか。なぜ、封印を象徴する赤い石が、狼から竜へと受け継がれたのか。なぜ「封印の竜」の呼称が残ったのか。
 赤ら顔が話したのが宝と王女を奪った「竜」についての宝物譚だとすれば、鷲鼻の男が話してくれた話は、「悪霊」についての伝説譚だった。
 途切れたと思った糸が再びつながっていく。混淆したと思っていたものが解きほぐされていく。
 赤ら顔の男から聞いた「宝物と王女を奪った竜」の昔話は、元々シャナを巫女として石狼を信仰していた人々の視点のものだとすれば辻褄が合う。ではもう一つの、鷲鼻の男から聞いた「悪霊になった王女」の昔話はどうか。リオは勝手に、これも赤ら顔の話と同様の古事に基づいたものが分岐し、複雑に変化したものだと思っていた。しかし、異なる事実を元にしていたとしたら。後世で竜にまつわるお話に書き換えられたものだったとしたら。もしも。仮に、このお話の「竜」を「狼」に置き換えた場合は。そしたら、何が残る?
 石狼が墓の封印を司っていて、竜がそれを引き継いだのなら、彼らが真に封印していたものは何になる?
 不意に花火の音が鳴り響き、リオは我に返る。最後の出し物の劇が終わったのだ。大団円を迎えたらしい英雄と姫が、広場の中心で観客の喝采を浴びている。既に祭りは大詰めを迎え、あちこちで帰り支度をする者たちの姿が目立ってきているようだ。
「ヒュウ、今年は派手にやったなあ」
 赤毛の男はそう言いながら勢いよく麦酒を飲み干す。頷きながら、リオも演者へと拍手を送った。
 頭をなくした竜の張りぼてが英雄と共に退場し、人だかりの向こうへ消えていくのを、リオは懐の赤石と共に見届けた。
 祝祭が終わる。
 一年で最も長い陽が沈み、最も短い夜が始まる。
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