Feria ―祝祭―

 花火が上がり、あちこちで歓声が上がる。色とりどりに彩られた町を、色とりどりの竜の張りぼてが練り歩き、子供たちがはしゃいでその間を駆け抜け、大人たちが出店で昼間から酒を飲んでは笑い合う。警備隊長が大声で何か叫んでいるが、浮かれた群衆は聞く耳を持たない。
 踊り歌い笑う、そこに老若男女の別はない。今日だけは特別だ。
「お祭りかあ。賑やかなもんだ」
 はしゃぐ人々の群れを眺めながら、リオは呟いた。普段は物珍しさに部外者のリオに話しかけてくる者もいるが、今日ばかりは旅行者の姿も多く、特段町人に話しかけられる様子はない。先日石像の場所を教えてくれた二人組の子供が先程、「あ、にーちゃんだ!」と指さしてきたが、子供は子供たちで出し物があると言って挨拶も早々に駆けて行った。
 高揚と陶酔は秘密を隠すのに便利だ。リオはさりげない風を装って懐の石を取り出す。シャナには反対されたものの、彼は今日の祭りに件の石を持ってきていた。悪霊とはいえ、最後に華やかな祭りくらいは見せてやりたいと思ったのだ。
「やっぱりどうしても、俺は君が人を呪い殺すようには見えないな。こうやって持ち歩いても、特段何もないみたいだし。君はどう思う?」
 答えはない。石の中には相変わらず、静寂と赤い光が揺蕩っているだけだ。
 リオはふっと息をついて、石をポケットの中にしまった。
「よう兄ちゃん、楽しんでるかい?」
 店先でぼんやりしていたところにどかりと盛大にジョッキを置いて隣席に座ってきたのは、先日酒場で話した赤毛の男だった。あの後何度か町中で出会うことがあり、リオとはすっかり顔馴染みだった。髪だけでなく顔も赤くなっているところを見ると、既に出来上がっているようだ。
「お陰様で。セリオさんも一杯やってきた後みたいですね」
「おうよ。けど、ホルへの飲み癖には敵わねえや。兄ちゃんも絡まれねえように気をつけろよ」
 どうやらあの年中赤ら顔の男に連れ歩かれていたらしい。酔い潰される前に逃げてきたといったところだろうか。リオは道端の木陰で赤ら顔達と話をした日のことを思い出した。確かに、一旦捕まったら抜け出すのは至難の業だろう。
「おう、そういや兄ちゃんに頼まれてたやつ、聞いてきたぜ。まったくあのじいさん、耳は遠いくせに自分の悪口だけは一丁前に咎めるから、敵わねえや」
「ありがとうございます。すみません、俺が直接行けなくって」
「いやいや、兄ちゃんが転がった荷車の中から釘の鋳型を見つけてくれなけりゃ、大事な仕事道具を失くして商売上がったりになるところだったからな。お返しにしちゃ安いもんさ。それに、あの偏屈ジジイは知らねえ奴にはわざと聞こえねえフリしたり、大事なところを教えなかったりするところがあるからな、付き合いの長い奴が行くのが一番さ」
 赤毛はそう言うとジョッキに注いだ麦酒で息を継いだ。
「ほんでよ、あの爺さんが言うことにゃ、昔は確かに、身分の高い人が死んだ時は赤い宝石も一緒にして棺に入れてたらしい。あの世でのお守りなんだってな」
 リオは頷いた。やはり、村の老翁ならば古い慣習について何か知っているとの狙いは当たりだった。赤い石を埋葬する文化は最近まで続いていたのだ。
「兄ちゃんは何だってこんなことが知りてえんだ?」
「まぁ、趣味みたいなものですかね。俺の故郷じゃこういうのは土産話として喜ばれるんですよ。他には特に?」
 赤毛は顔を顰める。伝聞を正確に思い返すのは苦手なのだろう。
「うーん、面白そうな話があったかな。確か、爺さんが子供の頃は、今みたいなお祈りの言葉じゃなくって、死んだ人を見守ってくれるように守り神様にお願いしてたとか何とか、みたいなかんじだったか。すまねえ、あんまり良くは覚えてねえや。何せあの爺さん、いちいち余計な口挟むもんでな。毎回昔のこと引っ張り出してよ……」
「いえ、十分です。無理を言ってすみません」
 それ以上は長くなりそうだったので、リオは慌てて話を止めた。
「おっとすまねえ、いいってことよ。俺たちにも知らねえことばっかりだからな。さっきはああ言ったが、爺さんのボケ防止にもなって丁度いいさ」
 彼は酔っ払いらしく大口を開いて呵々と笑った。
「その頃はまだ、今の修道会のやり方が広まってなかったんですね」
「さあな、そうかもしれん。夏至祭りと同じくらい古い伝統らしいな」
 赤毛は年寄りの大袈裟な言い分だとでも言いたげに肩をすくめる。何気ない会話だったが、相槌を打ちながら、リオの中に、ふと引っかかることがあった。
「お祭りと同じくらい、ですか」
「そうそう。本当かどうだか知らないが」
「それって──」
 その時、広場の方でひときわ大きな歓声が巻き起こった。見ると、大勢の人が輪になって人だかりを作っており、その中心には巨大な幌の頭と角が見える。町を一巡りして、竜の張りぼてが丁度到着したところのようだ。
「おっ、始まったな。兄ちゃん、悪いが話は後にしようぜ。この祭りの目玉、英雄様の竜退治だ」
 赤毛はジョッキを置き、リオも広場の中心へと体を向けた。
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