Mensaje ―伝言―
その後日暮れまで町の者たちに交じって祭りの手伝いをした後、リオは再び物置小屋の前にしゃがんでいた。
なぜこの修道院は、礼拝堂は狭いのにこんなに庭が広く、片隅に小屋があるのか謎だった。理由は簡単だ。ここに新しく立派な建物を建てることができなかったからだ、この石のせいで。小屋が先にあったのではなく、ここだけ石が露出していたから、ここを床として小屋を建てたのだ。
サンゲソウは、生育環境が特殊な苔だ。いくら石との相性が良かろうと、竜をはじめとした古代生物の残滓がない場所には育成できない。子供たちが教えてくれた石組みの片方、サンゲソウが生えていた方の石材は、森の洞窟の前にあった、黒い大岩と同じ手触りだった。そして、この物置小屋の床の石材とも。そしてサンゲソウは、小屋の裏手の石像を含むこの場所一帯に生えていた。
この石床は、今は地中に埋まった、いや、埋められた何かの一部だったはず。そして、先程の古い塁壁の石組みの高さから考えて……今床として使っている部分は、本来は天井だったはずだ。大の大人が天井とするには小さいが、ここが森の墳墓と同じ形式だとするなら。あの狼が墓所を示すとするなら。この小屋が本来は墓所だったと仮定するなら、高さは十分だ。
考えが当たっているとしても、その全てを掘り返す気は到底なかった。そんな権力や権利はリオにはないし、そもそも、既に上に小屋が立ってしまっているのだから。だとしても、これらの全てをつなげる鍵となる何かは、この場所そのもののはずだと、リオは確信していた。
あの時見たサンゲソウは、かつてこの地にいたという竜のを示すものだと思っていた。だが、実際はそうではなかったとしたら。ここのサンゲソウも、森のサンゲソウも、別の力に反応していたのだとしたら 。
そうであれば、全てが覆る。
薄暮の薄闇の中では、既に擦り切れた石の細かな表面はわかりづらい。手の感覚を頼りに表面をなぞるも、摩耗しきった石ではリオの鋭い感覚もあまり役には立たなかった。仕方なしに、苔だけでも石の表面から剥がしてみる。
そうして苔をいくつか剥がしているうち、気のせいかもしれないが、奇妙な膨らみが苔の下から現れた。小屋の中ほどであり、露出した石のちょうど中心の場所にあたる。随分とすり減っているが、彫刻だろうか。目を凝らしていると、暗い石の上に急に強い光が落ちた。
驚いて振り向くと、そこには年老いた修道女が蝋燭を片手に持ち、不機嫌に立っていた。
「そんなとこで何してんだい。もう閉めるよ」
狼狽えて目を白黒させているリオに、老女は眉を顰め、片手に持った分厚い油紙の包みを差し出した。
「ほら。あんた宛の荷物だよ」
リオはずっしりとした荷物を受け取りながら、困惑した。差出人に書かれた名前は馴染みのあるものだった。確かに町に来た直後、遠方の知り合いに連絡を出してはいたが、到底返事が届くに足りるような期間ではないはずだ。
「どうして……」
「そいつぁあたしが聞きたいくらいさ。宿屋に届けときゃいいのに、わざわざこの修道院まで飛脚が来たんだからね。あんた、相当いい知り合いを持ってるようじゃないか」
受け取りの際に何かあったのか、老女はそう言ってため息をついた。
リオは封を解き、包みに付された手紙を確認する。確かに、知り合いの筆跡に間違いなかった。
「あんたが何を知りたいのかは、おおかた予想がついてるよ。まったく、ここまでするかね」
文句を言いながらも、初日のような厳しさはない。その顔に浮かんでいるのは、子供を見守る老人の穏やかな表情だった。
「しょうがないねえ。ついといで」
老女はそう言うと、物置小屋の中へと入っていく。リオは手紙から目を上げた。初日に有用なものは何もないと言ってはなかったかと不思議に思ったが、明かりがなくては手紙が読めなくなる。慌てて彼女について小屋の中へと足を踏み込んだ。老女は明かりを片手に、すっかり整理された小屋の中を文句を言いながらあれこれ見て回った。
「まったく、ずいぶんと模様替えしてくれたもんだね。どれがどれだかわかりゃしない……あったあった、ほら、これだよこれ。開けとくれ」
老婆が示したのは、布の巻かれた古そうな長持だった。リオの腕ならじゅうぶん抱えられる。言われた通りに蓋を開けると、中にはさほど大きくない箱がいくつか入っている。言われるまま、そのうちの一つの箱を開けると、中からさらに小さな箱が出てきた。まるで玉ねぎの皮みたいだ。最後の箱は厳重に紐で結ばれ、錠までかけられていた。
老女は腰の鍵束をがちゃがちゃやると、その中の一本で箱の封印を解いた。
蝋燭の揺れる明かりの下で照らされたものを見て、リオは息を呑んだ。
それは全て、大小さまざまな赤い石だった。
「この下 から出てきたモンさ。人骨と一緒に埋葬されてたそうだよ。この修道院を建て直す時……昔の礼拝所を改修する時に出てきたんさ。理由は知らないけど、夏至祭りの期間は、この箱は決して敷地の外に出しちゃいけないことになってる。……改修の時の記録で良ければ、多少は残ってるがね」
リオは驚いて老女の顔を見た。
「勘違いするんじゃないよ。全部を読ませることはできないからね」
老女は顔を顰めて言ったが、目は怒っていなかった。
「ありがとうございます」
リオは心の底から感謝した。初日はまるで相手にしてもらえなかったのに、彼女の側から協力を申し出てくれたことが、何より嬉しかった。
「あの、差し出がましいとは思うんですが、ついでにこの町での葬儀の慣習なんかも教えていただけたり……」
「冗談言うんじゃないよ。今日はもう遅いんだから、明日にしとくれ」
「はい!」
なぜこの修道院は、礼拝堂は狭いのにこんなに庭が広く、片隅に小屋があるのか謎だった。理由は簡単だ。ここに新しく立派な建物を建てることができなかったからだ、この石のせいで。小屋が先にあったのではなく、ここだけ石が露出していたから、ここを床として小屋を建てたのだ。
サンゲソウは、生育環境が特殊な苔だ。いくら石との相性が良かろうと、竜をはじめとした古代生物の残滓がない場所には育成できない。子供たちが教えてくれた石組みの片方、サンゲソウが生えていた方の石材は、森の洞窟の前にあった、黒い大岩と同じ手触りだった。そして、この物置小屋の床の石材とも。そしてサンゲソウは、小屋の裏手の石像を含むこの場所一帯に生えていた。
この石床は、今は地中に埋まった、いや、埋められた何かの一部だったはず。そして、先程の古い塁壁の石組みの高さから考えて……今床として使っている部分は、本来は天井だったはずだ。大の大人が天井とするには小さいが、ここが森の墳墓と同じ形式だとするなら。あの狼が墓所を示すとするなら。この小屋が本来は墓所だったと仮定するなら、高さは十分だ。
考えが当たっているとしても、その全てを掘り返す気は到底なかった。そんな権力や権利はリオにはないし、そもそも、既に上に小屋が立ってしまっているのだから。だとしても、これらの全てをつなげる鍵となる何かは、この場所そのもののはずだと、リオは確信していた。
あの時見たサンゲソウは、かつてこの地にいたという竜のを示すものだと思っていた。だが、実際はそうではなかったとしたら。ここのサンゲソウも、森のサンゲソウも、
そうであれば、全てが覆る。
薄暮の薄闇の中では、既に擦り切れた石の細かな表面はわかりづらい。手の感覚を頼りに表面をなぞるも、摩耗しきった石ではリオの鋭い感覚もあまり役には立たなかった。仕方なしに、苔だけでも石の表面から剥がしてみる。
そうして苔をいくつか剥がしているうち、気のせいかもしれないが、奇妙な膨らみが苔の下から現れた。小屋の中ほどであり、露出した石のちょうど中心の場所にあたる。随分とすり減っているが、彫刻だろうか。目を凝らしていると、暗い石の上に急に強い光が落ちた。
驚いて振り向くと、そこには年老いた修道女が蝋燭を片手に持ち、不機嫌に立っていた。
「そんなとこで何してんだい。もう閉めるよ」
狼狽えて目を白黒させているリオに、老女は眉を顰め、片手に持った分厚い油紙の包みを差し出した。
「ほら。あんた宛の荷物だよ」
リオはずっしりとした荷物を受け取りながら、困惑した。差出人に書かれた名前は馴染みのあるものだった。確かに町に来た直後、遠方の知り合いに連絡を出してはいたが、到底返事が届くに足りるような期間ではないはずだ。
「どうして……」
「そいつぁあたしが聞きたいくらいさ。宿屋に届けときゃいいのに、わざわざこの修道院まで飛脚が来たんだからね。あんた、相当いい知り合いを持ってるようじゃないか」
受け取りの際に何かあったのか、老女はそう言ってため息をついた。
リオは封を解き、包みに付された手紙を確認する。確かに、知り合いの筆跡に間違いなかった。
「あんたが何を知りたいのかは、おおかた予想がついてるよ。まったく、ここまでするかね」
文句を言いながらも、初日のような厳しさはない。その顔に浮かんでいるのは、子供を見守る老人の穏やかな表情だった。
「しょうがないねえ。ついといで」
老女はそう言うと、物置小屋の中へと入っていく。リオは手紙から目を上げた。初日に有用なものは何もないと言ってはなかったかと不思議に思ったが、明かりがなくては手紙が読めなくなる。慌てて彼女について小屋の中へと足を踏み込んだ。老女は明かりを片手に、すっかり整理された小屋の中を文句を言いながらあれこれ見て回った。
「まったく、ずいぶんと模様替えしてくれたもんだね。どれがどれだかわかりゃしない……あったあった、ほら、これだよこれ。開けとくれ」
老婆が示したのは、布の巻かれた古そうな長持だった。リオの腕ならじゅうぶん抱えられる。言われた通りに蓋を開けると、中にはさほど大きくない箱がいくつか入っている。言われるまま、そのうちの一つの箱を開けると、中からさらに小さな箱が出てきた。まるで玉ねぎの皮みたいだ。最後の箱は厳重に紐で結ばれ、錠までかけられていた。
老女は腰の鍵束をがちゃがちゃやると、その中の一本で箱の封印を解いた。
蝋燭の揺れる明かりの下で照らされたものを見て、リオは息を呑んだ。
それは全て、大小さまざまな赤い石だった。
「
リオは驚いて老女の顔を見た。
「勘違いするんじゃないよ。全部を読ませることはできないからね」
老女は顔を顰めて言ったが、目は怒っていなかった。
「ありがとうございます」
リオは心の底から感謝した。初日はまるで相手にしてもらえなかったのに、彼女の側から協力を申し出てくれたことが、何より嬉しかった。
「あの、差し出がましいとは思うんですが、ついでにこの町での葬儀の慣習なんかも教えていただけたり……」
「冗談言うんじゃないよ。今日はもう遅いんだから、明日にしとくれ」
「はい!」
