Bosque de Maldición  ―迷いの森―

 耳元で唸り声が聞こえて、リオははっと目を開けた。体全体が重たい。心臓が早鐘のようだ。
 目の前には二つの燃え盛る炎があった。
 真っ赤な眼をした狼が、目の前で牙を剥き出している。胸の上にのしかかられて全身は氷づけされたように冷たく、動かない。動けたところでどのみち、ここからできることなど最初に噛みつかれる場所の順番を頭から腕に変えてもらうくらいしかないだろうが。
 唸り声を上げる鼻先が顔のすぐ前まで迫り、霜のような息がリオの顔にかかった。ふとリオは、不思議と懐かしさのようなものを覚えた。前にも、この瞳を見たことがある気がする。激情と、哀しみと、意志のある紅炎の眼。
 リオは狼の眼を真っ直ぐ見据えた。冷たく、それでいて熱い。
 どこか、真冬のしんと冷え切って立ち枯れた林が山火事を起こしやすいのを思い出させた。あるいは、張り付く霜の先端が舐める炎のそれを想起させるのに似ていた。静かで冷たく、深く、しかし決して不動ではなく、僅かな切欠きっかけで奔り出す、張り詰めた結晶の糸。
 しかし、とリオは狼の瞳を覗きながら奇妙さを覚えた。その更に先の深みを見ようと目を凝らすと、なぜか核心はぼやけてはっきりしなくなっていく。石に刻まれた文字がいずれ掠れてしまうように、古い地層ほど圧し潰されてしまうように、茫漠として、何かを決定的に失っている。
 地に落ちた雪の結晶は再び舞うことはない。
 リオと狼はしばし見つめあった。いつの間にか狼は口を閉じていた。鼻先が触れられそうなほど近い。リオは徐に手を伸ばした。ほとんど無意識だった。触れる寸前で指先が異様な凍てつきに刺されて、初めてリオは我に帰った。
 狼は上を向き、遠吠えをした。長く細く響く、どこか切なさを感じさせる雄叫びだった。どこかで聞いた慟哭だった。
 ふと、金の森ボスケデオロは広々と陽が入り込んで明るく、暖かったのをリオは思い出した。なぜ急にそんなことを思い出したのだろう。今目の前の狼から感じたものは、それとは真逆にあるものだったはずなのに。
 疑問に思う暇もなかった。
 遠吠えを終えると、狼は一目散にリオに襲いかかった。
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