Solsticio  ―夏至―

 既に夏至の長い昼は終わり、高く昇った月と星の瞬きだけが草木を照らしている。祝祭に湧いた町は賑わいを終え、今はひっそりと静まり返っている。本来は夏至祭りの晩の外出は厳禁だ。だが、リオには子供たちに教わった、秘密の抜け道がある。木々を抜けると、ぽかりと浮いた満月が地上を銀色に照らしていた。道に迷うことはなさそうだが、刈り入れの終わった麦畑はどこか寂しい。遠くに、黄金森の輪郭が黒々と目立って浮いていた。
 黒く染まった森の中は、足を踏み入れると意外に明るい。不思議なことに、目印をつけなければならないほど茫洋としていたはずの地面が、まるで一本の道があるかのようにくっきりと銀色に輝いて見える。
 夏だというのに虫の声ひとつしない静けさの中を、リオが地面を踏みしめる音だけが響いていく。星明りに導かれるように茂みを抜けると、いくつかの岩に囲まれた、くろぐろとした水面が広がっていた。
 そして、彼女もそこにいた。
 リオが現れたのを見ると、彼女は金色の髪を揺らして立ち上がった。
「きっと来ると思っていたわ」
 シャナは静かに言うと、泉の上に足を踏み出した。白い素足が沈むことはなく、時折水面の上に波紋を広げるのみで音もなく近づいてくる。
「今日、お祭りに行ってきたよ。みんな楽しそうだった」
「そう」
「劇も見てきたんだ。それで気がついた」
 リオはじっとシャナを見つめる。
「君は、石の狼が封じていたものを、知らないんだね」
 娘が足を止める。
「そんなはずないわ」
「知らないはずだ。君はずっと、竜が教えてくれなかった方途を必死に探し回っていたから。知っているのは、『石を封印すれば悪霊が出て来なくなる』ということ。君がかつて巫女になった時には、もう既に意義の伝達が失われていたのかもしれない。目的の失われた慣習の為に命を捧げるのは、誰だって嫌だろう。竜は君に話さなかったと思う。なぜ、彼がこの丘の洞窟に棲み付いて、さらにはこの穴を外から見えないように隠したのか」
 足元の波紋が、拒絶するように揺れていた。伏し目になったシャナの黄金の睫毛の上に、月光が落ちて銀色に震えている。
「君が本当に隔離されていたものは、竜が真に封じていたものは、──この墓の主は、狼の悪霊じゃない」
「そんな……」
 紅い瞳が、見開かれる。それは驚愕と、恐怖だった。
「じゃあ、私にできることは……私一人では、もう何も……」
「まだある。君の力はまだ必要だ。それに」
 リオは安心させるように微笑むと、己の目を指さした。
「俺は見えるから」
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