chapter1 ヤバイシティー
クロエを無事、家まで送り届けると、サミュエルは一人黙々と歩いた。
もう高校生だし自分は男だし、と思いながらも一人の夜道が少しも怖くないと言えば嘘になるかもしれない。
しかし、街の方に比べればここは住宅街で比較的安全だ。
綺麗に舗装された歩道に、均等に配置された外灯。
家々の窓からは明かりが差し、時折幸せそうな家族団欒の笑い声が漏れる。
正直、羨ましいと感じることもあるが、諦めにも似た『馴れ』が、既に自分の中に存在し染みついていた。
とはいえ、家族ならば自分にもいる。
肉親もおらず天涯孤独の身となった自分を養子として引き取ってくれた男だ。
名を、ライラス・リードという。
歳は三十七と聞いているが、実際はもっと、いや、かなり若く見える。
誰もが振り向くような端正な顔をしている。
ライラスとは、かれこれ十年も生活を共にしている。
住宅街の端にある平屋の家、そこがサミュエルと養父の暮らす家だ。
養父と言ってもサミュエルはライラスのことを父のように思ったことはない。
どちらかと言えば兄に近い感覚で、『師』でもある。
自宅までの距離があと数メートルというところで、サミュエルはふと家の前の排水溝に奇妙なものを見てしまった。
緑色のスライムのようなヘドロのような、よく分からない物体が蠢いている。
本能的に危険を感じたサミュエルは思わず足を止めて凝視した。
ヘドロの物体はサミュエルの視線に気付いた様子もなく、まるで軟体動物の様にズルズルと体を引き摺るように動かして、マンホールの蓋の小さな穴の中へと吸い込まれるようにして消えていった。
「なんだ今の……?」
サミュエルは駆けて行って間近で見ようとマンホールの前に立ち、覗き込んだ。
丸いマンホールの蓋の小さな穴。
当然、先は真っ暗で何も見えない。
しんとして物音もしない。
まるで何事もなかったかのように。
「気のせいだったのかな……」
やはり疲れているのか、幻覚でも見たのかも知れない。
そう思った矢先、突然、マンホールの穴から緑色に光るスライム状の細い物体が触手のように飛び出してきた。
それは頭上まで伸びて、そこから今度は手のひらのように広がって大きくなり、津波のようにサミュエルの体を押し倒すようにして覆いかぶさった。
ほんの一瞬のことでサミュエルは身動きも出来ず、そして悲鳴を上げる間も無く呑み込まれたのだ。
訳も分からないものに突然襲われて、呼吸も出来ずパニックでもがいている内にサミュエルはそのまま意識を失ってしまった。