chapter1 ヤバイシティー
高級ホテルばりの煌びやかな客間には見るからに高そうな絵画やアンティークが目に映り、テーブルや
ソファー、差し出されたティーカップや食器類に至るまで、触れることが戸惑われるほどだ。
若干、萎縮してしまっているサミュエルとは対照的にクロエは馴れたように紅茶の入ったティーカップを
口にした。
香り高く上品な味の紅茶だ。
お供として添えられたお菓子は頬が落ちそうなほど濃厚なバターケーキ。
一見シンプルに見えるが、きっとこれもセレブ御用達か何かの最上級のものなのだろうとサミュエルは思った。
それか専属のパティシェが屋敷にいるのかも知れない。
サミュエルは何もかもが落ち着かなかったが、それ以上に落ち着かないのは他でもなく、
向かいに座るルーナの熱烈な視線が常に自分に注がれていることだった。
「ああ、まるで夢のようだわ……! サミュエルがわたくしのお家に遊びに来てくれるなんて……!」
ルーナはうっとりとした表情で目の前のサミュエルを見つめていた。
クロエが言った通り、ルーナはやはりサミュエルにぞっこんのようだった。
これなら確かに上手く行けるかもしれないとサミュエルは思った。
「ぼ、僕も嬉しいよ、ルーナ。君とお近づきになれて……」
「ほ、本当っ?!」
サミュエルの言葉にルーナは感激したように目をキラキラさせた。
ケミラボの存続の為だが、それでも罪悪感は無かった。
これはサミュエルの本心でもあるからだ。
決して騙しているわけではないのだとサミュエルは自分に言い聞かせた。
「き、君は、すごく素敵な女性だし、その、ずっといつか『友達』になりたいって思ってたんだ……
だから、その……」
照れながら言うサミュエルにルーナは意図を察して最後まで聞かずに言った。
「今日から私達は『お友達』という事ですのね?!」
「そ、そうだよ!」
「ああ、今日はなんという日なのでしょう! 感激ですわ!」
サミュエルの言葉にルーナは歓喜のあまり舞い上がって、翼が生えたようにフワフワと一瞬
ソファーから宙に浮いたように見えた。
サミュエルは錯覚かと思って目をこすってもう一度、目の前のルーナを見たが、
勿論、ちゃんとソファーに座っている。
いくら何でもそんな漫画のような表現ができる訳がない。
さっきまでタイムマシン作りに没頭していたから疲れているのだろう。
そろそろ『本題』に入らなくては……とサミュエルは思った。
しかし、どうやって?
思考を巡らしていると、先程までただ黙って紅茶を飲んでいただけのクロエが
助け舟を出すように口を開いた。
助け舟も何も、そもそもこれはクロエ本人が言い出した案なのだが。
「ルーナ。サミュエルは私と同じケミラボに所属してて、今タイムマシンを作っているのよ。
タイムトラベラーになるのが彼の夢なの」
「まあ! タイムマシンなんて凄いですわ! 素敵な夢ね!」
ルーナは心の底から感心したように、頬の前で両手を重ね合わせて言った。
上手く話に食いついているようだ。
「ええ、でもその夢が今、潰えそうなのよ……」
クロエは瞳を閉じると右の頬に手を当てて、ワザとらしく溜息を吐いていった。
「まあ! どういうことですの?」
目をパチクリさせて驚きと心配の声を上げるルーナに、クロエはケミラボが予算のことで
廃部の危機であることを説明した。