chapter1 ヤバイシティー
ケミラボを出ると、既に放課後の学校内は残った生徒の数も少なく、空は夕暮れに差し掛かっていた。
ルーナも恐らく自宅に戻っていることだろう。
サミュエルはクロエに連れられて、一緒にルーナの自宅であるエンジェル家の屋敷の前まで辿り着いた。
学校から住宅街は近く、歩いて行ける距離にあった。
それにしても豪邸だった。まるで宮殿だ。
塀や門から遠く離れたところに豪華な建物が見える。
限られた住宅街の中に、エンジェル家だけでこれだけの敷地を有すのは、
ハッキリ言って迷惑極まりないのではないかと思わず突っ込みを入れたくなる程だった。
サミュエルがまだ心の準備も定まらないまま、クロエがインターホンを鳴らす。
すると年配の男声の応答があり、程無くして門戸が自動で開いた。
そして先程の声の主と思しき、燕尾服を着たお爺さんが出迎えに現れた。
恐らく執事か何かなのだろうとサミュエルは思った。
クロエは何度か訪れたことがあるのか、その執事と親しげに軽く挨拶や言葉を交わすと、
そのまま敷地の中へと通された。
案内する執事の後に並んで付いていくと、建物に辿り着くまで剪定された並木道が続き、
所々に天使や女神の彫像が飾られているのが見える。
見渡せば一体どこまで広がっているのか把握できないほど広い緑の絨毯のような芝生の庭園には、
花壇に惜しみなく色とりどりの花々が植えられ噴水まであるのが見える。
庶民丸出しのサミュエルは異世界に迷い込んだかのように目をキョロキョロさせ
ひたすら圧倒されながら歩いた。
バロック建築のような豪邸の中は、更に圧倒された。
広い玄関から見渡す景色は、赤い絨毯が敷き詰められた大きな階段と絢爛豪華な金箔を壁や天井、
窓枠や扉のノブや装飾、シャンデリアや豪華な家具調度品など至る所に芸術的に施され、眩い限りである。
「ルーナお嬢様、ご友人の方々をお連れ致しました」
階段に向かってそう告げる執事につられて、サミュエルも階段の上を見上げると、
その先にはウェディングのような白い花柄のワンピース姿をした長いピンクの髪の少女が立っていた。
彼女こそがルーナだ。
「はあい、ルーナ。今日は特別ゲストを連れて来たわ」
クロエは馴れたように軽く手を振った。
「クロエ! それに……」
ルーナは友人に笑顔を向けてから、その隣のサミュエルに視線を移す。
そして感極まったように胸の前で両指を組んで歓喜の声を上げた。
「サミュエル! 来てくれたのね!」
背景に分りやすいくらいにハートを飛ばしているのが見える。
「や、やあルーナ」
話したことも関わったことも無いとはいえ、意識下ではお互い顔見知りのハズだから、
「はじめまして」というのもおかしいような気がして、サミュエルはどう返したら良いのか戸惑った。
しかし、そんなサミュエルにお構いなく、興奮状態のルーナはフワリと軽やかに階段を降り、
嬉々として二人を招き入れた。
「さあさあ、どうぞ中へいらして? 美味しい紅茶とお菓子をお出ししますわ!」
そう言ってサミュエルの背後に回り、肩に手を置いて客間へと誘導する。
接近したことで彼女の方がサミュエルよりも背が高いことが分かった。