chapter1 ヤバイシティー
「私にいい考えがあるの。サミュエル、貴方、ルーナ・エンジェルをご存知?」
「ルーナ?」
クロエの口から出た女性の名前をサミュエルは知っていた。
ブラッド同様、言葉を交わしたことはないものの、モデル体型の細いスラっとした長い脚と、
ピンクの綺麗な長い髪をした美少女で、強く印象に残っていた。
「彼女がどうかしたの?」
そう尋ねるが、クロエはすぐには答えず、正面からサミュエルの肩を掴むと、
反転させるようにその体をクルッと背後に向けさせた。
振り向かされた先には、ちょうど大きな姿見が目の前にあった。
鏡に映っているのは、黒いブレザーに赤いネクタイの『ヤバイ・ハイ』の制服に身を包み、
寝ぐせのように波打った少し癖のある黒髪、大きな丸い青の瞳が印象的な美少年、サミュエルの姿。
そして、彼の両肩に手を置いたままのクロエが、背後から耳元でそっと囁いた。
「……彼女、アナタのことが好きみたい」
「えっ!? それ本当っ?」
サミュエルは聞くや否や瞬時に鏡から背を向け、クロエの方へと振り返った。
心なしか、物凄く嬉しそうな顔をしている。
当然だ。
何故ならルーナはサミュエルのタイプ・ドストライクでもあったからだ。
「本当よ。直接、彼女の口から聞いたこともあるし、私の人脈と情報網を甘く見てもらっちゃ困るわ」
クロエは得意げに言った。
お前に人脈なんかあったのかよ、とサミュエルは思った。
「でも何で僕のことを……? 話したことも無いのに?」
「もう一度、鏡を見てみなさい、サミュエル。貴方はただの冴えないオタクってだけじゃないのよ。
よく見るとキュートな顔立ちをしているの。自信をもって!」
よく見ると……は余計だが、何故かクロエに励まされてしまった。
「でもルーナのことがケミラボとどう関係あるんだよ」
サミュエルの問いにクロエはフゥ…と呆れたように溜息を吐いてから言った。
「馬鹿ねぇ……知らないの? エンジェル家って言ったら大富豪よ! 貴族よ! 超セレブなのよ!
この学校もエンジェル家から莫大な寄付を貰ってるはずだわ! つまり、誰もエンジェル家には逆らえない。
そのエンジェル家の令嬢であるルーナを味方に引き込めばケミラボの存続など容易いということよ!」
ドカーンと頭に雷が落ちてきたかのような衝撃を受けるサミュエル。
「そ、そんなに凄い大富豪がこの町にいたのか……!」
力説するクロエに圧倒されながらもサミュエルは何故こんな町を好き好んで
わざわざ大富豪が住み着いてるのかという素朴な疑問も感じてしまった。
何ともご都合主義な展開である。
「いい? サミュエル。今から貴方はルーナの家に行って、彼女とお友達になるのよ。
この際、色仕掛けでも何でもいいわ。彼女のご機嫌を取って頂戴。
そして、さりげなーく、ケミラボの事情を話して協力を仰ぐのよ」
「ええっ!?」
クロエの無茶苦茶な指示にサミュエルは狼狽え、流石に無理があると感じた。
それにこれではルーナを騙すようで忍びないという気持ちもある。
しかしクロエは問答無用と言わんばかりに全く引かなかった。
「大丈夫よ、ルーナは貴方にぞっこんなんだから、絶対上手く行くわ!
それに、ケミラボを存続させるには、もうそれしか手はないのよ」
クロエに促され、サミュエルは渋々その策に従うことにした。