chapter2 ロス製薬研究所
「――もう少し待って頂けないだろうか?」
伯父の切羽詰まったような懇願の声が聞こえる。
「いつまで待たせる気だ?」
今度は怒気を含んだ濁った太い声。
まるで取り立て屋のようだが、経営状態でも悪いのだろうかと不穏に感じた。
「半年……いや、三か月後には……」
すると、もう一人、今度は随分と若い男の声がした。
「駄目だ駄目だ、そんなに待てない。僕は気が短いんだ」
最初の男より軽い口調だが、他者を見下すような高慢さが声から滲み出ている。
「――だ、そうだ」
まるでその若い男のお伺いを立てていたかのように、最初の太い声の男が再び、威圧感のある声でそう言った。
会話から察するに、取り立ての連中は声のイメージとは裏腹に、上下関係は若い声の男の方が、太い声の男より格上であるような印象を受けた。
一体、何の話をしているのか。
聞き耳を立てるべく、ブラッドは暫くそこで立ち止まることにした。
「し、しかし、先日もサンプルを渡したばかりだろう……」
「あ~ぁ……あんなつまらないもの、捨てちゃったよ」
「なっ……‼ 外に放ったのか⁉」
若い男の言葉に驚愕した様子の伯父の声。
「オイ、口の利き方には気を付けろ‼」
太い声の男が一喝するも動揺を隠せずにいる伯父の様子が会話から感じ取れる。
「まずいぞ……もし被害が出て、世間にバレたら……っ」
「あんなスライムなんかより、もっと面白いものを作ってくれなくちゃ」
若い男の言葉にブラッドは眉を顰めた。
(スライム……?)
一体、伯父は何を作らされたというのだろうか。
「〝材料〟なら
「馬鹿な……っ」
事情を知らないブラッドにとって、伯父と若い男の会話は益々難解になった。
ただ、世間には公表できないような危険な物を作らされていることは分かった。
もう少し情報が欲しいと思った矢先だった。
「――それより、誰か待ってるみたいだけど?」
若い男のわざとらしい声でブラッドはハッとした。
気配を消していたつもりだったが、バレていたようだ。
かといって、此方から動く訳にもいかずブラッドは先客が退出するのを待った。
話は済んだようで男達が扉を大きく開けて出てきた。
現れたのはデコボコしたゴツイ顔に傷のある、まるでフランケンシュタインのような人相の大柄の男。
恐らく威嚇していた太い声の男だろう。
その人間離れした容姿にブラッドは思わず釘付けなった。
その後ろを、今度は黒い髪を逆立てた、痩せて細長い小柄な男が歩いている。
全身黒のフォーマルに黒くて鋭い爪を持っている。
肌は異常なほど白く、吊り上がった眉に眼の瞳孔が小さい、まるで悪霊のような顔をしており、一目で異様さが窺える。
若い男の声はコイツだろうとブラッドは思った。
歳は自分とそう変わらないように見える。
薄気味悪いその男は、細い首に金色の生きた蛇をぶら下げていた。
すれ違いざまに、男は横目で無遠慮にブラッドを見やると、大袈裟に眉を下げてフンと見下すように嘲笑した。
感じの悪い男だとは思ったがブラッドは無視して所長室へと向かった。