chapter1 ヤバイシティー
サミュエルに言い当てられたクロエは、しかし反省することなく、まるで観衆の前でプレゼンするかのように、はたまたお花畑で自分に酔いしれてワルツを踊っているちょっぴり痛い少女のように、瞳を閉じて優雅に両手を広げて言った。
「いちいちお金のことを気にしていたら、何も研究が出来ないじゃない!
科学の進歩はそこで停滞してしまうのよ!
ああ……どうしてそれが分からないのっ!」
嘆かわしいとまで言い放つ有様である。
「とにかく、ここで僕らが言い合ってても仕方がない。
ケミラボの存続をかけて、部員一同で今すぐ先生に直談判しよう!」
サミュエルはそう言って、ふと他の部員って誰がいるっけ? と疑問に思った。
「ケミラボって誰が在籍してる?」
入部してからこれまで自分とクロエ以外の人間がケミラボに出入りしているのを見たことが無かった。
「アナタと私の他に一人、在籍しているわ」
部の創設者であるクロエはサラッと答えた。
「そうか、もう一人いたのか。何でもっと早く紹介してくれないの」
一度も顔を出さないなんて、まるで幽霊部員だな、とサミュエルは思った。
「彼の名前はブラッド・ロス。私たちと同じ学年よ」
「えっ? ブラッドっ!?」
クロエの口から予想外の人物の名が飛び出してきてサミュエルは驚いた。
言葉こそ交わしたことは無かったが、クールな一匹狼のような、
ちょっと不良のような雰囲気を持った黒髪のイケメンで、強く印象に残っていた。
「意外だな……ケミラボなんて。クラブなんかに入るイメージすら無いのに……」
サミュエルが思いがけず感心していると、次の瞬間クロエから信じられない言葉が返ってきた。
「そりゃそうでしょうよ。本人すら在籍してるの知らないもの」
「はっ!?」
思わず変な声が出た。
「ちょっと待って。どういうこと?」
サミュエルは眉を顰め、疑うような目でクロエを見ながら訊いた。
クロエはふぅっと溜息を溢した。
「話せば長くなるのよ……」
そう言って胸の前で両指を組むポーズをすると、まるで遠い過去の映像を見ているかのように何もない宙に視線を向けて語りだした。
「私、どうしても自分の欲求を満たす為の場所……ケミラボを作りたかったの。
でも部の創設には最低三人は必要だと校長に言われたわ。
そこでたまたま暇そうに廊下を歩いていた彼の名前をそっと借りることにしたのよ……」
「早い話、ただの無断使用かよ!」
速攻で突っ込みながら、サミュエルはさすがにヤバいだろうと思った。
本人にバレたら殺されるんじゃなかろうかとさえ思える。
これは卒業まで隠し通す必要があるかも知れない。
「いいじゃない……荒んだゴミクズのような人生を歩んでる彼にも、
こうして誰かの役に立っているのだから、彼もきっと本望のハズよ……」
「いやいやいや、何でお前の中で勝手にブラッドが『ゴミクズのような人生』を歩んでることになってるの」
「あら、不良ってみんなそうじゃないの?」
「お前、マジでファックされるぞ」
「下劣な言葉はやめて頂戴。今はそんなことよりケミラボの存続を考えるのよ!」
ブラッドの件は『そんなこと』で纏められてしまった。