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chapter2 ロス製薬研究所



 ブラッドはいつも冷めたような目をしていて、物怖じもせず淡々としている。

 物心ついた時から子供らしからぬ落ち着きがあり、何処か影のある少年だった。

 それ故に、一匹狼の不良少年のようだと周囲から誤解を受けやすいが、特別素行が悪いという訳ではない。

 頭も非常に良く、成績はサミュエルとクロエに次いでトップクラスである。

 ただ、そのような誤解を受けたのも、一度だけ、ある『事件』を起こしたことに由来する。

 先程も先述した通り、ブラッドは誰に対しても物怖じしない淡々とした性格だ。

 時にはそれが気に食わない輩もいる。



 今日のように、研究所を訪ねた帰りのことだった。

 夜の街中を歩いていた時、路地裏で屯(たむろ)していた数人のギャングに出くわした。

 ヤバイシティーは夜になると一変して治安の悪い街になる。

 地元の人間はそれが分かっているし、馴れているせいか、自然と危機回避能力が身についている。

 故に大抵の人間はそこで身の危険を感じ取り、引き返して全力で逃げるところだが、ブラッドは気にも留めずそのまま素通りしようとした。

 当然、目を付けられ絡まれた。

 男達は数人でブラッドを取り囲んで金を要求してきた。

 その時のブラッドは足止めされたことをただ不快に思った。

 怯えた様子も見せず黙ったままのブラッドに焦れて、背後にいた一人がナイフをチラつかせた。

 ――それが、引き金となった。

 気付けば、男達は全員のされて・・・・ブラッドの足元に転がっていた。

 その時、何が起きたのか……?

 目撃者がいた訳でもなく、詳細を知る者はいない。

 それでも、たった一人で一つのギャングを潰したという話は瞬く間に噂となって広まった。


 お陰で誰も近寄らなくなったが、元よりブラッド自身が他人と距離を置いていたこともあり、本人にとっては却って過ごしやすくなったといえる。

 ブラッドにとってこのことは決して武勇伝でも何でもなく、寧ろ、一匹狼に徹する最大の原因に直結するのだが、それはさておくとして――。



 ブラッドは研究所の中へと入ると、常駐警備員のいるエントランスをいつものように顔パスで通過し、先の関係者以外立ち入り禁止となっている区域へと進む。
 
 前面ガラス張りの扉の前にはカードキーと指紋認証必須のセキュリティゲートが設置されている。

 ブラッドは慣れた動作で立ち止まることも無く通過した。

 いい加減、顔認証でも導入してくれればもっと手間が省けるのに、とも思うが色々と事情があるのだろう、とブラッドは不満を飲み込んだ。

 夜の時間帯はほとんど人がいないのか、いつもガランとして静寂だ。

 建物内は緑色のピクトグラムの非常口誘導灯を除く天井の照明が全て落とされ、両壁に設置された足下灯フットライトだけでカバーされているものの、視界ともに移動には全く問題ない十分な明るさであった。

 一般的な研究所のことは良く知らないが、ここの研究所に限っては研究員と言えど常時入り浸っている訳でもない様で、夜の時間帯は歩き回っても通路で人に出くわすことはほとんどなかった。

 研究所には研究室や実験室、PCサーバー室、薬品庫に標本室、事務室に倉庫に書庫など、様々な部屋があり、休憩室やシャワー室まで完備されている。

 これまでの経験上、最初から伯父のいる場所に見当を付けているブラッドは迷うことなく最上階の所長室を目指した。

 乗り込んだエレベーターの扉が再度開くと薄暗い通路の先に所長室の扉がある。

 扉は僅かに開いており、そこから仄かな光が漏れていた。

 エレベーターから出て数歩踏み出した時、所長室の扉の向こうで声がした。

 誰かと話をしているようだ。

 仕事中だろうか、ブラッドは思わず足を止めた。




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