chapter1 ヤバイシティー
校外から街の大通りに出て暫く歩いていくと段々と日中に比べて車の数や人通りが減っていき、都会の片隅のような閑散とした通りになっていく。
同じような煉瓦造りの建物が立ち並ぶ一角に明々と照らすネオンサインの看板が見えてきた。
建物の壁に貼り付けられたネオンサインの文字は蛍光緑で『SPACE CAT CAFE』という店名が、そして扉には赤色のネオンで『OPEN』の文字が浮かび上がっていた。
扉を開けると外の寂れた雰囲気が嘘のような賑わいを見せていた。
店内は照明が殆どなく、まるでバーのように薄暗いが、オーナーの趣味が全開となった『宇宙空間』をテーマに、窓や壁や天井など至る所に色とりどりのカラフルなネオンサインで作られたロケットや星や惑星、ブラックホールの絵の装飾が施され、テーブルやソファーまでもがSF映画やゲームの宇宙船をイメージしたような近未来的なデザインになっており、一種のテーマパークのようだった。
サミュエルは四人掛けの適当な席を見付けて皆を座わらせ、テーブルのサイドにあるメニュー表を手に取った。
ルーナとクロエは女同士隣りに座り、向かいにサミュエルという構図だ。
「何食べる?」
慣れた手つきでメニュー表をテーブルの上に広げながらサミュエルが聞く。
すると、何処からともなく猫耳のカチューシャをしたウェイトレスが現れ、あろうことか空いているサミュエルの隣に座り、身を寄せて自慢の豊満な胸を押し付けるように腕を絡めた。
「あらん、サミュエルちゃん。いらっしゃ~い」
耳の下でくるんとカールさせた金髪のボブヘアーの美女はこの店のオーナーの娘で、名をメア・ハーディングという。
彼女はいつもサミュエルのことを、〝ちゃん〟付けで呼んでいる。
同じ学校に通っているが校内ではあまり遭遇せず、放課後はほぼ両親の手伝い兼アルバイトをしている為、この店で会うことの方が多い。
滅多に開眼しないといわれる程、いつも目がニコニコと笑っており性格も非常におっとりとして何事にも動じず常にマイペースだが、イケメンに目がないことと、セクシーなルックスと口調・仕草も相まってか、知らず知らずに女の敵を作ってしまうタイプだった。
「やあ、メア」
サミュエルは軽く挨拶したが、連れの少女二人は見知らぬ突然の乱入者に不快感を露わにしていた。
クロエはじとーっと冷めた軽蔑の眼差しを送っているし、ルーナに至っては頭の火山が噴火して爆発してしまいそうな程の怒りでメラメラと燃え上がっている。
(ちょっと何よあの女……あざといわね)
(グヌヌヌ……何ですのあの女!
サミュエルに馴れ馴れし過ぎます!)
そんな女の嫉妬渦巻く不穏な空気の中、脇目も振らずアプローチを続けるメア。
「サミュエルちゃん、良かったら今度デートしましょ? ね、そうしましょ?」
「いや、その……」
メアのマイペースさに若干の苦手意識があるサミュエルはタジタジになった。
見兼ねたクロエはスッと瞳を閉じ口元に拳を作って露骨な咳払いをして言った。
「そろそろ注文しても宜しいかしらん? ウェイトレスさん」
「あら、どうぞ」
相手の悪意に鈍感なのか、はたまた天然なのか、全く意に介した様子も無くメアはオーダー表を手にパッと立ち上がった。
手短に注文を済ませるとメアは腰を揺らしながら上機嫌で裏方へ去っていった。
再び三人だけに落ち着くと、サミュエルは二人の冷たい視線に気付いた。
「……え、何?」
するとルーナは今にも泣きだしそうな声で叫んだ。
「サミュエル! 今の人は誰ですのっ?
一体、どういう関係なのですかっ!」
「ど、どういう関係って……っ」
ルーナが誤解していることにようやく気付いたサミュエルは慌てふためいた。
「違う違う! 彼女とは何もない!
単なる客と店員以外の何でもない!」
必死に誤解を解こうとするサミュエルだったが、追い打ちをかけるように横からクロエが意地悪なことを言ってきた。
「ふーん。でも、向こうは貴方に好意があるみたいだったけど?
貴方も満更じゃないから、わざわざこの店に来るんじゃなくて?」
「馬鹿を言うな! 僕はこの店のコンセプトが気に入ってるだけだ!」
するとサミュエルの言葉に今度はルーナが衝撃を受けた。
「まあ! サミュエルは猫耳がお好きなのですか?」
見当違いなルーナの問いかけにサミュエルはガックリと項垂れた。
「もう……勘弁してくれよ」
流石にサミュエルが気の毒に思えてきたクロエは助け舟を出すことにした。
「ま、猫耳ウェイトレスはともかくとして、確かにここはアナタの好きそうなお店ではあるわね」
そう言って話題を変えるべくクロエは店内を見渡しながら言った。
宇宙の中にいるような異空間を味わえるのがこの店の魅力である。
「でも何で宇宙なのかしら?」
クロエの素朴な疑問に答えるかのように、再びメアがタイミングよくジュースを運んでやってきた。
「ウフフ。それはぁ、この町の伝説に因んでるから、なんですねぇ」
相変わらずニコニコとした表情でジュースを皆のテーブルの上に置きながらメアはおっとりとした口調で言った。
「伝説?」
クロエは思わず聞き返した。
「実はですねぇ、この町、十五年前に大きな『隕石』が落下してきたんですね~」
「隕石?」
「ハイ、そうなんですぅ。当時、ちょっとだけ話題になったみたいなんですけど、知りませんかぁ?」
「知らなかったわ」
メアにそう答えてクロエは今度はサミュエルに視線を向けた。
〝貴方はどう?〟 というアイコンタクトだ。
サミュエルは首を振って応えた。
知らないのも無理はない。
自分達が丁度生まれた年の出来事である上に、元々サミュエルはこの町の出身ではないからだ。
この町に来たのは五歳の時、ライラスに連れて来られたからだ。
ライラスはこの町については知ってたかも知れないが、そのような話をしたことはなかった。
「ルーナはどう?」
クロエは横にいるルーナにも振った。
「え? あ、はい、ワタクシも、そのような話は、初めて、聞きましたわ」
急に振られたからか、少し驚いたように肩を縮めてルーナは答えた。
結局三人とも知らないようだ。
「まぁ、無理もないですよねぇ」
メアは笑った目のまま、手を片頬に当てて、フゥと溜息を吐いた。
「隕石は海に落下して被害も無かったそうですし、深夜で目撃者も少なかったのでスグに飽きられて、今じゃ話題にもならなくなっちゃったんですよねぇ~」
ここヤバイシティは、広大な自然と海に囲まれた大都市であるが、サミュエル達が主に生活している地区は街の中心に位置し、海からは少し遠い。
「それでも、中にはウチのような、宇宙にロマンを感じて、こぉ~んなお店を開いちゃうマニアも、いるんですけどねぇ~」
メアは自虐的にこめかみをコツンと軽く叩いて舌をペロッと出す仕草をした。
所謂、テヘペロというヤツだ。
クロエは心の中で舌打ちをした。
「そうそう、隕石と言えばぁ、もう一つ『噂』があってぇ」
メアは、まだ話を続けようとしている。
「隕石と共に『エイリアン』が、この町に紛れ込んだんじゃないか、って話もあるんですけど、聞きますぅ?」
話は段々と胡散臭いオカルトになってきた。
話を引き延ばしてサミュエルの側にいたいだけなのでは、とクロエは勘繰った。
「結構よ」
そう言って手の甲をヒラヒラさせるジェスチャーをして、働かないウェイトレスを早々に追っ払った。
「エイリアンと言えば……」
サミュエルは思わずぽろっと口をついた。
昨日の帰り道、『未知の生き物』に遭遇したことを思い出したからだ。
「何?」
独り言のように呟いたつもりが、気付けば二人の少女に食い入るように見つめられ、サミュエルは慌てて言葉を濁した。
「あ、いや、何でもない……」
やはり人に話すことは躊躇われた。
あれはライラスの言う通り『夢』だったのだと自分に言い聞かせる。
大体、スライム状の化け物に襲われたなんて話を、一体、誰が信じるというのだろうか?
笑われるに決まってる……サミュエルはそう思い直して踏み止まった。
それからは三人で、運ばれた料理を美味しく平らげながらのんびりと他愛のない話をし、小一時間程で席を立った。
「またいらしてねん、サミュエルちゃん」
ニコニコしながら名残惜しそうに手を振るメアに見送られ三人は店を後にした。