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chapter1 ヤバイシティー




学校に到着すると、登校してきた生徒でごった返す通路のロッカーの前でクロエとルーナが待っていた。

「おはようサミュエル!」

「おはようございます、サミュエル!」

 腕を後ろ手に組むブリっこポーズのクロエと、胸の前で両指を組み朝からハートを飛ばしまくってるルーナ。

二人の美女に待ち伏せされる一人の少年の構図は、傍から見れば両手に花の羨ましい光景に見えていることだろう。

「おはよう、ふたりとも」

 サミュエルは二人に挨拶を返すと自分のロッカーから荷物を出し入れした。

「サミュエル! 早速ですが、あなたに見てほしいものがありますの!」

 ルーナは目を輝かせながら言った。

「見せたいもの?」

「早く、早く」

 手を引かれながらサミュエルは相手の意図も分からず半ば強引に連行された。


 向かった先は何故か通路の角を三回ほど曲がった先の突き当りにある、ほとんど使われていない用具室だった。

 突き当りというだけあって、普段から人通りもない。

「さあ、入って下さいな」

 ルーナに押されて中へ入るが、両壁に頑丈な造りのスチールラックと、そこに置かれたいつ使うかも分からぬ古びた小道具が並んでいるだけの暗くて狭い何の変哲もない物置部屋がそこにあるだけで、サミュエルは益々困惑した。

「ここがどうかしたの?」

成績トップクラスの余裕からか、遠くで始業ベルが鳴っているのも構わずサミュエルはクロエと共に辺りを見渡しながらルーナに訊ねた。

「新しい『ケミラボ』ですわ!」

 ルーナは両手を片頬に当てる仕草でにっこりと笑って愉快そうに答えた。

「新しいケミラボ……? 此処が?」

 薄暗くて狭い物置部屋に変わったのなら以前の部室より大幅にランクダウンしてしまっていることになる。

「はい! エンジェル家のテクノロジーで一晩で作らせましたわ!」

 ルーナは用具室の奥へと進み、何もない突き当りの壁の前まで行くと、壁と横のスチールラックの僅かな隙間に手を差し込んだ。

 どうやら秘密のスイッチのようなものがあるようだ。

 直後、何もない壁から緑の蛍光色を伴う大きな四角い切れ目が浮かび上がった。

 真ん中にも縦線が入ると、エレベーターのように左右に分かれて扉が開かれた。

 まさに厳重に隠された『秘密の部屋』だった。

「凄い! 何これ! マジで一晩で作ったの?
 キミの家、凄すぎない?」

 壁に一切、切れ目など見えなかったのに、その精度たるや相当の技術が無ければこれほどの細工は出来ないだろうとサミュエルは感心した。

 そして扉の向こうは壁も地面も真っ白な通路となっていた。

 通路は短く、すぐ目の前にまた扉があった。

 扉にはドアノブが無く、センサーで顔認証が行われるシステムが搭載されているようで、ルーナ・クロエ・サミュエルの三人しか入れない万全なセキュリティーとなっていた。

 適合し、中へ入るとそこは以前の部室より広くなっていた。

 それどころか、ガラス越しに四つほどの仕切りが出来ており、部員がそれぞれの研究に没頭できるような設備や造りになっていた。

 その設備も学校とは思えない程、高度なものが揃っていた。

 新しくて真っ白で清潔な空間に整った設備が目の前に広がっている。

「これだけ揃えるの大変だったんじゃないの?」 

 物理的にも金銭的にも規格外と言わざるを得ない。

 この隠し部屋も一体、校内の何処の空間に当たるのだろうかとサミュエルは脳内で学校の見取り図を思い描いて考えた。

「お気になさらないでくださいな」

 あくまでルーナの個人的な支出で学校は関与してないのだろうが、ここまで自由にやってもいいのか逆に不安になるレベルだった。

 サミュエルのタイムマシンになる予定のブツまでご丁寧に運び込まれている。

 それから四つの仕切りとは別に、手前には皆で寛げる団欒の空間があり、そこには大きなテレビモニターが上部に設置されており、ソファーやテーブルもある。

 サミュエルもクロエもこれにはテンションが上がった。

「ありがとうルーナ。これで研究が捗るわ」

 クロエはソファーの座り心地に満足しながら言った。

「お役に立てて嬉しいですわ」

 ルーナもクロエと並ぶように座ると嬉しそうに言った。

「この通り、予算のこともケミラボの存続も、もう何も心配いりませんわ」

 ルーナは校長にも、もう話は付けたことを説明した。

 エンジェル家の力を改めて思い知ったサミュエルだった。

「でもこの部屋って先生達とか知ってるの?」

 わざわざ隠れ家的な造りになってるのが気になりサミュエルはルーナに尋ねた。

「いいえ。内緒で作りましたの! だってその方が『秘密基地』みたいでワクワク致しますでしょ?」

 悪びれる様子もなくルーナはニコニコと満面の笑みを浮かべて言った。

「え、勝手に?」

「ナイスだわ!」

 一抹の不安を感じるサミュエルを余所に、クロエはルーナを褒め称えた。

「折角だからこれからは私達が許可した人だけ部員として招くことにしない?」

 元々入部希望者などいないにも関わらず、鼻高々に取り決めをするクロエ。

「それは素敵ですね! まるでVIP会員制のバーのようです!」

 クロエの提案にルーナは目を輝かせて聞き入った。

「現時点で部員は私とサミュエル、そして新たにルーナを加えた三人よ!」

 意気込むクロエには申し訳ないが、サミュエルはこれ以上部員など増えないだろうと秘かに思っていた。

「わたくしも部員に入れてくださるのですね!」

「勿論よ、ルーナ!」

「嬉しいですわ!」

クロエとルーナがお互いの手を取り合って友情を深めているのを一歩引いた感じで見ているサミュエル。

(いやいや、ルーナはここのスポンサーなんだから当然だろう!)

そう心の中で突っ込んでいた。

クロエは更に意気揚々とケミラボの方針を語った。

「この『ケミラボ』の存在は、このままシークレットであるべきだわ。
部員以外は決して口外してはだめよ!
 ラボに入る時は細心の注意を払って決して他の人に見られないようにするの!」

「何だかワクワクしてきましたわ!」

 秘密の共有というものは子供の心を擽るものがある。

「うん、それはいいと思うけど、
『ブラッド』のことはどうするの?」

「ブラッド?」

 サミュエルの言葉にクロエは怪訝な顔をした。

「いや、だって、一応、部員に入れてるんでしょ?」

「あら、そんなこともあったわね!
 でももう彼の名前は必要なくなったし除籍でいいんじゃないかしら?」

 無断で名前を使われた挙句、そっと除籍されるブラッド。

「まあ、彼がどーしても入りたいって言うなら、考えてあげてもよろしくってよ」

 その可能性は限りなくゼロに近いと思われるが、何故か上からな態度のクロエ。

 まあ本人にバレることなく、事なきを得たので良しとすることとした。

 こうして、『ケミラボ』は存続の危機を乗り越え、ルーナという新たな仲間を迎え入れ、再び元の平穏を取り戻したのだった。

 それから三人は二限目から教室に戻り通常の学校生活を送ると、放課後にはまたケミラボに集まり、サミュエルはタイムマシン制作、クロエも新たな研究を始め、ルーナはそんな二人を眺めながらソファーで優雅にティータイムを過ごしていた。

 そして、帰る頃には陽が暮れて校舎の外は真っ暗になっていた。



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