chapter1 ヤバイシティー
「ん……」
窓から差す陽の光にサミュエルは朝の訪れを感じ瞼をうっすらと開けた。
寝惚け眼で横を見るが、ライラスがいないのはいつものことだ。
起きた頃には、既にキッチンで朝食を作っているからだ。
よくよく考えると、サミュエルは朝も夜もライラスが眠っているところを見たことがなかった。
一緒に寝床についても気付けば自分が先に眠ってしまい、目覚めも遅いからだ。
伸びをしながらゆっくりとベッドから半身を起こして、一目で一望できる室内を見渡してみるが、そこにもライラスの姿はない。
キッチンにもバスルームにも何処にもいない。
「ライラスー?」
名前を呼んでみるが、返事はない。
ただサミュエルの不安げな声が室内に虚しく響くのみで、気配すら感じない。
朝から地下にいる可能性も考えたが、トレーニングルームは本来サミュエルの為に作ったようなものでライラスが個人的に使用することはない。
不審に思ったサミュエルは、スリッパも履かず素足でベッドから降りると、食卓テーブルの上に白い紙が置いてあることに気付き、手に取った。
そこにはライラスが書いたと思われるメモが残されていた。
読めば暫く留守にする旨が短い言葉で書かれているだけだった。
「何だよ急に……仕事かな? 『暫く』っていつまで?」
その疑問に返ってくる答えは無い。
考えても仕方がないことなのでサミュエルは取り敢えず義務的に学校へ行く為の準備をすることにした。
バスルームの横にある洗面台の鏡の前で顔を洗って歯磨きをして癖の付いた髪をヘアブラシで梳くという習慣的な動作を黙々とこなしながらサミュエルはずっと、ライラスのことを考えていた。
思えば、ライラスの親族や友人など見た事も無ければ仕事先も携帯電話の番号すらも知らない。
十年間、ずっと一緒に暮らしていたのに、こういう時になって初めてサミュエルは、ライラスのことを何一つ知らないのだと気付かされた。
謎多き男、ライラス……。
そんなフレーズを頭の中で浮かべながら、パジャマのボタンに手を掛け脱ぎ捨てると、学校の制服に着替え、洗面所を出る。
リビングでリモコンを手に取ると壁掛けのテレビをつけて、そのままキッチンに向かい、いつも作ってもらっていた朝食を今日は自分で用意する。
面倒だから棚から取り出したシリアルを深皿に入れてミルクを注いで食べた。
テレビからは連日のように猫の変死体が発見される不穏な情報が地域ニュースとして取り上げられていた。
どうも危険な変質者がこの地域にいるらしい。
朝から不快な気分にさせられながら朝食を済ませ、食器を洗い、テレビを消してラックに乗せていた通学用のリュックを背負い、靴を履くと、玄関の扉を開けた。
ライラスが不在の為、家の鍵を使い、自分で戸締りをしっかりする。
この一連の流れに、ちょっと面倒だな、とサミュエルは感じた。
一人暮らしのような気分を満喫できるなどという楽観的な気持ちにはなれない。
こんな日が長く続くのはごめんだとサミュエルは思った。