宵々町奇譚
祭壇には何処かで見たことのあるような、薄くて長めの黒髪に、
「あの人、イコンモールの
そうそう、その人! 森会長。
物知りの加枝留くんの言葉で僕も思い出した。
テレビの経済とかのニュースとかでたまに見たことがある程度だったけど。
「違う。アイツは普通の人間の振りをしているが、その正体はカルト宗教、燉一教のトップにして炎の魔術師、サム・スギルだ」
桔音くんは一目で正体を見抜き、淡々と答えた。
炎の魔術師か……強そうだなぁ。
だから背後の聖火台みたいなのが
「あ、見てみて! またシラタクがいるっ」
モミジ先輩が、信徒の中に混じって
よく見ると、他にも女優やタレント、芸能関係者、スポーツ選手、政界の方々も何人か見える。
此処で、一体何が開かれるというのだろう?
燉一教って何?
僕らは彼らの声に耳を傾けた。
「くっくっく……もうすぐだ。我ら燉一教が世界を支配する日も近い」
森会長……もといサム・スギルはよくある悪役のような台詞と共に笑ってそう言った。
すると、信徒の中から白鳥拓海が会長の前へと一歩踏み出して続けた。
「政治、芸能、経済……あらゆる業界に我々は入り込み触手を伸ばすことに成功いたしました。海外にもその幅を広げているところです」
「政治、経済で強い影響力を持ち、芸能で人々の心を掴み、洗脳し、信徒を増やし、人々を、世界を、我が意のままに操るのだ」
「その為には、貴方様の更なるお力が必要です」
そう言って白鳥拓海は、サム・スギルの前に片膝をついて頭を下げた。
「望みを手に入れるには莫大な富と魔力が必要となる……」
サム・スギルは白鳥拓海の頭に手を置き、その掌から白い
桔音くんが言うには魔力を相手に注ぎ込んでるんだそうだ。
すると白鳥拓海は「おぉ……」と感嘆の声を漏らしながら立ち上がり、己の肌に触れていた。
白鳥拓海の若さと美貌、スターのオーラが更に増したように見えた。
「えっ、何よアレっ、エステよりお手軽っ!」
羨ましそうにモミジ先輩が見てる。
サム・スギルは更に、忠誠を誓うように片膝ついて
一通り終えるとサム・スギルは、背を向けて祭壇と銅像、炎の方へと向き合った。
「デーモンに生贄を捧げ、私は更に魔力を高める」
で、デーモン?
よく見ると、その銅像は悪魔そのものの姿をしていた。
桔音くんの言う通り、燉一教は間違いなくカルト宗教のようだ。
でも、生贄を捧げるってどういうこと?
黙って様子を見ていると、信徒の中から幼稚園に通うくらいの歳の小さな女の子が、男二人に祭壇へと引き摺り出された。
「わああああああああ怖いぃいいい! ヤダああああっ! おうちに帰りたいよぉおお!」
女の子は何処からか連れてこられたみたいに、親が周りにいないように見える。
ただ、ひどく怯えて泣きじゃくって手足をバタつかせていた。
一体、何が起こるのか分らず、僕の心臓はバクバクと音をたてた。
加枝留くんもモミジ先輩も犬飼先輩すらも、今飛び出して助けるべきなのか分らず戸惑っているようだった。
そうこうしている間に女の子は祭壇の上に寝かされ両サイドの男達に押さえつけられた。
そしてサム・スギルは傍に控えていた信徒の一人から長剣を受け取ると、何の迷いもなく剣を女の子の首めがけて振り下ろした。
「ぎゃああああああああああ」
女の子の恐怖の叫びは救われることなく、剣は無慈悲に下ろされ、血飛沫と共に途絶えた。
祭壇から大量の血が滴り落ち、床を赤く染める。
「あ、あわ、わ……狂ってる……さ、殺人……殺人だわ……っ」
目の前で殺人を目の当たりにした僕らは恐怖と混乱、動けなかった自分達への後悔と自責の念が
サム・スギルが女の子の血が付いた剣を掲げると悪魔の銅像から黒い靄のようなものが出てきて首を斬られた女の子の死体を黒い炎で焼き尽くした。
幻覚ではなくハッキリと見えるソレに、おおー! と信徒から再び感嘆の声が漏れる。
そして黒い炎は浮かびあがり巨大な火台の中の炎と同化して一層強く燃え上がった。
悪魔に生贄を捧げたサム・スギルが引き換えに更なる力を得たように見えた。
その時、腰を抜かしていたモミジ先輩のスカートのポケットから、ウッカリとケータイが落ちてしまい、カタッと大きな音を立ててしまった。
し、しまった! ヤバい!
サム・スギルと信徒たちが一斉に僕らの隠れている後方の岩陰と木箱の方へと振り向いた。
「そこに誰かがいるぞ!」
白鳥拓海がそう叫び、信徒達が一斉に駆け込んできた。
「いやああああ! 離してよ!」
「くっ! 放せ! 俺は警官だぞッ!」
ま、マズイ! モミジ先輩とマモル先輩が信徒に捕まってしまった!
二人とも抵抗してるけど大勢に囲まれて、どうすることも出来ない。
本当ならスグ側にいる僕らもすぐに見付かって捕まっちゃうハズだった。
でも桔音くんが
「一旦、ずらかるぞ!」
そう言って僕らを押し込んで、その場から離脱した。