宵々町奇譚
ミイラは横たわっていた。
物音がしたのは、劣化でたまたま体が横に倒れたせいだろう。
「あ、あわわ、ヤバいわよ、ここ……っ」
モミジ先輩は腰が抜けて畳を這うようにしてこの部屋から逃げ出そうとした。
「どこに行くんだい? お嬢さん……」
ふいに不気味なほど優しげな中年男性の声がして顔を上げると、昨夜怒鳴り込んできたアパートの所有者のオジサンが部屋の前で立っていた。
「ひっ!」
モミジ先輩は腰を引いて後ずさった。
「な、なんなのよこれ……っ、あのミイラってもしかしてアンタが……」
「あーあ、バレちゃったね。悪い子たちだ。オジサン、せっかく忠告してやったのに。悪い子にはお仕置きが必要だよね?」
オジサンの手には鋭く尖ったナイフが握られていた。
そして、狂気じみた口調と笑みで僕らにゆっくりと近づいてくる。
この人、ヤバい人だ。
ど、どうしようっ?
このままじゃきっと僕ら口封じにみんな殺されちゃう!
僕は魔術で何とかしてくれるんじゃないかと目で桔音くんに助けを求めた。
しかし桔音くんは動じることもなく至って冷静で、ちらりと腕時計を見て言った。
「おや。残念だが時間切れだ。僕は帰らせてもらうよ」
「はぁっ? ちょ……どういうことよっ!」
モミジ先輩の悲痛の叫びも虚しく、桔音くんは突然、何もない空間に赤い渦を出現させ、笑いながら飛び込んで渦と共に消えていった。
「う、ウソでしょ? 薄情者~っ!」
モミジ先輩の叫びは当然、桔音くんには届かなかった。
「ひっひっひ……怖がる必要はないよ。すぐに君たちもあのミイラの少女のようにオジサンのコレクションにしてあげるからねぇ?」
一番近くにいたモミジ先輩がオジサンに捕まってしまった。
「いやああああーっ! 助けて~っ!」
モミジ先輩の悲鳴と共に部屋の玄関の扉がバーンと開いて怒号が響いた。
「動くな! そこまでだ!」
現れたのは、拳銃を構えた警官のマモル先輩だった。
「犬飼先輩っ!」
涙目で黄色い声を上げるモミジ先輩。
た、助かった……。
僕らは極度の緊張と恐怖心から解放され、気が抜けてガクッと膝を折って座り込んだ。
結局、男は殺人未遂の現行犯と死体遺棄容疑で逮捕され僕らはその場で保護された。
「わーん! 怖かったぁーっ!」
モミジ先輩はここぞとばかりにマモル先輩に抱きついて大泣きをした。
「あのなぁ、お前達。言っとくがこれ不法侵入だからな! 自業自得だぞ! 無茶するなと言ってるだろ! たまたま俺が巡回中に悲鳴を聞いて駆け付けたから良かったものの……」
僕らはマモル先輩にこっぴどく怒られた。
アパートの去り際、僕らは押入れのミイラの写真を無断で一枚パシャリと撮って、マモル先輩や警察官の人達に叱られる前に急いで逃げだした。
翌日、僕らの事件は本物の新聞に載っていた。
『お
先を越されたせいか、昼休憩に完成して貼り出した僕らの怪奇新聞は大好評だったもののイマイチ新鮮味がなく、僕らは満足できなかった。
流石にミイラ写真はまずかろう……と、染みのついた畳の写真のみ掲載し、事件の真相を書いたけど。
そもそもこれじゃオカルトじゃなくてミステリーやサスペンスの分類だよ。
因みにミイラの写真はまだ現像してない。
今から写真部に取りに行くつもりニャ。
「日暮センパーイ! 写真取りに来ましたニャン!」
僕はふざけた口調で写真部の扉を開けた。
すると中には、すでにモミジ先輩と加枝留くんがいた。
「ちょっとコバン! これ見てよ!」
現像して乾いたばかりの写真をモミジ先輩は僕に見せた。
そこに写っていたのは当然、ミイラなんだけど、それともう一つ、ある物が写っていた。
それは、押入れの壁に描かれた謎の紋様。
三角形を三つに重ねて作った星型とその上に赤と黒の渦巻を塗りつぶしているマーク。
何所かで見たような……見覚えのあるものだった。
「これって……イコンモールの?」
「そのようですね」
加枝留くんも僕と一緒に覗き込んで言った。
このマークってそもそも何なんだろう?
何か意味があるのかな?
「調べてみる価値あるかもね!」
モミジ先輩が悪戯を思いついた悪ガキのような満面の笑みで言った。
「イコンモールに行くわよ!」
はあ……こうして僕の放課後はまた部活動に捧げる羽目になったのニャ。
「……と、その前に、あのキツネ野郎に会いに行くわよ! 昨日の文句も言わなくちゃ気が済まないわ!」
モミジ先輩はガニ股でドシドシと一年生のいる階まで歩いて行った。
ああは言ってるけど、桔音くんの力をまた借りようと思ってるんだろうな。
正直、桔音くんがいないと不安だし。
そして僕らは桔音くんを探して校内を歩きまわり、廊下を歩く人に片っ端から、彼が今、どこにいるのか知らないかと聞きだした。
すると購買部で見掛けたという情報を得て、そのまま購買部に向かった。
正直、まだ帰宅してなかったことに安堵した。
食堂の隣にある売店に桔音くんの姿を見つけて僕らは駆け寄った。
「あ、桔音く……」
「くぉーらキツネ野郎!」
僕が声を掛けるよりも早く、モミジ先輩が怒鳴りこんだ。
「昨日はよくもアタシ達を見捨てて逃げたわねっ? このひとでなし~っ!」
「……あ~ぁ」
桔音くんは今思い出したと言わんばかりに眉を大袈裟に下げて言った。
「よく生きてたな虫けらども」
「フザケんじゃないわよ!」
「まあまあ先輩、落ち着くニャ」
喧嘩にならないように僕は二人の間に割って入った。
「ふん! まあいいわ。それよりキツネ野郎。またちょっと力を貸しなさいよ。今度は弾むわよ! その代わり絶対逃げないでよね!」
モミジ先輩は万札をひらひらさせた。
多分、二十万くらいある。
庶民の僕にはモミジ先輩と桔音くんの金銭感覚が恐ろしすぎるニャ……。
ちゃっかりと受け取ると桔音くんは、再び眉を大袈裟に下げてちらりと横目で売店に並んだパンを見て言った。
「小腹も空いたなぁ~……」
僕は慌てて桔音くんのパンとジュースを購入した。
「気が利くな、お前。僕の
ニヤリと笑う桔音くんに僕は底知れぬ魔性を感じてしまった。