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宵々町奇譚



 到着したのは、住宅街のはずれにある、古びたお城のような石造りの豪邸だった。
 豪邸だけど、庭の木は枯れ果て、無数のカラスが留まってギャアギャアと不気味に鳴き、外壁にはまるで見張りのように一匹の黒猫が黄色の鋭い瞳で此方をジッと見下ろしている。
 屋敷を背景に、空がこの世の終わりのように真っ赤に染まっているように見えるのは、たまたま夕方に訪れた時間的なせいだろう。
 来るものを拒むような檻のような鉄の細い門戸の前でインターホンを鳴らす。
「あ、あの、僕ら神輿高校のオカルト同好会の者ですけど……桔音くんいますか?」
 インターホンに顔を近付けて向こう側にいるであろう無言の相手に声を掛ける。
 しばらくすると門が自動的に開き、一人の黒い学ランを着た少年が赤い本を抱えて姿を現した。
 人間離れしたような灰色掛った白い顔にやせ細った小柄な体。
 釣り上った眉と瞳孔の小さな、目つきの悪い細い目で、常に口端を上げて嘲笑を浮かべている。
 彼が、稲荷桔音くんだ。
「何の用だ?」
 落ち着いた、しかし高圧的で偉そうな物言いは、彼の特徴でもあった。
「あ、あのね、桔音くんに頼みたいことがあって……」
 桔音くんの独特の雰囲気に圧倒されて、僕は緊張しながら事情を説明しようとした。
 しかし桔音くんは僕の話を聞こうとせず、相変わらず人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながらスッと片手を前に上げて言った。
五月蠅うるさい、黙っていろ。リオメンエンヲス!」
 桔音くんは突然、短い謎の呪文を唱えた。
「え、何? なんて言ったの? なんかの呪文?」
 モミジ先輩は背後から僕の両肩に手をついて不思議そうに桔音くんを見た。
 何処の国の言葉でもない不思議な言葉であった。
「オカルト同好会の『猫宮小判』に『鹿島椛』、『雨森加枝留』だな。無人アパートの血痕を調べる為にこの僕の力を借りに来た訳だ」
「え……」
 僕たち三人は見事に言い当てた桔音くんに驚愕きょうがくした。
「まさか記憶を読んだの? 今のは魔術?」
なんと、彼の力は本物だった!
「だが断る。とっとと帰れ、虫けらども」
 桔音くんは意地の悪い笑みを浮かべたまま、まるで野良犬を追い払うかのように手の甲をヒラヒラさせて言った。
 それは、喜びに沸いていた僕らを一気に奈落の底にたたき落とす言葉だった。
「え、何でニャっ?」
「そうよ、そうよ! ちょっとくらい協力してくれたっていーじゃない! ていうか虫けらって何よ! アンタなんか悪霊あくりょうみたいな顔してるくせに!」
 も、モミジ先輩、それはちょっと失礼かも……。
「何故僕がタダでお前らのようなカスどもの遊びに付き合わなければならない?」
「そ、そんにゃあ~……」
「タダって何よ! じゃあタダじゃなければいい訳?」
 モミジ先輩は腰に手を当てて桔音くんに凄んでみせた。
「……そうだな。ビジネスなら考えてやってもいい。だが僕の魔術は安くないぞ。三十分で三万だ」
 うわっ、学生には高すぎるニャ!
「わ、分かったわよ! 三万払うわよ!」
 ええ~っ! モミジ先輩が財布から三万出しちゃったよっ!
 あの性格のせいか、すっかり忘れてたけど、モミジ先輩は日本でも有数の大企業・カシマグループのご令嬢なのだ。
 先輩はあっさりと三万円を桔音くんに渡しちゃった。
「その代わり、ちゃんと仕事してもらうからね!」
 そうと決まれば善は急げだ。
 桔音くんの力を借りられる時間は三十分しかない。
 僕らは早々にアパートへと向かって歩き出した。


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