闇に散る華
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夢を見た。
監督生は夜の砂漠に佇んでいた。周りには木も、オアシスも、建物さえ何もない。ただ、砂漠が広がっていた。
歩いても歩いても出口が見えない。
誰もいない世界に取り残された感じがした。
ーー…寂しい、怖い、誰か助けて。
助けを求めても誰も答えてくれない。やがて、歩くのも疲れて足が止まる。
出口なんて、見つからない。いっそのこと、骨になって砂漠の一部となってしまえばどんなに楽なのだろう。
その内立つことも億劫になり、その場に座り込んで立てた両膝に顔を埋めた。
誰もいない寂しい世界に絶望し、一筋の涙が頬を伝い砂の上に零れ落ちた。
ーー…見つけた。
ふいに聞こえた声に顔を上げると。
誰もいなかった砂漠に、とても綺麗な艶のある鱗を持った漆黒の大蛇がいて、鎌首を上げて監督生を見ていた。
人を丸呑みに出来そうな程の蛇なのに、不思議と恐怖感はなかった。
蛇は監督生の近くにやってきたが、襲うことはせず寄り添った。
自分以外の生命体が存在していた事に安心したのか、そうされると何故か涙が次々と溢れて止まらなかった。
一頻り泣いて涙を拭いて顔を上げると、そこに蛇はおらず代わりにフードを目深にかぶった男性が立っていた。
ーー…もう泣くな。君をこの世界から連れ出してみせる。俺と一緒に行こう。
フードから覗く顔は見覚えのある彼で、そっと監督生に向けて手を差し出してきた。
ーー…この人となら、一緒に…
その手を掴み、立ち上がる。そして、手を繋いだままどこまでも続く砂漠の地を二人で歩き出した。
「……っ。」
頭がふわふわする。体が怠い。意識がはっきりせず、ぼーっと天井を眺めた。
部屋の天井はあんな模様だっただろうか。
カーテンの隙間から覗く空は曙色になっている。…今は何時だろう。枕元の時計を取ろうと手を伸ばし、気付いた。そうか、自分は異世界に飛ばされたのだったと。
徐々に思い出される出来事。不思議な世界。
そして…初対面の人との甘く蕩けるような口付け。思い出すだけで顔に熱が集まってくるのが分かった。シラフの自分じゃ考えられない行動をしていたなと思うとかなり恥ずかしく、あの人の顔を見る事が出来そうにない。
顔を見ると、あの時の事を思い出してしまいそうで…。
「…なんて事を…あんな、あんな事っ!」
「あんな事?」
「初めてのキ…って、へっ!?」
声がした事に驚いて起き上がった拍子にハラリと布団が身体から離れ、サラシが緩んだ胸が露わとなった。
それに気付いて慌てて布団を手繰り寄せ、気まずそうに目の前の人から目を逸らす。
そしてよく部屋を見渡すと、自分が寝泊りする予定のオンボロ寮という割にはかなり綺麗な部屋であり、手繰り寄せている布団の匂いは間違う事なく、あの時一番近くで嗅いだ匂いそのものだ。
恐る恐る声の主の方へ目を向けると、ベッドサイドに端座位になっていた寮服の彼の黒曜石の瞳が監督生の姿を捉えていた。
「よく休めたか?」
「あの…つかぬ事をお聞きしますがここはどこでしょうか?」
「スカラビア寮の俺の部屋だ。覚えてないのか?」
あの時の事は覚えている。はっきり覚えている。ただ、色々ありすぎて処理が追いついていないのだ。
「あの、ジャミル…さん?」
「まだ何か?」
「私、どうして服を着てないのでしょう?」
不安そうな表情で聞く監督生を見てジャミルは立ち上がり、自分のクローゼットからハンガーにかかった監督生の制服を取って差し出した。
「制服のまま寝たら皺になるから、あの後脱がせてもらった。」
ジャミルの言う事は確かにごもっともである。だが、何から何までしてもらうのは大変申し訳ない事だ。
制服を受け取った監督生は、恥ずかしそうにジャミルをチラリと見やった。
「その、着替えるので…」
「わかった、席を外そう。部屋から出とくから終わったら呼んでくれ。君には聞きたい事が幾つかあるからな。」
そう言ってジャミルは部屋から出て行った。ジャミルを見送った後、監督生はゴソゴソとベッドから出てサラシを巻き直した後に皺一つない制服に袖を通した。
部屋にあった鏡で全身を確認し、チョーカーとブレスレットがきちんと装着されているのを確認した。
自分の目にはどうみても女にしか見えない。これで本当に男に見えているのだろうか。
サバナクロー寮長のレオナには匂いで判別されたが、スカラビア寮で出会ったジャミルには女だと見抜かれた。
[魂の番には秘密は瞬時に見抜かれる]
チョーカーを貰った時の事を思い返した。あの言葉に間違いが無ければ、見抜かれたという事は…。
「あの人が、私の…」
番なんて動物に使うようなものだが、要するに運命の人という事になる。異世界の人が運命の人だなんて、現実の世界に帰るなと言われているようなものだと思ってしまう。
運命の人…ジャミルがこの世界にいるから呼ばれたのかもしれないと考えたらかなりロマンチックである。
「ジャミルさん、すみません。お待たせしました。」
監督生が部屋のドアを開けると、ジャミルは部屋に入り静かにドアを閉めた。
ベッドに座るわけにもいかず監督生は立ち尽くしていると、ジャミルにベッドサイドの絨毯に敷かれたクッションの上に座るように促された。
指定された所に座ると、少し距離を開けてジャミルも座った。
「……。」
「……。」
沈黙が訪れる。チラリとジャミルを見ると、彼は何も言わず監督生を観察するように見つめていた。
見つめあっても昨日みたいにいやらしい気分になる事はなかった。
視線に耐えられず監督生は目を逸らし、視線を彷徨わせた。ジャミルが何を思っているのか分からず怖かったのもあった。
「…監督生、だったか。」
「あ…はい。」
急に名前を聞かれ、彷徨っていた視線は再びジャミルへと向けられる。その瞳が怯えているものだと感じたジャミルは、監督生を怖がらせないように出来るだけ優しい口調で話し始めた。
「取って食いはしないから、そう怖がるな。君に怯えられると心が痛むよ。」
「……、ごめんなさい…」
「君は何故ここへ?そんな格好をしている理由は?」
「……私は…」
監督生はこれまでの事をジャミルへ説明した。説明している間、ジャミルは監督生が話し終わるまで口を挟まず頷きながら聞いていた。
「異世界から来た人間、ね…非現実的だが、現に君はここに存在しているわけだ。」
彼女の正体が分かり、聞きたかった事は解決した。鏡の向こうにある自分の知らない世界からやってきた住人。現実を受け入れてここで生きるために性別を隠し、元の世界へ帰るための手段を探している。
この世界だからこそ自分が魂の番として選ばれた。元の世界に監督生の幸せがあり、そこには自分ではない他の運命の人がいるんじゃないか。
だとしたら自分は彼女の枷にしかならないのではないか。
他の人になんか渡したくない。できるなら、元の世界に帰らず命が尽きるまで共に生きてほしい。でもそれは、唯の我儘に過ぎない。
産まれた時からアジーム家の従者として生きてきたジャミルは自由に憧れていた。
バイパー家ではなく、他の家庭に産まれていたらどんなに楽だっただろう。普通に生きて、友達と呼べる存在がいて、そのうち恋人ができて家庭を持つ。その普通の生活が羨ましく感じる時もある。
アジーム家の従者としてカリムを守るために毒を飲まされ、厳しい鍛錬を行い、時には人の命だって奪うこともある。好きでこんな事をしているわけじゃない。
ジャミルだからこそ、運命に縛られ自由を奪われる事がどんなに辛いことかよく分かっていた。
監督生を想う一人の男として、彼女の幸せを願うからこそ魂の番という鎖から解放する事が必要だと感じた。
ーー…この世界にいるべき存在じゃない。
そうだとしたら、ジャミルがとる行動はただ一つ。
「元の世界へ帰れるよう、俺も協力しよう。」
自分の気持ちを押し殺し、そう告げるのであった。
◇To be continued◇
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