闇に散る華
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「残念ですね、次へ行きましょう。」
ディアソムニア寮へ足を運んだのだが、そこには誰もおらず。今後お目にかかる事もあるだろうと引き返したのだった。
そして、次の寮へ通じる鏡へ向かった。
「ここはスカラビア寮です。砂漠の魔術師の熟慮の精神に基づく寮で、思慮深く、知略に優れた生徒が多数在籍しています。」
鏡を抜けると目の前に広がるのは、アラビアンナイトの世界観。サバナクロー程ではないが、砂漠地帯独特の乾燥した空気であり、砂漠の夜にライトアップされた宮殿は幻想的であった。
「おっ、学園長!今日来るって言ってたか?」
声がして見上げれば、そこには浮いた絨毯に座って空を飛んでいる生徒が監督生達を見下ろしていた。
「っと、もう1人…。わりぃ気づかなかった!」
右耳にイヤーカフが嵌められ、白髪の褐色肌を持つ人は、真っ白な歯を覗かせて太陽のように眩しく笑った。猫目に縁取られたルビーの双眼がとても印象的だ。
絨毯に座ったまま2人に近付き、監督生の姿を見つめていた。
「お前、名前は?」
「監督生です。」
「俺はスカラビア寮長のカリム・アルアジームってんだ、よろしくな!」
「アジーム君、その生徒は今日から学園に通う仲間です。」
「へぇ、じゃあ俺がスカラビア寮を案内するぜ!」
差し出された手に握手をするように握ると、そのままグイッと持ち上げられて監督生は絨毯の上へ移動していた。
「学園長、ちょっと監督生借りてもいいか?ジャミルにも見せたいんだ!」
「ええ、構いませんよ。学園案内もここで最後なので。終わったら学園長室へ来て下さいね。」
「よし、監督生しっかり掴まってろよ!」
「わっ…!」
グングン高くなる視界に思わず目を強く瞑り、落ちないように咄嗟にカリムに掴まった。
カリムは監督生を落とさないようにしっかり肩を抱いた。
「目を開けて見ろよ、凄い綺麗だからさ。」
その声にそっと監督生が目を開けると、下には果てしなく広がる砂漠、上を見ると漆黒の夜空には満天の星がダイヤモンドのように光り輝き、一筋の流れ星が空を横切った。
遠くには広大な川が流れていて、見たことのない鳥が羽を休ませていた。
「信じられない…生きてる内にこんな景色が見れるなんて…」
「気に入ってくれて嬉しいぜ。さあ、もうすぐだ。」
その世界に見惚れている間に、スカラビア寮へ到着した。
二人を乗せた絨毯はゆっくり談話室まで進み、低空飛行となった後に降りやすいように階段のように形を変えてカリムは監督生の手を掴んだまま床に足を付けた。
「ありがとうございます。」
「へへっ、楽しかったな!それより…ジャミル!ジャミルはいるか!…う~ん、おかしいな。監督生、ちょっとそこで待っててくれ。」
ジャミルの名を呼びながら、カリムは姿を消していった。
談話室に残された監督生は辺りを見渡した。
臙脂色のカーテンやカーペット、クッションには塵一つなく清潔に保たれている。暖かみのある炎が豪華な装飾の洋燈の中で灯っていた。
ここからあの景色が見えるだろうか。監督生は外へ続くバルコニーへ出た。
上を見上げれば、ここまで連れてきた絨毯が優雅に空を待っていた。
なんて素敵なところなのだろう。全てが初めて体験するもので、絨毯に乗ってもっとあの世界を見てみたかった。
そんな事を思っていると…。
ふわりと何処からともなく甘く、それでいて懐かしさを感じる匂いが漂ってきた。それと同時に下腹部、丁度子宮の辺りにジクジクと甘い痺れが走る。
「……?」
感じたことのない感覚に違和感を覚え、徐々に強くなる匂いに監督生が振り返ると。
そこには、漆黒で艶のある長髪の左側をコーンロウにし、褐色肌を持つ生徒がいた。
黒曜石を連想させる瞳は臙脂色のアイシャドウが映える切れ長の目に縁取られ、細身の割に鍛え抜かれた右腕には金の蛇が絡みついていた。
金と臙脂と黒で統一された寮服を身に纏い、右耳にイヤーカフが嵌められた彼は、色気を纏い妖しげな雰囲気を醸し出していた。
お互いの姿を捉えた瞬間に言葉では言い表す事が難しいが、例えるならまるで塞がることのないずっと心に空いていた穴が奇跡的に埋まるようなそんな感じがした。
「君は…そんなはず…ここは男しか…」
柔らかいが、どこか動揺したテノールボイスが談話室に響く。そして、引き寄せられるように一歩、また一歩と監督生へ近付く。
その声が、強くなる匂いが、監督生を未知の世界へ誘う。
「はっ…あ…」
「…そうか、これが…。」
ぶわりと舞い上がるむせ返るような甘い香り、Ωのフェロモンに生徒ーージャミル・バイパーは信じられないような、しかしどこか納得したような表情を浮かべた。
ジャミルの放つαのフェロモンに当てられた監督生の脚は震え、立つことが出来ずにその場にペタリと座り込んだ。
頬を上気させ、震える体を掻き抱いて、淫らな声が漏れ出てしまわないように必死に口を覆った。
「…名は?」
「ふっ… 監督生っ…」
「…… 監督生…。」
傍に寄り、蹲み込んだジャミルが甘く切ない声で名前を囁いてやると、大袈裟なくらいに監督生の身体はビクッと震え上がった。
「あなたの、っ…名前っ…」
監督生は蕩けきった頭の片隅で知りたい事を必死に口に出す。
「ジャミルだ。…ジャミル・バイパー。君の…」
「ジャミル、さんっ…!」
何か言おうとしたジャミルの口を、監督生の口が塞いだ。ジャミルは監督生を突っぱねる事はせず、逆に後頭部と細い腰に腕を回し口付けに答えた。
震える手でジャミルに縋り付く監督生は快感に蕩け切った顔で目の前の彼を涙で潤んだ瞳で見つめる。
初対面の相手にこんな事をするなんて、おかしいと分かっている。それなのに、本能に抗えない。この人が欲しいと思ってしまった。
「んっ、ぅ…ふぅ…」
「はっ…」
ちゅく、ちゅっと舌を絡め合う厭らしい音と互いの吐息が静かな部屋に木霊する。
互いの唾液が混ざり合い、飲み込み切れない分が監督生の口角を伝い落ちる。
もっと、もっと欲しい。子宮が疼いて仕方がない。ドロドロに愛して欲しい。ジャミルを見た途端に訪れた運命と初めての発情期を迎え、初めてのキスがこんなにも気持ちいい事を知った。それなのに…。
「ジャ、ミルさっ…ゃっ…ぁ、助けて…っふぇ…」
大きく膨らむΩの本能に従うのが怖くて、気持ちの整理が追いつかず監督生はとうとう泣き出してしまった。
ジャミルはそんな監督生をあやす様に背中を撫でるが、その優しい手つきが泣き止ますどころか余計に大粒の涙を流させてしまった。そして、短く浅い、促迫呼吸に変わる。
「まずいな…。監督生、落ち着け。」
「ふっ、ぅぅ…ひぅ…」
「…オレを見ろ。」
監督生の顎を掬い上げ、瞳を合わせた。そして…
『ーー…瞳に映るはお前の
ユニーク魔法の詠唱で、監督生の目は徐々に朱色に染まっていく。促迫した呼吸も少しずつ落ち着きのあるものへ変わった。
「…俺が分かるか?」
「はい…ジャミル様…」
こんな形でユニーク魔法を使いたくはなかったが、緊急事態のため仕方がない。そのおかげで今回は助かった。
ユニーク魔法を解いてやってもいいが、そうすることで再度監督生が混乱するのは目に見えている。
「ジャミル様、なんなりとお申し付けを…」
「そうだな。…うん、取り敢えず…」
ーー…眠れ。
命じれば、フッと意識が遠のき、ジャミルの肩に監督生の頭が寄り掛かった。
ジャミルはすやすやと寝息を立てる監督生を姫抱きにして立ち上がると、足早に自室へ向かった。
到着すると、監督生を丁寧に自分のベッドへ横たわらせて布団をふわりとかけ、寝顔を見つめた。
まさか、都市伝説だと思っていた魂の番にこんな形で出会えるとは。しかも、この自分に。
βの親から産まれる子は当然βなのだが、ジャミルは両親がβなのに何故かαとして生を受けたのだった。
生物学的にありえない話で、それ故に周囲からも気味悪がられていた。
ジャミルは元から賢く、カリムよりも優れた能力を持っていた。でも、どんなに優秀でもカリムに勝ってはいけない。
何故、自分はαなのか。αでなければこんな思いをせずにすんだのでは…?
αを嫌い、その理由が分からないまま生きた。
年齢を重ねる度に発情期を迎えたΩを当てられたが、男として悲しいことに何も感じなかった。
そうしてNRCに入学するために故郷を離れ、今まで過ごし…この日を迎えた。
監督生と出逢う為に遺伝子が突然変異を起こし、αとして生を受けたのだろう。
「君は、漸く見つけた…俺の運命の人だ。」
魂の番は、一目見た時から愛し合う運命にある。監督生に会った瞬間にそれを感じたから間違いはない。例え運命であっても嫌なら先程の口付けは受け入れていない。それくらいは自制できる。
監督生を見た瞬間から、ジャミルは初めての恋に落ちていた。
でも、ジャミルはまだ監督生を知らない。どこから来たのか、何故男と偽っているのか。知りたいと思う事は沢山あった。
魂の番としてお互いを愛し合う運命にあるのなら、性に従うから好意を抱くのではなく純粋に1人の男として彼女を好きになり、愛したいし愛されたい。
チョーカーを外し、項に噛み付けば他の誰にも取られる事はない。しかしそれは契約という名の身体だけの関係でしかない。
心が欲しい。αだからではなく、ジャミルという一人の男を、本心で好きだと言ってもらいたい。
きっと、この学園には彼女を狙うαが出てくるだろう。番関係が成立するその時まで…。
闇の中に咲く華に群がる毒虫を灼熱の業火で焼き尽くしてみせよう。例え、この身を滅ぼす事になっても…。
「何があっても君の事は必ず俺が守る。」
ジャミルは眠る監督生を愛しそうに見つめ、頬をそっと優しく撫でた。
可憐な華に魔の手が忍び寄っている事を、この時はまだ知らなかった。
◇To be continued◇
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