闇に散る華
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「まずはここ、ハーツラビュル寮です。ハートの女王の厳格な精神に基づく寮で、生徒たちはハートの女王の法律に従って生活を送っています。」
鏡を通ると、広がるのはトランプを連想させる窓のついた建物と、一面に広がる赤い薔薇の木々。
ここで男子校生が生活するとは思えない、お洒落で可愛い雰囲気だ。
ペンキで薔薇を塗っている生徒もいれば、魔法で簡単に色を変えている生徒もいる。
「えっと、ローズハート君は…ああ、あそこに。ちょっと失礼。」
クロウリーはサッサと生徒をかき分けて、指導をしている赤髪の生徒の元へ近付く。監督生は置いていかれないように必死に追いかけた。
監督生の存在に気付いた生徒達は作業しながら物珍しい顔をしている。
「あんな生徒、入学式でいたか?」
「お、可愛い子。ポムフィオーレ寮の新入生もだけど、あんな子いたら目立つし忘れる筈ないんだけど…」
「ひょっとしたら欠席してたんじゃないのか?」
一塊になっている生徒が話しているところに、その青年が近付く。
「そこ、お喋りできるほど暇なのかい?それなら、1人あたりの薔薇を塗る数をもっと増やしても構わないんだよ。」
右耳にイヤーカフをつけ、白を基調とした服装の裏地にはトランプマークが散りばめられた赤い生地、腰部分には薔薇の装飾が施され、表が黒で裏が赤いマントを羽織っていた。ヒールがついた黒のニーハイブーツをはき、ハートの女王を彷彿とさせる王冠を頭に飾っている。男とは思えない中性的な顔をしていた。
「リドル寮長…!」
「いや、ほら。あそこにいるあんな子いたっけって…」
「なんだって?」
「ひぃっ、すんませんっした!」
言い訳をする生徒にトーンの低い声を出し、赤のアイシャドウに縁取られたスレートグレーの目がギロリと睨みをきかせれば、蜘蛛の子を散らすように生徒たちは一斉にその場を離れた。
「…学園長、何しにここへ?これからパーティの準備があるので、手短にお願いします。」
「ええ、長居はしません。新入生に学園の案内をしていたもので。」
「新入生?入学式は先日したはずじゃ…、…っ!」
リドルの瞳が監督生の姿を捉えた瞬間、ハッと見開かれた目。今まで色んなΩを見てきたが、これ程までに強く惹かれた人物は初めてであった。
何より、不安そうに揺らぐ瞳に見つめられると守ってやらなければと思う反面、ぐちゃぐちゃに乱してしまいたい邪な想いが迫り上がってくる。
「ーー…キミ、名前は?」
「… 監督生です。よろしくお願いします。」
「そう、監督生ね…。覚えておくよ。ボクはハーツラビュル寮長のリドル・ローズハートだ。」
その想いを悟られないよう表情には一切出さず挨拶を交わし、クロウリーと監督生が去った後に寮生に気付かれないように薔薇の木の影に身を隠すようにしてしゃがみ込んだ。
…危なかった。人がいなかったらきっと、自分の欲望のままに動いたかもしれない。
浅ましい考えを振り払うように、奥歯をギリッと強く噛む。どくどくと早鐘を打つ心臓。ちょうどその上あたりの服をギュッと握り締めた。
ーー…あの子を、ボクのものにしたい。
初対面の相手なのに、何故こうした想いが溢れ出てくるのか…逃れられないαの運命にリドルは苛まれた。
「次はサバナクロー寮です。ここは百獣の王の不屈の精神に基づく寮となっています。スポーツや格闘技などが得意な生徒が数多く在籍しています。」
カラッと乾燥している土地はまるでサバンナのような印象だ。
寮周辺には乾燥地帯に強い植物がちらほらと根付き、ゴツゴツした大きな岩や大型動物の骨格のレプリカが飾ってある。
寮によってこんなにも気候や湿度が違うものなのか。先々行くクロウリーに遅れをとっているとは思わずに辺りを見渡していると…。
「オレの縄張りに踏み込んだのは、誰っスか?」
急に背後から聞こえた声に肩を震わせてその声の主を探すと、逆光で姿がよく見えないが大型動物の骨格の牙の上に座り、監督生を見下ろしていた。
「おやまあ可愛い子猫ちゃん。オレたちの獲物になりにきたんスか?シシシッ。」
特徴的な笑い方をする彼はストンッとそこから飛び降りて、姿を現した。
全体的に華奢な体付きで首に寮のスカーフが巻かれている。フワフワの大きな茶色の耳にビスケットブラウンの髪色、ブルーグレーの目の色をした彼は優しげに垂れた目で監督生を見つめた。
「こねこ…?」
「アンタの事っスよ。こんなところでフラフラしてると、バクッ!と食べられちゃいますよ。」
その生徒は監督生を揶揄うようにチラッと牙を覗かせた。それに逃げるように後ずさると、ボスッと誰かにぶつかった。
「す、みませっ…」
「…ラギー、こんな所でなに油売ってやがる。」
頭上から聞こえる低い声に上を向くと、ライオン耳が生えた、鬣を彷彿とさせるチョコレートブラウンの癖のある長髪が目に入った。
監督生は慌ててその人物から離れ、近くにあった木に身を隠して様子をうかがうように覗き見た。
「レオナさんこそ、こんな所に来るなんて珍しいっスね。」
右耳にイヤーカフを付けたレオナと呼ばれた彼は褐色肌で、隣の生徒ーーラギーと比較すると筋肉質な身体付き。左腕には獅子の刺青があり、左の瞼から頬にかけて大きな傷痕があるも、端正な顔立ちをしていた。ラフな服装から覗く胸板や脇腹は動くとチラリと見えて男の色気を漂わせた。
そのサマーグリーンの双眼が監督生の姿を捉えた。
「旨そうな匂いがしたと思って来てみれば…」
「ひっ…」
いつの間に近くに来たレオナは監督生の腕を掴み、首元に顔を近づけて確かめるようにスンスンと匂いを嗅いだ。
「あの…」
「ふん、魔法具で隠しているつもりか。…襲われたくなきゃ、とっととここを出ろ。他の奴なら騙せるだろうが、匂いでわかんだよ。ただでさえお前はΩなんだから…。」
ラギーには聞こえないように小声で喋ったレオナは、戸惑う監督生を無視して掴んだ手を離さず、鏡舎までズンズン歩いて行く。
「ラギー、その辺にいるクロウリーを呼んで来い。」
「うわ、まじっスか…」
「え、あのっ…」
「獲物は見逃さない主義なんだが、今は気分がいい。特別に黙っといてやるよ。それと…」
レオナはマジカルペンを取り出し、魔法を監督生にかけた。獣人属でも匂いで判別できなくさせる防衛魔法を施した。
「これで獣人属でも欺く事ができんだろ。」
「…ありがとう、ございます。」
「レオナさ~ん、連れて来たっス!なんか、迷ってたみたいで…」
「いや~、すみませんねぇ。久しぶりに来たもので。」
学園長を確保したラギーは、学園へと繋がる鏡の前で待っていたレオナ達に追い付いた。
レオナはギロリとクロウリーを睨みつける。
「クロウリー…テメェ、厄介な奴を招き入れたな。」
「おや、なんの事でしょうか。新入生の監督生さんに寮の案内をしただけですが。」
「とぼけやがって…。ラギー、行くぞ。」
レオナは去る間際にチラリと監督生を見て、寮へ引き返した。
気付かれないように魔法具で細工していたが、間違いなく監督生は女だと確信した。
丸腰相手に襲いかかるのは気分じゃないし、なんせ相手は女だ。夕焼けの草原では女性には頭が上がらない男が多く、レオナもまたそのうちの一人だった。
母国でもその身分から、Ωは腐る程見てきたレオナであったが、名前も知らないΩに自ら率先して手助けしてやるなんて今日が初めてだった。
ーー…手違いといえこの世界に来たなんて、運命は残酷だよなぁ。
可哀想なΩに手を差し伸べてやるとしよう。他の奴に食われる前に食ってやる。さあ、狩りの時間が始まった。
レオナはその整った顔をニヤリと歪ませた。
「ここがオクタヴィネル寮です。海の魔女の慈悲の精神に基づく寮となっています。ここの寮生たちはカフェも経営しています。」
鏡を抜けると、一面に広がる碧。
海中トンネルになっている廊下の外は果てしなく広がる海で、大小様々な海洋生物が泳いでいた。
「すっごい綺麗…」
「ふふふ、お褒めに預かり光栄です。」
「学園長お疲れ~、その子誰?」
この学園の生徒たちは人を驚かすのが趣味なのだろうか。突然の声にまたもや肩が震えた。
それをみた生徒の片割れが面白い玩具を見つけた子供のように目を輝かせた。
「あはっ、エビみてぇ~。小さくてビクビクするから、小エビちゃんね♡」
するりと身体に巻き付く腕を払う事が出来ず、気付いた時には後ろから抱き締められていた。
「フロイド、あまり強く締めすぎたらいけませんよ?」
「大丈夫だって、ジェイド。」
腕に寮の腕章を付けた瓜二つの顔をした二人は、ターコイズブルーの髪色でジェイドは左側、フロイドは右側に黒のメッシュを前髪に入れていた。
ジェイドは左目が金で右目がオリーブ、左耳にチョウザメの鱗型のピアスをつけ、フロイドはその逆であった。高身長の彼らは黒いスーツに身を包んでいた。
「そっくり…ですね。」
「ええ、僕達は双子ですから。」
喋り方は全く異なるが、これだけ似ていたら間違える人もいそうだと思う。
「それより、何しに来たわけぇ?」
「監督生さんに学園の案内を。私、とっても優しいので。お二人は何を?」
「オレ達は今から開店準備をしに行くところ。小エビちゃん、一緒にくる?」
「開店前はアズールに叱られますよ。」
「え~、いいじゃん。寧ろアズールは喜ぶと思うけど?」
何かを企んだフロイドの笑みの意味を理解したジェイドは形の良い口をニヤリと歪ませた。
かなり悪い顔をしている双子から逃げようとしたが、時既に遅し。あっという間にフロイドに担がれてしまった。
「お、下ろしてください!」
「ヤダ♡つうか、この高さから投げられたら無傷じゃ済まないと思うんだけど。大人しくした方が身のためじゃん?」
下ろすをどう変換すれば投げるになるのかさっぱりだが、どうやら帰す気は毛頭ないらしい。
クロウリーがいつの間にか姿を消したのは、どうやら危険を察知して逃走したのだろう。
とりあえず、今は大人しくした方が安全だと考え監督生はされるがままリーチ兄弟に連行された。
「なんですか、それは。」
「じゃ~ん、アズールにお土産。どう?嬉しい?」
モストロ・ラウンジに到着するなり直ぐに声がかかった。
フロイドに担がれた監督生を見て、嫌悪感丸出しな顔をして眼鏡をクイッと指で押し上げたこの生徒がアズールだ。
右耳にイヤーカフを付け、癖っ毛のアシンメトリーの白銀の髪、銀縁の眼鏡、整った顔立ちを持ち、口の左下には黒子があった。蛸のロッドを持ち、立ち振る舞いは紳士そのものである。
「いったいどこで拾ってきたんですか?というか、下ろして差し上げなさい。」
「寮の案内で学園長と一緒に来てたんだけど、途中ではぐれたから連れてきちゃった。」
監督生は漸くフロイドの肩から下され、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、見上げるとすぐ傍にアズールがいて顔を覗き込まれていた。
普段警戒心の強い彼が初対面の他人に興味を持つのは非常に珍しい。双子は思惑通りに事が運びそうで、互いに顔を見合わせてうんうんと頷いた。
「あなた、なかなかいい顔をしてるじゃありませんか。どうです?ここで働いてみませんか?」
「えっ?」
「あなたのような愛らしい顔貌の生徒はこのオクタヴィネル寮、いやどの寮を探してもそういません。」
つまり、監督生がここで働く事によって監督生目当てで足を運ぶ生徒が必ず現れる。そういった客を集め、売り上げを伸ばしてくれるとアズールは確信した。
「ちゃんと御給金も出しますし、悪い話ではないはず。所属寮長へ一度話されてみてはいかがですか?」
「あの…寮長は、いません。1人なので…」
その発言に今度は3人が首を傾げる。そこで監督生は今までの経緯を簡単に説明した。
「成る程。それで学園長といたわけですね。」
「尚更ここで働く方がいいのでは?私生活の事もあるでしょうし。」
「オレ、小エビちゃんの為にまかない作ってあげる。ホールの事も色々教えたげるね。」
ここの寮生達はなんて優しいのだろう。学費はクロウリーが負担してくれるが、生活の事は自分でどうにかするしかなかったため、仕事が出来るのは非常にありがたい話だった。
その後アズールから諸々の話を聞き、いつ元の世界に帰るか分からない監督生は早速明日からバイトとして数時間単位で入ることとなった。
「では、お待ちしてます。ジェイド、監督生さんを出口まで送ってあげなさい。」
「かしこまりました。」
ジェイドと監督生が出て行ったあと、クスクスとフロイドが笑い出した。
「なんですか、フロイド。」
「だってさ~、アズール顔には出してなかったけど、超がっついてたよ。あの子Ωでしょ?」
全てお見通しだというようにふふふ、と笑うフロイドに、アズールは苦虫を噛み潰したような顔をした後に、咳払いをした。
「まあ、これからバイトとしてきてくれる分会う機会が増えますし、焦らずに攻略させてもらいますよ。」
ーー…そして、必ず手中に収めてやる。
これからの監督生の対応について考えたアズールはフロイドに分からぬようにほくそ笑んだ。
「イグニハイド領です。ここは死者の国王の勤勉な精神に基づく寮となっています。魔法だけでなく最新のテクノロジーも積極的に取り入れています。」
あの後無事にクロウリーと再会できた監督生はイグニハイド寮へ繋がる鏡の前にきていた。
そこを通ろうと足を一歩踏み出すと…。
「あれ、お客さん?今日は呼んでないハズなんだけど…。兄さんなら出てこないよ。ゲームのイベント初日だからね。」
可愛らしい声が聞こえて振り返ると、そこには青い炎の髪を持った少年がフヨフヨと浮かんでいた。
「ごめんね、せっかく来てもらったのに。」
「そうですか…。ではお兄さんによろしく伝えて下さい。」
クロウリーと監督生が隣の鏡に入っていったのを確認した少年ーーオルトは寮へと続く鏡へ入って行った。
そのまま兄の部屋へ続く廊下を進み…コンコンとドアを叩く。
「兄さん、入るね。」
ガチャとドアを開け、オルトは電気の付いていない部屋へ入って行った。
画面の青白い光が照らす部屋の中で青く燃える長髪の彼…イデアは、画面から顔を背けずに一心不乱にキーボードの上で指を滑らせていた。
「あのね、兄さん。今そこにとっても可愛い子がいたんだよ。あの子きっと…」
オルトが言おうとする事を瞬時に理解したイデアは僅かに反応し、画面を見続けた顔を少しだけオルトの方へ向ける。
「…オルト。」
「でもっ…」
「…いいから……僕に構わないで。」
それだけ言うと、オルトに向けられた顔は再度画面へ向けられ、振り返る事はなかった。
オルトは暫くその場に居合わせたが、イデアが何も喋ろうとしないため静かに部屋を出て行った。
「オルト、ごめん…でも…。」
ドアが閉まって少しして、イデアはポツリと呟くように言った。
陰キャで引きこもりがちな自分がどうしてαとして生を受けたのだろう。
周囲はαなんだからもっとそれらしく振る舞え、シュラウド家の恥晒し、そんなαはいないと言う。
αらしくって?自分に何を求めているの?
期待に添えず18年も生きてすみませんでもこれがイデア・シュラウドなのだ。
自分にはオルトさえいてくれればそれでいい。Ωという存在に人生を左右されるくらいなら、これからも一人で…。
オルトの喋り方から推測すると、さっきの子はΩだ。番がいないなら名誉挽回、名乗りをあげたい。
…でも、きっと自分は運命の番ではない。なんとなく、わかる。それに仮に番になったとしても守りきれない自信しかない。
この学園には教員にしろ、生徒にしろ、飢えている奴がたくさんいる。
そんな所に来てしまうなんて…運命の女神に見放されてしまったのか。
ーー…ついてないな…まあ、僕には関係ない。
もう考えるのはやめよう。イデアは気持ちを切り替えるように左耳のイヤーカフを取り外して机の上へ置くと、目の前の画面だけに集中し始めた。
「美しき女王の奮励の精神に基づく寮で、魔法薬学や呪術に優れ独自の美意識を持つ生徒が多く在籍しています。」
夕日が沈む頃にやってきたのはポムフィオーレ寮。
周囲を木々に囲まれ、幻想的にライトアップされた立派な美しい白璧の城がそびえ立っている。
女王が姫に送ったとされる林檎に象られた洋燈には仄かに温かみのある色が灯っていた。
まるで御伽話の世界に来たようで、初めて見る光景に監督生は目を輝かせる。
「素敵、凄く綺麗…!」
「あら、こんな子入学式で見かけたかしら。」
声がした方を見れば、そこにはこの世のものとは思えない、一際美しい顔立ちの生徒が立っていた。女王を彷彿とさせるティアラが輝き、毒を連想させる濃紺の寮服が生徒の持つ美貌を引き出させている。そして、右耳には寮服と同じ濃紺のイヤーカフが嵌められていた。
元の世界でも見たことがない美しい人に監督生は見続ける事が出来ず、目を逸らせた。
「ボンソワール、
「ひぇっ…」
その隣にいた、カナリアゴールドのボブに切れ長の目を持った生徒もかなり美しい顔立ちをしており、目が合っただけで監督生は何故か情けない声を出し、クロウリーの後ろへ身を隠した。
「オーララ。怖がらせてしまったね。そんなつもりはなかったんだ。無礼を働いた私を許しておくれ。」
その様子に彼は…ルーク・ハントは、優しい口調で監督生に話しかける。
「それで、アタシに何か用事?」
「学園の案内ですよ、シェーンハイト君。今日からこの学園に新しい仲間が増えたので。」
「トレビアン!では、輝かしい学園生活を共に送ろうじゃないか!」
「ちょっと、ルーク。その子余計に怖がってるじゃない。…うちの副寮長が迷惑かけたわね。」
やれやれと困った顔をして寮長のヴィル・シェーンハイトがため息を吐いた。
「いえ、大丈夫です。御姉様。」
「……今、なんて?」
思わず出てしまった言葉に監督生は慌てて口を塞いだ。目の前の美しい人ですっかり忘れていたがここは男子校だ。
御姉様、なんて口が滑っても言ってはいけない地雷ワードに決まっている。
ピリッと変わった雰囲気が怒りを示していると思った監督生はなんて謝罪しようか考えていると、両肩をヴィルにガシッと掴まれた。
「今のをもう一度、言いなさい。」
「うっ、…お、姉様…?」
美しい微笑みとは裏腹に、掴んでいる手に宿る力は野獣そのもの。ああ、このまま肩が潰されてしまうのか。
チラリとヴィルを見上げると。
「…いいわ、アンタだけ特別にそう呼ばせてあげる。ちょっと待ってなさい。」
ヴィルはそう言うと、城内へ入っていった。そして数分もしないうちに戻り、手に持っていた紙袋を監督生に差し出した。
受け取れと言うことだろう。おずおずと手を伸ばして監督生はヴィルから紙袋を貰った。
中を確認すると、高級感溢れるパッケージに包装された品が数種類入っていた。
「これは…?」
「このアタシがプロデュースした化粧品よ。アタシを御姉様と呼び慕う事を許すかわりに、しっかり自分磨きをすること。アタシの顔に泥を塗るような生半可な行いは許さないわよ。」
ヴィルの気迫に押され、監督生は頷くしかできなかった。
その後与えられた品々の用法を聞き、次の寮へ向かうため監督生とクロウリーはポムフィオーレ寮を去った。
「いいのかい?何の見返りもなくあれを差し出しても。」
「タダであげるわけないじゃない。対価はきっちりいただくわ。今はまだ未熟で食べられやしない。」
ヴィル・シェーンハイトはマジカメフォロワー数500万人を誇る有名人。この世界にその名前を知らない人はいない。それに、人口で数少ないα性を持っている。
溢れんばかりの美貌を持つヴィルを我がものにしようとするΩは沢山いた。
“ヴィル・シェーンハイト”という外見ばかりを見て、中身を知ろうとしないΩにヴィルは虫唾が走った。
ポムフィオーレ寮に来たΩ… 監督生もその内の一人かと思ったのに。
顔を見ても表情を変えず、一言も自身の名前を言わなかった挙句、御姉様と言われる始末。
自分を知らない人間がこの世に存在していたのかという驚きもあったが、何も知らないからこそ自分好みに育てられそうなΩが自分から来てくれたのは好都合な事だった。
ーー…丁寧に時間をかけて育てるほど美味しくなるっていうでしょ。
育てた林檎はどんな味がするのだろう。甘い林檎が毒とならないように、沢山の愛を注ぐ必要がありそうだ。
「ヴィルが楽しそうで私も嬉しいよ。」
「戻るわよ、ルーク。」
「ウイ!」
美しき女王は愛の狩人を引き連れ、城内へと帰還するのであった。
◇To be continued◇
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