闇に散る華
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
薔薇の甘い香りがする…。
朧げな意識が徐々に戻ってくるのを感じて監督生はゆっくり開眼する。
「ここは…」
気が付くと柔らかいベッドの上に寝かせられて、ご丁寧に肩まで布団が掛けられていた。倒れた部屋とは違うここは、意識を手放した後にリドルに連れて来られた部屋なのだろう。
クロウリーに外出許可を貰った際に釘を打たれて沈んでいたところでリドルに会ってハーツラビュル寮へ訪れた。疑いもせずに出された紅茶を飲んだ直後に突如呼吸苦に襲われ、手足の痺れが出現して、それから…。
感覚を確かめるように手足を動かす。すっかり痺れはなくなり、力もしっかり入るようになっていた。
カーテンの隙間から外を見れば、日が暮れた空は藍色に染まり空には満天の星が瞬いていた。
「(今何時…?)」
時計を探すが部屋にはなくて、正確な時間は分からない。
スマホが入った鞄も何もかも全部教室に置いてきてしまっているため時間を確認する事も、連絡する事も出来なかった。
この時間まで誰も来ないということはいなくなった事に気付かれていないのか。或いは探されている最中なのか。それとも、探す価値もない人間であるからか。
ここがハーツラビュル寮である事は分かるのだが、この部屋の位置がどの辺りなのか気になった監督生はベッドから出て窓へ近付き外を見る。
寮生に充てられた部屋はカーテンが閉まっていてその隙間からは僅かに明かりが漏れ出ている。下を見れば暖色を放つ洋燈が仄かに周囲を照らし、手入れの行き渡った薔薇が咲き乱れるハートの木々が等間隔で並んでいた。
監督生がいる部屋はそれらが十分に見渡す事が出来る所にあった。飛び降りて脱走、なんてとても出来るような高さではない。
「窓がダメなら…」
ほんの僅かな希望を持ってドアに歩み寄り、ドアノブを掴んで押すがびくともしない。引いてみるも、結果は同じだった。
がっちり施錠されたドア。高すぎる位置にある部屋。直ぐに準備するには時間がかかるそれらはリドルが予め計画を企てて準備していたのだろう。
初めからリドルは相談を受けようとは思っておらず、ハーツラビュルに監督生を連れてくるつもりで動いていたのだ。そうとは知らずに監督生はリドルの思惑通りついて来てしまったわけで。
あの時、もっと疑えば良かったのだと後悔してももう遅い。
「ジャミルさん…」
今日はバイトがないため授業が終わった後に一緒に帰る予定だった。他愛の無い話をして、オンボロ寮に到着したらまた明日と言って姿が見えなくなるまで見送るつもりだった。
そんな毎日が続くと思っていたのに、いつも通りの日常が崩れていく…。
会いたい。声が聞きたい。名前を呼ばれたい。
ここから出られないとジャミルに会えないと理解した途端に様々な感情が込み上げてきた。好きだと自覚はしていたが、こんなにも惹かれていたのだと改めて気付かされた。
今頃いなくなった事に気付いて探してくれているのだろうか。早くここから脱出を。そう思い、ドアノブにもう一度手を伸ばした時だった。
カチャ、ガチャと開錠しようとする音が聞こえ、咄嗟に後退った。それと同時に言いようのない恐怖に見舞われ心臓が早鐘を打つ。
扉が開くまでの数秒の間ジリジリと後退りをする。これ程までに開かないで欲しいと祈った事は一度もなかった。
しかしその願いも虚しく扉は開かれ、現れた人物に監督生の体はカタカタと震え、呼吸が短く荒いものへと変化した。
「漸くお目覚めかい?随分と眠っていたようだけど…そうか、あの薬は少し監督生に効きすぎたかな。」
そんな監督生を見て、リドルは口元に手を当ててクスクスと笑う。学園での優等生らしい振る舞いとは全く違う、まるで別人のような態度だ。
近付くリドルから距離を取るため監督生は後ろに下がったが、数歩後退したところで背中に壁が触れた。
もうこれ以上逃げる事が出来ず恐怖はピークを達して監督生の頬に我慢しきれず溢れた涙が一筋流れた。
「へえ、随分と可愛い怯え方をするじゃないか。」
「ひっ…!」
監督生の目の前に来たリドルは不敵な笑みを浮かべ、顎をクイッと持ち上げるとその涙を舌先で掬い取った。
そうされると、ゾワゾワとしたものが爪先から頭頂部まで一気に這い上がる。
短い悲鳴を上げた監督生は体を捩ることでなんとかリドルを振り切り、その身を部屋の隅へ寄せた。
怯える監督生を見下ろすようにしてリドルは言葉を続ける。
「いいかい?ここ、ハーツラビュルではハートの女王の定めたルールを守らなければならない。つまり、寮長であるボクこそがルールであり、法律だ。キミもここに来たからにはハートの女王に…すなわちボクに従うこと。おわかりだね?」
「わ、たしは…好きで来たわけじゃ…」
「…このボクに口答えなんて、いい度胸がおありのようだ。」
リドルの声のトーンが低いものに変わった。いよいよ身の危険を感じた監督生は威嚇するように、キッと睨んだ。
しかしそれは、リドルにとって無意味で可愛らしいものであり、そして加虐心を煽る行動だった。
反抗的なその顔が、絶望に打ちのめされて泣きじゃくる様に変わるのが見たいと思ってしまうほど…。
「キミが眠っている間、ボクは授業を受けに学園に行っていたのだけれど…誰もキミがいない事に気付いてなさそうだったよ。」
「…だ、れも?」
勿論これはでっち上げにすぎないのだが、今の監督生にとっては強烈な一撃であった。
誰も気付いていない?それはないはずと言いたいのに、言葉が出てこない。確かに探されているのなら、ここから見える鏡舎から他寮の生徒が出入りしているのが確認出来るはず。それを見ないという事は…。
何かと気にかけてくれる学園長や、少しずつだが話せる人が増えてきているクラスメイトは…?
「ジャミルはどう思っているのだろうね。」
「……っ!」
「本当にキミを探しているのであれば、彼の事だからとっくにここに来てるはずだ。来ないという事は…」
「そんな、だって…」
あの時、迷惑なんて思ってないと言ってくれたが果たしてそれは本音なのか。憐んで仕方なしで言ってくれたのかもしれない。今まで助けてくれたのもただの気まぐれなのかもしれない。
ジャミルはそんな人ではないと信じたいのに、心のどこかでそう思ってしまう。
自分がいなくなった事で多忙なジャミルの負担が軽減されるのであれば、ここに幽閉されている方が良いのかもしれない。
ジャミルの数々の言葉に救われて初めて自分の居場所を見つけたと、ここにいてもいいのだと思えた。元の世界に帰れなくなってもいいとさえ思っていた。それなのに…。
「私は…」
ーー…この世界でも必要のない人だったのだろうか。
監督生はその場に崩れ落ち、堰を切ったように泣き出す。そんな監督生の傍へリドルはゆっくり近付き、片膝を突いてしゃがみ込んだ。
「誰もが不要に思っているキミを、ボクは必要としている。初めて会った時からずっとキミが欲しかった。だから…」
「リドルさ、…いたっ!」
リドルに手首を掴まれて引っ張り上げられた先は、先程まで寝かせられていたベッドの上だった。
慌てて起き上がろうとしたが既に遅く、覆いかぶさられた事で身動きが取れない状況であった。
「ねえ、監督生。」
ーー…ボクを番として受け入れて。
ぶわっと舞い上がるαのフェロモンに監督生は青褪めた。先日図書室に行った時に見つけた文献に書かれていたのは確か…。
αのフェロモンの放出は二通り。Ωのフェロモンに誘発された時か、Ωを誘惑する時か。今回の場合は後者だった。
「やっ、やめましょう?ね、だって私まだリドルさんの事何も知らないからっ…!」
「そんなの、後からいくらでも教えてあげるよ。」
サラリと監督生の髪を一束取ったリドルはそっとそこに口付けをした。リボン型に結ばれたネクタイを片手でシュル…と解いてそのまま制服のボタンも外していく。
抵抗しなければいけないのに、恐怖とαのフェロモンによって頭の回転が鈍くなり、体が言うことを聞かず力が上手く入らなかった。
リドルのスレートグレーの瞳に捉われ、監督生の体は徐々に熱を帯び始める。
このままでは非常にまずい。回らなくなった頭でも、それだけは理解できた。
耳元で囁かれたセリフ。ベッドの上。目の前のリドルはうっとりした表情で監督生の頬を撫で上げた。
「とびっきり優しくしてあげるよ。…キミが快感に狂う姿はさぞ可愛いのだろうね。」
「(やだ、…ジャミルさんっ…!)」
初めては、ジャミルと。そう思っていた。
少し低くて優しい声音で名前を呼ばれ、愛を囁かれる。優しくて、それでいて快楽に溺れさせるような手つきで体に触れられ、交わるのは心地良くて幸せな気持ちになれるのだろう。
しかし、それは叶わない事だと現実を突き付けられる。
もしもここから出ることが出来たとしても、リドルと関係を持った後ではジャミルに合わせる顔がないし、この事を知られてしまったら今度こそ嫌われるに違いない。
例えそうなったとしても、今後もジャミルが好きな事には変わりはない。
「(嫌われても、想い慕うのは自由でしょう…?)」
ーー…例え体は奪われても…心はジャミルさん、あなただけのものです。
監督生はΩの性に蝕まれながら頭の片隅に残った理性でそう思い、静かに瞼を閉じた。同時に何度流したか分からない涙がこめかみの方へ流れ落ちたのだった。
◇To be continued◇
+