闇に散る華
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足跡が残るほどの柔らかい砂地。振り返れば二人分のそれが残っていた。頭上には青黒い色が広がり、満天の星が瞬いていた。
これがあの夢の続きだと理解したのは、果てしなく広がる砂漠の光景と、周囲の何もない環境に覚えがあったから。
歩き続けても広がる景色に変化は無く、どれ程ここを歩いたのか分からない。
気付かぬ内に同じ所をループしているのか、歩き始めた場所から少しでも進んだのか…。
不安になって俯き手に力を込めると、それが伝わったのか。繋いでいた手をグッと力強く、それでいて安心させるかのように握り返される。
隣を見上げれば、ここまで一緒に歩いた彼と目が合って優しい表情を向けられていた。
たったそれだけなのにとても頼もしい。彼になら全てを任せられると思っていた、その時。
迷いなく歩いていた彼がピタリと立ち止まった。
ふと前を見ると、今まで歩いていた場所は小高い丘になっていたようで、眼下には異様な地形が広がっていた。
鮮やかな新緑に映える真紅と純白の薔薇が美しく咲き誇る巨大な迷路。
黄褐色の岩肌の見える道には、大小様々な巨石や白骨が散らばっている。
深い碧が果てしなく広がる海には、荒々しく押し寄せた波が岩壁に打ち付けられ飛沫を上げていた。
茨が生い茂る道は仄暗く、その上空は黒く分厚い雲が広がり雷鳴が轟いている。
鬱蒼とした森の中心にそびえ立つ巨城は入ったら最後逃れられないだろう。
先が見えない程の暗闇、濃霧が広がる道には頼りない青白い炎が僅かに灯っていた。
進む道はそこに続いており、避けて通るのはとても困難だと思われた。
正直、行きたくないし怖い。出来るのであれば今すぐにでも引き返したい。
広がる光景がとても恐ろしく感じ、足が竦んで動けない。
そこを通らなければいけないのだろうか。
答えを求めるように隣の彼を見上げると、切れ長の目と視線が絡まった。
ーー…心配するな。君は、俺が必ず守る。
砂漠の丘を下り、険しい道を二人で歩み始めた…。
スカラビア寮に到着した頃に監督生は覚醒し、ゆっくり瞼を開ける。
また不思議な夢を見たが、それが何を意味しているのかまでは分からなかった。
「……?」
歩いていないのに流れるように変わる景色を見て、ジャミルに抱かれたままだと気付くのはそう時間はかからなかった。
見上げれば、目の前にはジャミルの顔。
改めて見ると、眉目秀麗とは彼のためにある言葉だと思う程整った顔立ちをしている。きっちり纏められた長髪に装飾された鈴の音が時々小さく音を立てるのが心地よく聞こえる。
「ジャミル、さん…」
「…起こしたか。よく寝てたからなるべく揺らさないようにしていたが…」
今まで寝ていたため、ジャミルの抱え方には何の問題はなかった。ただ、目が覚めただけ。
はっきりしない意識の中でここに至るまでの経緯を少しずつ思い返し、完全に覚醒した頃には全てを思い出して、さあっと青ざめた。
「あの…迷惑ばかりかけてすみません。」
監督生からの突然の言葉に、ジャミルは何か謝られるような事でもしたのだろうかと今までの事を思い返したが、見当もつかない。
「監督生の言う“迷惑”とは?」
「…私の事で、色々巻き込んでしまっているから…」
異世界に来てから訳も分からないままに昂った熱を鎮めて介抱してくれた事。寝所を貸してくれた事。暴漢から守ってくれた事…。
全てジャミルがいなかったら今頃、無理矢理にでも誰かの所有物となっていたり、異世界人でΩのため人身売買されていた可能性だって十分にあった。
助けてくれた事には感謝しかないのだが、この世界に召喚されなかったらジャミルは普段通りの生活が送れたはずだと考えると心が痛くなる。
枷になるくらいなら、突き放してくれた方がまだマシだとさえ思った。
それを伝えると、ジャミルからフッと笑いが溢れた。
「なんだ、そんな事か。別に迷惑だなんて思ったことはないし、当然の事をしてるだけさ。」
「え…」
「寧ろ、監督生には感謝してるよ。」
命令ではなく、初めて自分の意思で誰かを守りたいと思える気持ちに気付かせてくれた。
それだけではない。監督生を見ると荒んでいた心にほのかな暖かさが宿るようになった。それはきっと、監督生に出会わなかったら一生そんな気持ちを持たずに過ごすことになっていただろう。
いつか帰ってしまう監督生に言うつもりは無いため、心の中に秘めておく。
「それって…?」
「もうこの話は終わりだ。」
入った部屋の中で下ろされ、監督生は見覚えのある光景にホッと胸を撫で下ろした。自分の寮以外で安心できる場所がジャミルの部屋だった。
暫く来る事はないと思っていたのに、まさかこうも早くお邪魔するなんて思いもしなかった。
机の棚には分厚い本が何冊もあり、彼の国の言葉なのか、見たことのない文字でタイトルが書かれてある。ラジカセで聴いているのはどんな曲なのだろうか。
ブレザーを抱えたまま興味深そうに部屋の中を見て歩く監督生を止めず、ジャミルはクローゼットを開けて中を探る。
「監督生、こっちに来てくれ。」
名前を呼ばれて監督生はジャミルへ近付くと、ハンガーにかかったワイシャツを体に当てられた。
しかし、納得出来なかったのか少し眉を寄せて違う物が当てられる。
「あの…?」
「今着てる物は破けてるからもう使えないだろ。学園長に言えば支給してもらえるだろうが、それまで代わりの物を…、これもダメか。」
どうやらブラウスの代わりの物を探しているらしい。ただ、ジャミルと監督生の背はかなり差があるし異性であり体格も違うため、まず合う事はない。
「でも、ジャミルさんの着る物が無くなってしまいますよ?」
「俺は普段から私服を着てる事が多いし、これを着る事は滅多にない。…俺のじゃ大きすぎるな。カリムか他の寮生の物を見てくるから…」
そう言ってジャミルは部屋から出ようと監督生に背を向けたが、袖を引っ張られた事で立ち止まった。
振り返ると、監督生が袖を掴んで何か言いたそうに見上げていた。
「…一人が不安なら…」
「服が大きくても、ジャミルさんのじゃないと嫌…です!」
その言葉にジャミルの思考はフリーズしたが、監督生の頬が赤くなっているのを見て聞き間違いではないと理解すると、つられて頬に熱を感じてそれを見られないように慌てて顔を背けた。
こんな時、どう対応すれば正解なのか分からない。カリムならきっと、『可愛いヤツだな〜!』なんて言うのだろうが自分じゃとても言えない。
NRCに入学する前は、熱砂の国での公務中や宴の席での令嬢からの褒め言葉やそういった言葉もサラッと受け流す事が出来たのに、監督生相手だとどうも調子が狂う。
「…ダメ、ですか?」
ジャミルからの返答が無く不安になり、思った以上の震えた小さい声は果たして聞こえたのだろうか。
「ジャミルさん…?」
「分かったから、そんなにジロジロ見るな。」
グッと目深にフードをかぶったジャミルは、ぶっきらぼうに言いながら監督生の横を通り過ぎ、クローゼットへ向かった。
その顔が赤くなっていたのは、きっと見間違いではないだろう。ドキドキと鳴る心臓の鼓動がやけに煩く感じた。
「取り敢えずこれを着てくれ。…そろそろ目のやり場に困る。」
半裸状態でうろつかれるのは正直色んな意味でヤバい。ジャミルだって健全な17歳の男子高校生である。
他の生徒達と比較して、熱砂の国での宴の席で踊り子が着る露出の高い服のおかげで女性の肌に対しての耐性はあるが、それが“ 監督生の肌”となれば話は別である。
監督生は受け取ったパーカーを見て本当に着てもいいのか迷ったが、渡してくれた物を突き返すわけにもいかず袖を通した。
身を纏うジャミルの匂いは、まるで彼の腕の中にいるようでそれが嬉しくて思わず顔がにやけそうになった。
「これで暫くは大丈夫だろ。学園長に頼んでおくのを忘れるなよ。」
ワイシャツが入った紙袋を手渡され監督生は大切そうに抱え込む。
元の世界にはきっとこんなに面倒見が良くて優しい人はいない。少なくとも、過ごしてきた環境の中ではジャミルのような人はいなかった。
「はい。…あの、もう一つ我が儘言ってもいいですか?」
カリムや他の生徒に言われれば嫌味の一つでも言ってやるところだが、監督生の言う“迷惑”や“我が儘”なんてたかが知れてるし、寧ろ監督生だから聞きたいと思ってしまう。
「なんだ、言ってみろ。」
「えっと、少しの間だけ…この服、借りてもいいですか?」
“この服”と言ったのは、今監督生が着ている物だった。服自体は何着もあるから持っていかれて困る事はないし、なんとなく監督生が何を思っているのか分かった。
「監督生が安心できるなら構わないが…そんな物でいいのか?」
「はい、これがいいです。…ありがとうございます。」
そんな物で満足するなんて不思議だが、少しでも安心感を与えられたのなら、監督生の役に立てたのならそれで良いとジャミルは思った。
監督生が嬉しそうな顔を浮かべると、胸がキュッと締め付けられる。
思わず出かかった言葉を飲み込み、拳を握り締めた。湧き上がる
カリムならきっと何の考えもなしに言うのだろうと思えば、嫌いな筈の彼が少し羨ましく感じる。
「……俺だって…」
「えっ?」
「あ、いや…何でもない。それより、今日みたいな事がまた起こるかもしれないから暫く一人で帰るのは避けた方がいいだろうな。」
「そうですね…。でも、一緒に帰ってくれるような人はまだいませんし…。」
この世界に来てから友達と呼べるような人はいないし、他人をそんな事情で巻き込むのは非常に申し訳ないと思う。
だから、やっぱり一人で帰るという選択肢しか頭に浮かばなかった。
「一人、いるだろ。」
「え?」
「俺じゃダメか?」
確かに、ジャミルが一緒に帰ってくれるのはかなり心強い。連絡先も知っている。
ただ、学年も終業時間も違うから待たせる事になる可能性もある。
「ダメじゃない、ですけど…待ってもらうのは申し訳ないです。」
「終わった時間で連絡をくれればいい。それに、待つのは嫌いじゃない。」
昔から従者として主人や宴の席にやってくる来賓を迎えるために待つ事が当たり前の世界だった。そのため、待つのは苦にならない。
監督生を待つ間に調べ物をしたり、復習したりといくらでも時間を潰すことが出来る。相手が監督生だから待てるというのもあったし、少しでも監督生の傍にいたかった。
「ジャミルさんがいいのなら…」
監督生の返答に、ジャミルは頷いた。
「じゃあ、早速だが寮まで案内してくれると助かる。(今後の為に知っておいた方がいい事もありそうだし…)」
「はい、すみませんがお願いします。」
道順もだが、オンボロ寮へ続く道が安全なものかも見ておきたいし、監督生を狙う者が身を隠せる場所があるのなら排除する事も必要だとさえ考えていた。
物騒だと思われるが、カリムに仕えている身としては人一倍そういう事に敏感であった。
ジャミルは監督生に付いて行きながら、これからの事をカリムへどう説明するか考えていたのだった。
一方、その頃。
とある寮の一室に不穏な空気が漂っていた。
ーー…全ては、監督生を手に入れるため…
その生徒は手にした物を見て不敵な笑みを浮かべた。
◇To be continued◇
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