闇に散る華
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アズールの読み通り監督生のバイト初日はどうやって噂が広まったのか、モストロ・ラウンジには大勢の生徒が押し寄せ、その日は大盛況に終わった。
閉店した店内は、寮生達が後片付けをしている最中だった。
監督生はテーブルの上のグラスを片付けながら疲労による溜め息を吐いた。
「疲れた…」
「小エビちゃん、お疲れ〜。」
「フロイドさん…、凄い人の数でしたね。いつもこんな感じですか?」
「いつもはもう少し落ち着いています。今日は新規の方も多くいらしていたので、恐らく監督生さん目当てかと。」
確かに、異世界人が働いているなんて聞いたら誰だって一目見てみたいと思うだろう。
興味本位でだろうが、働いている時に複数人から声をかけられた。
会話程度なら対応できたが、必要以上に絡まれた際には傍にいたジェイドやフロイドが言葉通り守ってくれたため、安心して仕事をこなす事が出来た。
そういうのに興味がある人は触ってみたいと思うのかもしれない。とにかく、こういうのも数日経てば落ち着くだろうと考えた。
「監督生さん、大方片付いているので今日はもうあがって下さい。」
「え、ですが…」
「また雑魚どもに付き纏われて困るのは小エビちゃんだよ。後はオレ達がやっとくし。」
「まだこの世界に来たばかりでお疲れでしょう。仕事内容を覚えるのは少しずつで構いませんから。」
「……お気遣いありがとうございます。では、次もよろしくお願いします。」
監督生は頭を下げてからその場を立ち去った。
その姿を見送ってからフロイドは盛大に溜め息を吐いた。
「おや。どうかされましたか、フロイド。」
「あ゛〜〜、もうあいつら下心丸出しで超うざかったぁ。こんなのがずっと続くわけ?」
帽子を取ってソファーにどっかり座ったフロイドは不満そうに言ってジェイドを見上げた。
「いつまで続くかは見当がつきませんが…。今日は下品な方の相手もしながらでしたから、いつも以上に寮生達も疲労している様子で…」
「あいつらの事はどーでもいいけど、オレは小エビちゃんが心配。…あんなのがずっと続いたら可哀想じゃん。」
フロイドが見た光景…。
監督生に言い寄っていたのはαだけではない。βである生徒達も監督生を見る目は厭らしいものであった。
声をかけるだけならまだしも、タチの悪い奴はさり気なくボディタッチもしていて見ているこっちが不快になるくらいの絡みをしていた時もあった。今日だけで何回絞め上げた事か。
「そうですね。あの容姿で番のいないΩであれば、彼らの格好の獲物となってもおかしくありません。」
αがΩの気を引くために手を出すのは何度も見てきたが、βもとなると話は別だ。
あのΩは…監督生は恐らくαだけでなくβをも狂わせる特異体質なのでは、とジェイドは考える。
より優秀な子孫を残すために、βもその対象とみなす魔性のΩではないか、と。
監督生は男慣れしておらず、計算して動けるような人ではない事をジェイドは初見から分かっていた。つまり、無意識の内に惹き寄せてしまっている。
そんな監督生が発情期を迎えれば、いったいどうなってしまうのか…。
魔法も使えず力もない監督生は、恐らく複数人から一方的に襲われてしまう可能性はかなり高い。
「…早く監督生さんを守れるαに出会えれば良いのですが…」
Ωの番がβの場合、それを妬むαに強制的に取られてしまう場合があり、望まない関係となったΩにとって強いストレスがかかってしまう。そうなれば、繁殖に特化したΩであっても子孫を残せない体となる場合もある。
力の弱いαでも同じ現象が起こるため、監督生のようなΩと番になるにはαの中でも力を持った優秀な人物が望ましい。
番関係になるまで今日のような事や最悪の事態になる事は避けられないだろう。
「(オレがαだったらなぁ…)」
「(もしも僕がαなら…)」
ーー…こんな状況から救う事が出来たのに…。
ジェイドとフロイドもまた、出会ったばかりの監督生という存在に無意識のうちに惹かれてしまっていた。
憂いを帯びたオッドアイが互いの瞳を捉えた瞬間、フッと笑いが溢れた。その笑みには彼らにしか分からない感情が含まれていた。
「ねぇ、ジェイド。」
「ええ。僕達が思っている事は恐らく一緒ですよ、フロイド。」
「あはっ、やっぱりオレ達そういうところも似るんだなぁ。」
「ふふふ。…さて、そろそろ僕たちもやらなければ夜中になってしまいます。」
叶わない想いを胸に秘め、ジェイドとフロイドは片付けに取り掛かるのであった。
*
その頃、監督生はオクタヴィネル寮を出てオンボロ寮へ向けて、仄かな暖色を放っている灯を頼りに薄暗い廊下を歩いていた。
夜の学校は生徒は殆どおらず、昼間の騒々しさと違い物静かであった。
「(帰ってお風呂に入って授業の復習をして…あ、ヴィル御姉様から貰った化粧品も気になる…。)」
寝るまでの事を思い描きながら廊下を曲がった。そこで、事件は起こった。
「ってぇ…」
「…っ、すみません…!」
曲がった先で誰かと接触し、監督生はよろけて壁にぶつかった。故意に相手と接触した訳ではないが咄嗟に謝罪の言葉が出てきたのがまずかった。
「ちゃんと前見ろ、って…お前モストロ・ラウンジにいた新入りだな?」
「あ、ほんとだ。」
その声に覚えがあり、暗がりの中相手の顔を見れば仕事中に絡んできた複数の生徒の内の一人だった。
そう思った瞬間に嫌な予感がして監督生は後退りをしたのだが、相手はジリジリと近付いてくる。
相手は二人。ここからオクタヴィネル寮まではそう遠くないが、逃げ切れるかどうか。
ジリッ、ともう一歩後退りをした時に背中越しに触れたものに驚いて振り返ると、更にもう一人背後に生徒がいた。この生徒もまた監督生に声をかけた内の一人であった。
「相手は前だけじゃないんだぜ。後ろもちゃんと見なきゃなぁ?」
「オレに謝ったって事は自分が悪かったと認めてるって事だよな?…じゃあ、その責任もとらなきゃ。おい、そいつを押さえろ。」
くつくつと笑う目の前の人に、監督生は青ざめる。
相手は自分より大きな男性で、どう足掻いても敵うはずがなかった。
壁に体を押さえ付けられた事で逃げ出せなくなり、いよいよ最悪な事態を招く事になるのではと心臓が早鐘を打つ。
「やっ、やだっ!やめて下さい!」
「大丈夫だって、直ぐに悦くなるからさ…」
頭から爪先まで見る視線は、まるで娼婦を品定めするかのよう。男の目はギラついていて、監督生は恐怖でカタカタと震え呼吸が荒くなる。
どうしてこんな目に合わなきゃならないのか。何も悪い事はしていないのに…。
ビリッと無理矢理ブラウスが破かれた事によってボタンが飛び散る。
「あ?何でサラシなんか着けてやがんだよ、邪魔だな。」
グッとサラシを掴まれ、引き剥がすため力を込められる。
それを取られたら女だということが他人にバレてしまうため、何とか逃げようと体を捩るが当たり前にびくともしない。
「やっ、お願い取らないで…!やだぁ!」
「チッ、うるせえな。黙れっ!」
声を上げた事でバシッと頬を叩かれてしまい、監督生はショックで放心状態となってしまった。
二人がかりで押さえ込まれているためもう逃げられないと悟り、こんな場所で見ず知らずの人達に犯されるのだと理解した。
諦めて身を差し出すしか選択肢がない監督生は、瞳に何も映したくなくて瞼を閉じると、一筋の涙が頬を流れ落ちた。
生徒は大人しくなった監督生の体に触れ、サラシを強引に剥がした。
「見ろよ、こいつ女だ!」
「女なんて久しぶりだ…おい、ヤっちまおうぜ。」
現れた柔らかな双丘に興奮した声が上がり、躊躇なくそれを触られる。
気持ち悪い、吐き気がする手の動き。もう体は諦めても、心の中は嫌で嫌で仕方なかった。
暴かれるのであれば、あの人が良かった…。
「……ジャミル、さん…」
脳裏に浮かんだ人の名前を震える声で振り絞るように呟けば、体を撫で回していた男の手が止まった。
「は?ジャミルって…、っ!」
その名前を生徒が聞き返したその時だった。ドサ、ドサッと立て続けに重い音が聞こえた。
その音に気付いた監督生が瞼をそっと開けると、壁に照らされていた影が二つ床に倒れていた。
それが先程まで自分を取り押さえていた生徒の物だと分かり、恐る恐る目の前の生徒を見上げると、今度は体を撫でていた目の前の生徒が青ざめていた。
目を凝らして見ると、その生徒の首筋には暗器が少しでも動けば頸動脈を掻き切るように当てられていた。
「ひっ…!」
「…情けない声だな。さっきまでの威勢はどこへ行ったのやら。」
ギラリと黒曜石の瞳が鋭い光を放つ。その声は血も凍りそうな程冷たく、相手を震え上がらせるには十分であった。
恐怖から解放された監督生は腰が抜けてズルズルと壁を伝い、ペタリと座り込んだ。
目の前の光景は恐ろしいものであったが、窮地を救ってくれた人物を見て視界がじわりと再び潤んでくる。
「スカラビアの副寮長がなんでこんな所に…!」
「それに答えるつもりは一切ない。」
グッと首に当てがった暗器に力を入れると、鋭い刃によって皮膚が裂け、ツ…と血液が流れ落ちた。
「悪かった、オレが悪かったよ!だから殺さないでくれ…」
「ひっ!」
「うわっ…!」
床に倒れていた生徒は起き上がり、この光景を見て短く悲鳴を上げた。
生徒に暗器を突き付けているのは、あのスカラビア副寮長だと分かると恐怖で震えた。
主人のカリムを守るためと言えど、過去に何人も殺めていると噂されている。ジャミルが助けにきたと言うことは…。
自分たちはどうしてこのΩに手を出してしまったのだろうかと後悔しても既に遅い。
ジャミルが生徒の首から暗器を離して仕舞い込むと、その生徒は腰を抜かしながらも這いつくばるようにして監督生の近くにいた他の生徒の元へ逃げた。
そんな生徒たちをジャミルは無表情で見下ろす。
「お前達の行動は俺の故郷では例え未遂であったとしても抹殺の対象となる。…三人纏めて仲良くここで消されるか、二度と監督生に近付かないと約束するか…同じ学園の生徒として特別に選ばせてやろう。」
「に、二度と近付かない事を約束しますっ!なので、命だけは…!」
「死にたくない、やめてくれ…」
即答した生徒に続いて、他の二人も必死に頷く。そんな恐ろしい目にはあいたくない。
「勘違いするな、誰も殺すとは言ってない。…まあ、その方が楽かもな。」
命乞いする生徒に対してジャミルは目を閉じ、呆れた顔をして吐き捨てるように言う。
ーー…死にたくない、ね。なら…
一度閉じた瞼を開けて三人を改めて見下ろした。そして、口を開ける。
「ーー…殺されるのは怖いだろう。俺だって出来れば手を下すなんて事はしたくないんだ。…だから、お互いの為にも今ここで起こった事は全て忘れてくれるよな?」
「…はい。」
「またこんな事をした時には…そうだな、言葉通り消えてもらうとするか。分かったならここから去れ。」
「…仰せのままに。」
三人は立ち上がるとフラフラした足取りでその場を立ち去る。その姿はまるで操り人形のようだった。生徒がいなくなった事で辺りは静けさを取り戻した。
ジャミルは着ていたブレザーを脱いで、俯いてうずくまる監督生に近寄り体にそっと掛けて正面に蹲み込んだ。
「監督生…。」
名前を呼んで肩に触れると、余程怖かったのだろう。ビクッと震え小さい体を更に小さくした。
そのままゆっくり背中をさすると監督生は顔を上げ、今にも溢れ落ちそうな涙が目に溜まっていた。
「もう大丈夫だから…」
「ジャミル、さっ…、うわぁぁあんっ!」
監督生はジャミルに縋るように抱き付き、声を上げて泣き出した。
そんな監督生をジャミルは受け止め、背中に腕を回して落ち着かせるように優しく抱き締めた。
「っひ、…ぅう〜〜…こわ、かったぁ…」
モストロ・ラウンジでの件に続き、見知らぬ生徒からも暴行を受け、今日は助けてくれる人が偶然傍にいたから良かったが、今回のような事は再々無いだろう。
突然異世界に飛ばされて、たまたま自分の性がΩだった為にこんな酷い目に合う自分の運命を呪いたくなる。
元の世界に帰るまで、今日のような事が何度繰り返されるだろう。いたぶられ、怯えながら過ごす日々が続くのであれば、いっそ一思いに…。
「ーー…っジャミルさん、私を…」
「ダメだ。それが君の願いだとしても叶えてやる事は出来ないし、それを他の奴に頼む事も絶対に許さない。」
監督生の考えはジャミルには全て分かっていた。
いずれは元の世界へ帰すつもりであるが、ジャミルにとってはやっと見つけた運命の人だ。命を絶つ手伝いなんてやりたくないに決まっている。
「どうして…私には、それしか…」
「辛い思いをしているのは分かってる。…それでも俺は監督生には生きる希望を捨てずに幸せになって欲しいと思ってる。」
泣きじゃくる監督生の目をしっかり見つめてジャミルは想いを伝える。
今監督生を支える事が出来るのは、守る事が出来るのは、ジャミルしかいなかった。
「これを、君に…。付けてないよりか効果はあるはずだ。」
ジャミルは金の髪飾りを取り外し、監督生のサイドの髪を一束掬い上げると魔法で細い三つ編みにした後でその髪飾りを装着した。
その髪飾りはジャミルしか付けていない物であるため、一目で誰の番候補か分かるだろう。
相手を牽制する意味でも一番目に付く顔の近くへ付けた装飾品を見て、ジャミルは満足げな表情を浮かべた。
「うん、よく似合ってる。…さて、そんな格好をいつまでもさせるわけにはいかないし、そろそろ行こう。」
「わっ…!」
はだけた胸元が見えないようにブレザーを掛け直し、ジャミルは監督生を軽々と抱き上げて姫抱きにする。
突然の体勢に監督生は一瞬何が起こったのか理解出来なかったが、ジャミルの顔が近くなった事に赤面し、漸くこの状況を飲み込んだ。
「あっ、歩けますから…!」
「前を隠すには丁度いいだろ。誰かに会っても足を捻ったとでも言えばいい。…君の部屋に行く前に一旦スカラビアに寄らせてもらっても?」
「あ…、はい。」
監督生の返事を聞いて、ジャミルは鏡舎へと向かう。
監督生は衣類越しの温もりに緊張して心臓の鼓動が早くなるのを感じた。それが伝わってしまわないように身を固くして、皺になってしまうかもしれないと思いながらも掛けてくれたブレザーを胸元でキュッと握り締めた。
それでもジャミルの匂いに包まれるのが心地良くて、肩口に顔を寄せて瞼をそっと閉じた。
先程まで恐怖を感じて死にたいと思っていたのが嘘のように感じる。瞼を閉じると一気に眠気が襲って来てウトウトするが、その前にジャミルに伝えたい事があったのを思い出し、睡魔に支配されそうになりながらも声を絞り出す。
「……助けて下さって…ありがとうございます、ジャミルさん。」
ポツリと呟くように言われた言葉にジャミルは直ぐには返事をせずにチラリと監督生を見て、再び視線を前に戻した。
「当然だ。君は俺のーー…」
その続きは何と言ったのか聞き返す事が出来ずに、監督生は意識を夢の中へと手放した。
◇To be continued◇
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