闇に散る華
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「わあ…やっぱり素敵…」
放課後、監督生はオクタヴィネル寮へ訪れ寮入り口で待機していたジェイドの案内でモストロ・ラウンジに向かっていた。
昨日見たばかりであるが、人工的ではなく自然の海だからこその美しさに監督生は目を奪われた。
海中トンネルの外のサンゴ礁には大小様々な魚が群がっている。その少し向こうには大型の海洋生物達が優雅に泳いでいた。
上を見れば太陽の光が海面に反射し、揺らめく波によりキラキラ輝いて幻想的であった。
元の世界でも監督生の知る限りではこんな所はないだろう。
監督生はトンネルの壁まで寄ってその美しい光景に見惚れていた。
そんな監督生の様子を、ジェイドは珍しい物でも見るかのように興味深そうに見ていた。
今までこの寮に訪れた生徒はたくさんいるが、監督生のようにここまで興味を持って海の中を見ていた生徒はかつていただろうか。
NRCに入学して二年になるが、そんな生徒は知る限りいないと思う。
ジェイド自身も海の出であり、見慣れた光景でもあるため特別な感情を持って眺めた事はない。
「とても綺麗…、あ…すみません…。」
その視線に気付いた監督生は気まずそうに壁から離れた。
「おや、もっとご覧いただいても構いませんのに。」
「いえ、でも…」
「監督生さんのように純粋な心でこの海を見る生徒はそういません。まだ開店まで時間はありますから、興味があるのならどうぞ。」
「…、ありがとうございます。」
ジェイドに促され、監督生は再び海中に目を向けた。
スカラビア寮で見た空中からの光景も幻想的であったが、この景色もなかなかのものである。
この世界にいる限り、オクタヴィネル寮に訪れる度にこの海を見る事が出来るのは、元の世界では体験できないためかなり貴重なものではないだろうかと思ってしまう。
バイトが終わって帰る頃には日は沈み、夜の海は月光が照らす事で印象が変わり神秘的な光景になるに違いない。
「…ジェイドさん、ありがとうございました。とても満足できました。」
「それは良かったです。では、行きましょうか。」
モストロ・ラウンジに向けて歩き出しながら、監督生は再び海に目を向けた。
ーー…いつか、ジャミルさんと一緒に…でも…。
思い描くのは、ジャミルの隣にいる自分。しかし、それは理想でしかない。
監督生は本来この世界に存在しない。いつか元の世界へ帰る身であるため、この世界の人と一緒になってはいけない。即ち、特別な人を作ってはいけない。仮にそんな人がいても想いを告げてはいけない。
そう分かっていても、出会ったばかりのジャミルの事を思うだけで胸がモヤモヤしてしまう。
元の世界にいた時には好きな人はおらず、そういった感情を持った事がなかったため、監督生自身恋愛というものに無関心であった。
想いを告げられた事も数回あったが、その理由のため恋人が出来た事もない。
ジャミルの事が頭から離れないのは昨夜の関わりがきっかけかもしれないが、きっと理由はそれだけではない。
朝、教室から外を眺めた時に見つけたジャミルと目が合った時に感じた胸の高鳴りと顔の火照り。恐らくこれは今思えば幸せや嬉しい…という感情になるだろう。
ジャミルが他の人と一緒にいる事を想像すると胸がズキズキする。
「(ひょっとして、これが…?)」
心に芽生えた感情の正体は、この先も無関係だと思っていたものかもしれない。後で自分なりに調べてみようと監督生は思うのであった。
「監督生さんを連れてきました。」
「お待ちしてましたよ、監督生さん。」
モストロ・ラウンジに到着すると、待機していたアズールがカウンターチェアから立ち上がり監督生に歩み寄る。
「アズールさん、今日からお世話になります。よろしくお願いします。」
「こちらこそお願いします。さあ、どうぞこちらへ。」
アズールはニッコリ微笑むと、監督生の腰へ手を添えて奥の部屋へと誘導する。
その様子を見送ったジェイドと、ソファーに横になっていたフロイドは起き上がり、お互いに顔を合わせるとニヤリと口角を歪ませた。
「アズールったら張り切っちゃって。今まで自分で案内する事なんて一回もなかったじゃん。」
「余程監督生さんを気に入っているのでしょう。…“Ωだから”というのもあるでしょうけれど。」
「小エビちゃん、喰われなきゃいいけどねぇ…?」
クスクスと不穏な笑みを浮かべる双子の事など露知らず、監督生はアズールとスタッフルームへ入っていった。
部屋に入ると、ハンガーラックにかけられたオクタヴィネル寮の制服がサイズごとに並べられ、フィッティングルームまで備え付けられていた。
監督生は部屋の中ほどまで入り、制服を見渡す。
「こんなにたくさん…凄いですね。」
「ええ。様々な体格の生徒がいますから、サイズは豊富に取り揃えています。監督生さんに合うのは…こちらなんていかがでしょうか。」
アズールはハンガーラックから制服を取って監督生の体へ合わせる。…流石といったところか、見た感じではぴったり合ってそうだ。スラックスも脚の長さまで丁度良さそうである。
監督生はアズールから制服を受け取り、自分でも体に合わせてみせた。
「良さそう、ですね。…あっちで着替えてきます。」
そう言って監督生はフィッティングルームへ近付き、ふと違和感を感じた。何かがおかしい。
見た感じではごく一般的な個室タイプのそれは、高さや広さは申し分ない。壁も厚みがあり多少もたれても倒れることはなさそうだが…
少しして、あるはずの部分がない事に気付いた。
「…あの、…これって…」
「ああ、そういえば。」
そんな監督生を見て、思い出したようにアズールが声を出した。
「実はそれ、ドアが壊れてしまって外してあるんです。修理に出そうと思っていたのですが、僕とした事が…すっかり忘れていました。」
「え…えっと…」
監督生は部屋を見渡すが、フィッティングルーム以外に着替えが出来そうな場所はない。
つまり…。
嫌な予感がして、ドクドクと心臓が早鐘を打つ。アズールに背を向けたままのため、今彼がどのような表情を浮かべているのか分からない。
「あの…アズールさん。着替えたい、ので…」
「この寮服、だいぶ着替えにくいんですよ。僕も始めは苦労しました。」
コツ、コツ…と靴音を鳴らしてゆっくり近付くアズールに、何故か得体の知れない恐怖を覚える。
何もされる訳がないと思っているのだが、そう言えばさっき挨拶した時に見えたイヤーカフが何を意味しているのかを思い出し、自分の性も同時に思い返した。
それに加えて、絶対他人には漏らしてはいけない秘密も抱えているのだ。
「よろしければ、着替えを手伝って差し上げましょうか。」
「ひっ…」
すっ、と後ろから伸ばされた手に胸元のボタンを外され、現れた肌をするりと撫でられると鳥肌が立った。
同時に耳元で聞こえた声に情けない声が漏れてしまい、慌てて口を塞いだ。体をよじって何とかアズールと距離を取ると、胸元の開いたブラウスを片手で手繰り寄せた。体が勝手に震えだす。
それに気付いたアズールはスッと口角を吊り上げる。
「こんなに震えてかわいそうに…。ご安心を、悪いようにはしません。」
なんとかしようと必死に思考を巡らすが、恐怖が勝って上手く頭が回らない。
自分を知る人はまだ数少ない。まず助けに来てくれる人はいないだろう。
魔法も使えない、力もない。
何も出来ない非力さを痛感して、じわりと目尻に涙が浮かんだ…その時だった。
ーー…ゴッ、ドゴッ!…バァンッ!
「なっ…、鍵はしめたはず…!」
扉は勢いよく大きく開かれ、ドアノブが壁にぶつかった拍子に僅かにヒビが入った。
そこへ遠慮なしに入ってきたのは…。
「ねぇ、まだかかるわけ?」
「すみません、アズール。一応止めたのですが…」
待たされた事により機嫌が悪くなったフロイドと、苦笑いを浮かべるジェイドであった。
フロイドは頭をガシガシと掻きながら悪びれもなく部屋に入ってくる。
「もう待つの飽きたぁ…って、えっ!?小エビちゃん泣いてんの?」
低い声で言ったフロイドであったが、監督生を見ると途端に驚いた声を上げた。
監督生の泣き顔、少しはだけた胸元を見たジェイドは瞬時に状況を把握し、溜め息を吐いた。
「アズール、あなたって人は…。監督生さん、こちらへ。部屋を移動しましょう。」
監督生は小走りでジェイドの傍に駆け寄り、その後ジェイドに連れられて部屋から出て行った。
それをギリっと奥歯を噛み、アズールはフロイドを睨むように見やる。
「お前たち、どうして僕の邪魔をしたんだ…!」
「はあ?だから、さっきも言ったじゃん。なんか今日のアズールおかしいって。」
「……っ、…僕としたことがまさか、Ωのフェロモンにやられたのか…?」
「ん〜…オレにはよくわかんねえ…」
監督生と二人きりになった瞬間に感じた甘い匂い。それは恐らくチョーカーをしても僅かに漏れていたΩ特有のフェロモンだろう。
ジェイドとフロイドが来なかったらきっと、自制が利かず監督生に襲い掛かっていたかもしれないと考えるとゾッとした。
上質なΩ程僅かなフェロモンだけでαを狂わせると聞いた事がある。
「どーすんの、小エビちゃん来なくなったらアズールのせいだからね。後で小エビちゃんに謝りなよ。それに、口説くんならもっと余裕ある行動すればいいじゃん。オレが小エビちゃんの立場ならガツガツ来られるの絶対嫌だもん。」
「……まさかフロイドに教わるとは…。僕もまだまだですね。」
この先監督生と関わる事が多くなるため、今回のような事が起きないように対策を立てる必要があると感じたアズールであった。
一方、その頃。
制服へ更衣した後、再びモストロ・ラウンジへ戻った監督生とジェイドはソファーへ向かい合って座っていた。
「申し訳ありませんでした、監督生さん。アズールがあんな事をするなんて…」
「いえ、大丈夫です。…少し、驚いただけですから。」
そう言った監督生であったが、さっきの出来事を思い返して膝の上で両手を握り締めた。
今回は二人が来てくれたから助かったが、次はどうなる事か。αと二人きりになる事だけは避けなければいけないと感じた。
「ありがとうございました。その…助けて下さって。」
「僕は何もしていませんよ。偶然フロイドの機嫌が悪くなって部屋に入ったまでです。フロイドがいなければ今頃あなたはアズールに…っと、すみません。」
名前を出すだけで体を強張らせた監督生を見たジェイドは、それ以上は言わずに口を閉ざした。
これは暫くアズールに余程の事がない限りは顔を出さないように言った方が良さそうだと考えた。
「監督生さんが快適に働けるいい案を考えます。それと…僕とフロイドはβですから、監督生さんを襲うような事はしません。監督生さんがここにいる間は僕達があなたの事を守ります。」
ニッコリ微笑んだジェイドに、監督生はホッと胸を撫で下ろした。オクタヴィネル寮にいる間、双子が傍にいてくれるのはかなり心強い。
「…さて、そろそろ開店準備をしましょう。監督生さん、頑張りましょうね。」
「はい、お願いします。」
監督生は気持ちを切り替えて立ち上がると、ジェイドと一緒に開店準備に取り掛かるのであった。
◇To be continued◇
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