闇に散る華
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「本当にいいのか?」
「はい、これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいかないので。またどこかでお会いしましょう。」
話しているうちにあっという間に時間は過ぎて、気付けばジャミルはカリムを起こす時間帯となった。
よければ一緒に朝食をと監督生を誘ったが、監督生はそれを断った。
昨日はあのままスカラビア寮へ泊まってしまったし、ジャミルに世話をかけられっぱなしなのは流石にまずいと思ったのだろう。
教科書等はクロウリーが寮に送る手配をしているため取りに帰らなくてはならなかった。そして、今日から学園に通う事となっているためその準備も必要だった。
「君を鏡の前まで送るよ。」
「…ありがとうございます。お願いします。」
正直、絨毯に乗ってバルコニーからスカラビア寮へやって来たため出入口は確かに分からなかったからこの申し出は嬉しかった。
ジャミルは監督生を連れて自室を出て寮の外へ続く廊下を歩く。
外へ出ると、熱い大気が身を包んだ。
砂漠の朝はもう熱い。毎日ここで生活しているスカラビア寮生は大したものだと思ってしまう。
鏡舎へ辿り着き、監督生はジャミルに頭を下げて鏡を抜けようと一歩踏み出す。
「監督生。」
「……!」
名前を呼ばれ、腕を掴まれた。ゆっくり振り返ると切れ長な三白眼が監督生を見つめていた。
何か言いたそうにしているジャミルに監督生が首を傾げると。
「…連絡先を聞いても?」
「はい、ジャミルさんのも教えて欲しいです。」
連絡先を教え合い、ジャミルはスマホをポケットにしまって監督生を見ると、監督生はスマホの画面を嬉しそうに眺めていた。
その表情に不覚にも胸が高鳴った。いつか、その顔を向けられる日が来るのだろうか。
「ありがとうございます。何かあった時、相談してもいいですか?」
「君ならいつでも歓迎するさ。」
少し表情が柔らかくなった監督生の後ろ姿を見送り、ジャミルは溜め息を吐いた。
いつも通りの夜を過ごすつもりだった。
夕食の後片付けをして、寮生が全員いるか確認して、巡回をした後に自室へ戻る。
風呂を済ませた後は今日の授業の振り返りをして課題を終わらせて、次の授業の予習をしておく。
これがジャミルのルーチンだった。
昨夜、ジャミルはカリムが夜の散歩から戻ってくるのを待ちながら、寮の巡回をしたまでは良かった。
「……?」
仕事柄五感に優れていたジャミルは、カリムの匂いと一緒にどこからかふわりと甘ったるく、優しく本能を擽られるような匂いが漂ってくるのを感じて足を止めた。
「この匂い…まさかな。」
その匂いについて自分の知識をフル回転させた。Ωの発する匂いは嫌と言うほど嗅いだ事があるが、それとは全く違う。そして…あるワードが浮かんだ。
ーー…いや、そんなわけがない。
しかし、Ωのフェロモンだとしたら、それに反応して寮生内のフリーのαが部屋から出て来ている筈。
ジャミルしか反応していないという事は。
都市伝説とされる、『魂の番』。Ωが該当する者にしか出さないとされている発情期とは違うフェロモン。
「(寮生はまずない。そうであればとっくにそういう関係になっているはず。なら、カリムか?いや、それもない。あいつは紛う事なくαだ。じゃあ…誰だ?)」
少しずつ濃くなる匂いに、その人物はこの寮に来たのだと感じた。
どこかでジャミルを呼ぶカリムの声が聞こえる。応えなくてはいけない事は分かっていたが、その声が酷く不快で雑音に感じた。
カリムの声に応える事はなく引き寄せられるように談話室へ向かい…息を呑んだ。
それは、ジャミルにとって運命的な出会いだった。
星が瞬く砂漠の夜を背景に、女生徒がバルコニーに立っていた。月明かりに照らされた彼女は砂漠の女神のよう。目が離せなかった。
暫く見つめているとそれに気付いたのか、彼女が振り返って目が合った瞬間、身体に電流が走ったような感じがした。
ーー…ああ、彼女こそが特別な存在。
一瞬で、恋をした。
αであるが従者として生きる、自由のないジャミルに情けをかけて、神という存在がたった一人の特別な人を与えてくれたのだと思った。それなのに。
現実は甘くなかった。
必要以上の干渉は身を滅ぼす。
監督生を元の世界に返すと決心したからにはこれ以上監督生を知ってはいけない。求めてはいけない。最低限の関わりだけをしよう。そう決めたじゃないか。
しかし、いざ監督生を目の前にするとそれが揺らいでしまう。
監督生を何らかの形で繋ぎ止めておきたかった。
ーー…もっと傍にいたい。自分を見て欲しい。触りたい。監督生の温もりを感じたいし、求めて欲しい。
恋というやつは厄介だ。その感情がこの世界にある者に向けられたのなら、どんなに楽だっただろう。
監督生がいるべき世界へ戻った時、果たしてジャミルはどうなってしまうのだろうか。
「俺も、その世界に…なんて馬鹿げてるよな。」
ジャミルにはカリムがいて、従者としてこの世界で生きなければならない。どう足掻いても逃れられない運命を背負っているのだ。
ジャミルは自嘲気味に笑い、スカラビア寮へ戻った。
◇To be continued◇
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