願いを叶えて
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9月12日。それは、ジャミルの誕生日。
監督生はジャミルの恋人になってから初めてその日を迎えようとしていた。
折角だから何か送りたいと思って欲しい物はないか直接ジャミルに聞いたのだが。
「欲しいもの?…今は思いつかないな。どうしたんだ、急に。」
「いえ、何でもないです。」
買える物であれば、バイトで貯めた貯金を崩してでも買って贈りたいと思っていたのだが、本人にそう答えられてしまった。
そこで主人であるカリムなら何か知ってるかもしれないと思って聞いてみたのであるが。
「う〜ん…ジャミルなら監督生から貰ったものだったら何でも喜ぶんじゃないか?」
つまり、カリムにもジャミルが欲しい物は分からないと。物を贈るというのはやめた方が無難と考えた。
友達ならすぐに思いつくのに、恋人となるとこうもハードルが高くなるのはなぜだろう。
オンボロ寮に戻った監督生は何がいいかずっと考えた。
「あ…、そうだ。」
誕生日といえば…ケーキだ。ジャミルも作れそうであるが、自分で作るのと人が作るのとではまた違う。
甘いものは嫌いとは言わなかったし、聞いたこともなかった。
ケーキの大きさは、ジャミルが食べるのだから一人分を用意すれば良い。イチゴは…ハーツラビュルの副寮長が育てていると聞いた事がある。譲ってもらえないか聞こう。ケーキの種類は何がいいのだろうか。
「ふふ、楽しみ…」
この世界に来た時には自分の不幸を呪ったが、たまたまジャミルに弱音を吐いた時に言われた一言で救われた。
『それをどう捉えるのかなんて、君次第なんじゃないか?…少なくとも、俺は君に出会えてよかったと思ってる。』
初めて愛しいと思える存在に出会えたから、と日差しが柔らかい赤みを帯びた光が降り注ぐ中、少し照れた顔で言ったジャミルが今でも忘れられない。
それまで監督生は他の人とは違うオーラを纏いミステリアスな雰囲気のジャミルが少し近寄りがたく、寧ろ苦手だと思える存在だった。
何でもこなすくせに目立たないように存在を消す様は何を考えているか分からないし、レオナも言っていたが、言葉の裏がありそうでなかなか信用出来なかったのもある。
しかし、言われたその言葉に嘘がないと分かると少しずつ苦手意識がなくなり、ジャミルの過去や抱えている思いを知り、この人を傍で支えたいと思った頃には完全にジャミルに惹かれていた。
こんなにも好きになれる人に巡り会えて、ジャミルの事を考えるだけで幸せな気分に浸れるのは最高だった。
せっかくだから、ジャミルを招いてお祝いしたい。
オンボロ寮はその名の通り、まさにオンボロで綺麗にしても何故かそう見えない。壁のせいなのか、雰囲気のせいなのかは分からない。
ジャミルの嫌いな虫も時々出るから、嫌な思いをさせないように少しでもこの部屋を綺麗にする必要がありそうだ。
その日に備えて、準備に取り掛かった。
*
そして、当日。授業が終わり、ジャミルを迎えるための最終準備を行い、茜色の空が濃紺になった頃。
コンコン、とドアを叩く音が聞こえ、監督生がドアを開ければ、そこにはジャミルの姿があった。
「ようこそ、ジャミル先輩!」
「ああ、お邪魔するよ。」
ジャミルと会うのはいつも夜の短時間だけだった。
副寮長の身でありカリムの従者であるジャミルの自由に使える時間は限られた時間帯だけ。
計画的に執務をこなす中、監督生に会う事でジャミルは日々の疲れを癒していた。
監督生はその時間を自分のために使ってくれるのが嬉しく感じた。
ジャミルを談話室へ通し、ソファーに座らせた。
「いつも来て下さってありがとうございます。…お疲れの様ですし、たまには私がスカラビア寮へ行きましょうか?」
「いや、遅い時間に君を出歩かすわけにもいかない。それに、ここに通う事は結構楽しみにさせてもらってるんでね。」
自室で寛ぐのもいいが、大好きな監督生が住んでいるこの空間で休むのはもっと良い。
スカラビア寮を抜けて監督生の傍にいる間は、副寮長といった肩書きや従者である事を忘れて監督生の恋人としていられる。
ジャミルにとって唯一心を許し、素直に甘える事ができる監督生の存在はかなり大きかった。
本当は、もっと一緒にいたい。それは、監督生も同じだった。
帰らないでと我が儘を言えたらどんなに楽なのだろうか。でも、それを言ってしまったらジャミルを困らせる事になるから言えない。
だから、自分に与えられた時間で精一杯の愛を伝えるようにしている。
「…少し、待ってて下さいね。」
監督生はキッチンへ姿を消し、トレーに紅茶とケーキを乗せて帰ってきた。
それをソファーの前の机に置いて、少し緊張した面持ちでジャミルを見つめる。
「これは…?」
「ジャミル先輩の誕生日って聞いて…作ってみました。」
湯気立つダージリンオータムナルと苺のショートケーキ。
ハーツラビュル寮でトレイに苺を貰った時にケーキに合うとお勧めされた茶葉を持って帰り、使わずに今日のためにとっておいた。
ケーキの材料はトレイの厚意でもらった物とモストロ・ラウンジ、購買で購入した物で定番のショートケーキを作ってみた。
「先輩の口に合えばいいのですが…」
出されたフォークを使い、ケーキを一口大に切り分けてから口へ運ぶ。
甘酸っぱい苺と軽く甘すぎない口触りの良いクリームの相性は抜群で、芳醇でまろやかな味わい深いオータムナルはベルベットを思わせる滑らかな舌触りが味わえた。
流石ハーツラビュルでお茶会をしているだけあって、トレイの選んだ紅茶はケーキとの相性が最高に良かった。
「うん、なかなかいい味だ。」
「ふふふ、良かった。」
料理上手なジャミルに褒められるのは嬉しい。一生懸命作ってよかったと思える。
「そんな所に立ってないで、座ったらどうだ?」
「え、あっ、はい。お言葉に甘えて…」
遠慮がちにジャミルの隣へ座れば、黒曜石の双眼が物言いたげにジッと見つめてくる。
座っただけなのに、何かまずいことでもしてしまったのか…?
「あの、じゃみ…っひゃ!」
腕を掴まれて引き寄せられた先は、ジャミルの膝の上だった。逃げられないように片腕で腰を抱かれる。
思わぬところに座らされ、慌てる監督生をよそにジャミルは楽しそうに口角を上げて目を細めた。
「給仕してくれるんだろ?」
「…そ、れは…」
「君がもてなすと聞いて楽しみにしていたんだ。」
「うぅ…」
羞恥で顔が熱くなる。こうなるとは思っていなかった。
ジャミルをチラリと見れば、意地悪な顔をして監督生を見ている様はこの状況を楽しんでいるようだった。
ジャミルはケーキが乗った皿を片手で持ち、監督生にフォークを持たせる。
緊張で震える手でジャミルが持っている皿のケーキを一口で食べれるように切り分け、その内の一つを刺してジャミルの口へ。
唇に付いたクリームをペロリと舐めとる姿は酷く官能的で、そういう事をしているわけじゃないのにいけないことをしている感じがしてしまう。
ジャミルの仕草に、頭がふわふわする…。
「監督生、どうした?」
「えっ、あ…!」
刺し損ねたケーキが皿から溢れ、監督生は慌てて掌でキャッチする。幸いな事に服には付かなかったが、掌はクリームに塗れた。
「すみません、少しぼーっとしてて…、っ!」
手首を掴まれ、そこに落ちたケーキはフォークに刺さらず直接ジャミルの口へ運ばれた。掌に当たる柔らかい唇の感触をダイレクトに感じ、赤面する。
「ジャミ、ル…何をっ…」
れろりとクリームを舐めとるような舌の動きに肩が震える。
切れ長な三白眼は赤面して震える監督生を捉えたまま、指の股と付け根から指先へ舌を這わせた後、指先を軽く吸い上げた。
「…っん…」
「ふっ。そんな顔して…ほら、まだ残ってるぞ。」
カチャ、とジャミルは机の上に皿とフォークを置いて残った苺を指で摘み上げると監督生の口に優しく押し込む。
そして後頭部に手を添えて、その唇を奪った。
苺を潰さないように唇を食み、苺ごと舌を監督生の口腔内へ入れ込んで歯茎や歯の裏をなぞり、上顎を舌先で擽るように動かせば、監督生の体はピクッと震えてジャミルの肩を弱々しく握った。
「ふっ、ぅ…んぅ!」
逃げる舌を絡めとられ、甘く歯を立てられる。息継ぎさえ奪われるようなキスに監督生の思考はグズグズに溶けていく。
最後にちゅっと舌を吸われて離れた唇。
「はっ、ぁ…」
「…ごちそう様。」
囁くような甘い声に、監督生の胸はキュッと締め付けられる。
濃厚な甘いキスをされた唇が熱い。口の中に残る、少し形の崩れた甘酸っぱい苺を咀嚼し、ゆっくり嚥下した。
満足そうにするジャミルは監督生を優しく抱き締めた。
「…急になんて…。こ、心の準備が…」
「言ったところで同じだろ。」
クスクス笑うジャミルは実に楽しそうだ。
「もう…。…ジャミル先輩、そろそろ帰る時間じゃないですか?」
ふと目に入った時計を見ると、そろそろジャミルがスカラビア寮へ戻る時間になろうとしている。
もっと、傍にいて欲しい。寂しいなんて、ジャミルに言えない。
「…実は、カリムからプレゼントをもらったんだ。」
抱き締められている腕に力が込められると、自然とジャミルの頭が胸に埋まっていく。監督生の加速する鼓動はジャミルの耳にはっきり聞こえていた。
監督生は気を紛らすように、ジャミルの艶のある滑らかな黒髪に触れ、優しく撫でる。
「…俺に、自由を。これからは好きな時に会えるし、時間を気にする必要もない。勿論、従者としての役目は全うするがな。」
「もう寂しい思いをしなくていいんですね。…嬉しいです。」
監督生もジャミルの背中に腕を回し、首筋に顔を埋めた。目を閉じて息を深く吸うと、鼻腔を擽るジャミルの匂いが監督生を幸せにさせた。
「ジャミル先輩、好きです。…大好き。」
「…うん、知ってる。…監督生。」
「はい、ジャミル先輩。」
「今からの君の時間を俺に…。その願い、叶えてくれるか?」
黒曜石の熱っぽい瞳が監督生を至近距離で捉え、するりと赤みを帯びた頬を撫でる。監督生はその手の上に自らの手を重ねて幸せそうにジャミルを見つめた。
「はい、私も…欲しいです。ジャミル…」
そっと重ねられた唇。
甘く、優しい口付けは深さを増し、お互いの熱を伝え合う。
二人の甘い夜は、まだ始まったばかり…。
◆END◆
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