朝の微睡
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「カリム、朝だ。支度するから起きてくれ。」
「う〜ん…まだ眠い…。」
「はぁ…遅刻するぞ。ほら、顔洗ってこい。」
早朝に起きたジャミルは弁当を作り、朝ご飯の支度をして、カリムを起こす。朝食を摂るためカリムを席につかせて、髪をセットしたり、食べている合間で化粧を施す。
普段通りの朝の時間。
「よぉし。行くぞ、ジャミル!」
「あ、そういえば…。」
カリムとジャミルは毎朝一緒に学園へ向かうのだが、行く寸前にジャミルは副寮長会議があった事を思い出し、必要な物を準備するためカリムを先に学園へ行かせた。
見送ってから準備すればよかったのに、遅刻してはいけないとそれをせずに必要物品を取りに行ったのが間違いだった。
「わりぃジャミル、忘れちまった。」
「は?」
教科書や運動着が入っている、カリムのために用意しておいたはずのいつもの鞄を持たせた筈なのに、ジャミルが学園に着いてからカリムにそう告げられた。
何故この主人は手ぶらで登校したのか。遊びに来たわけじゃあるまいし。
「…何でお前はいつも…!はぁ〜〜…」
「俺、取りに行ってくる!」
「いい、俺が行く。俺が戻るまでカリムは教室で待ってろ。」
頼むから大人しく待っててくれよと念を押し、ジャミルは大急ぎでスカラビア寮に戻ろうとした。しかし。
教室を出て、廊下の角を曲がった時に、声を掛けられたのだ。
「あれぇ、ウミヘビ君じゃん。どうしたの、そんなに急いで。ラッコちゃんは?」
「おはようございます、ジャミルさん。カリムさんはご一緒ではないのですね。」
「(クソ、何でこんな時に限って…!)ああ、ちょっとな…悪いがそこをどいてくれないか?」
いつもは絡んでこないリーチ兄弟に何故か行手を阻まれた。ジャミルとは身長差約15センチはある長身の彼らは、ジャミルを廊下の壁に追い込むようにして立っていた。
彼らの機嫌を損ねると後で厄介な事になるため穏便に済ませたいのだが。
ジャミルの目の前でどう悪戯をしようかニヤニヤする双子に嫌な予感がした。
「ちょっと急いでるんだ、また後で…」
「ウミヘビ君と追いかけっこ?いいよ、超楽しそ〜」
「ふふふ、朝から元気ですね。フロイドが楽しそうで何よりです。」
その双子の間をすり抜け歩き出すと、何をどう解釈されたのかフロイドが追いかけてきたのだ。その様子をジェイドは止めずにニコニコして見ていた。
とりあえず撒くことにしたのだが、それが間違いだった。すぐに飽きると思ったのに、早足になるとフロイドも早足になり、走るとフロイドも走り出す。
191センチもある彼に全力で追い掛けられるのはなかなかの恐怖体験である。
「ほらほら、ウミヘビ君早く逃げないと捕まっちゃうよ。」
逃げるジャミルもなかなかの身のこなしで障害物を避けるのだが、このフロイド、特技がパルクールなだけあり長身なのにかなり身軽でひょいひょいと障害物をかわすのだ。
まるで飢えた肉食魚に狙われた小魚のようだと思ってしまう。
舌打ちして、学園の外まで来ると沢山の生徒が登校中で、その中に目的の人物がいた。
「よし、あそこにいるな。上手くそこまで誘導して…」
あとはフロイドの気が逸れる事を祈り、その人物目掛けて走り出す。
迫ってくるジャミルに気付いた人物…ハーツラビュル寮長のリドルは眉間にシワを寄せ、注意するために口を開いたのだが。
「あはっ、金魚ちゃんじゃん。遊ぼ〜♡」
「うわっ、フロイド!?あっち行け!!」
ジャミルを追い掛けていたフロイドはリドルの存在に気付き、完全にその注意がリドルに向けられたのを確認し、ジャミルはその場を去った。
スカラビア寮へ続く鏡を抜けて、寮に戻った後カリムの鞄を引っ掴んで来た道を戻る。途中リーチ兄弟に絡まれる事があってタイムロスしたが、それを差し引いてもなかなかの好タイムで戻る事が出来る。
後はカリムがその場を動いていなければジャミルのミッションは達成される…はずだったのに。
「…カリム、どこ行った!」
念を押した筈なのに。カリムが動かずに待っててくれる事を少しでも期待した自分が愚かだった。誰かに見張りをさせればよかったと思うが時すでに遅し。
フツフツと湧き上がる怒りを何とか鎮め、鞄を適当な席に置いてカリムを探しにいく。
そういう所が過保護なんだとカリムと同じクラスのシルバーに言われたが、こればかりは仕方ない。カリムの身に何かあったとなれば、自分の首が飛ぶ。
ほんと、手間のかかる主人を持つと大変だ。
図書室、食堂、購買等色々見て回ったがカリムの姿はなく。
「あとは…」
心当たりがあるとすれば、植物園。まあ、いるわけないかと思いながら一応そこに向かう。植物園はあの獅子がサボる目的で使っている可能性があるためなるべく近付きたくない所でもあるのだが。
植物園へ入り、温帯ゾーンへ向かう。色とりどりの花が咲き乱れている。
まさかこんな所にいるわけがないと、柔らかい日差しが射す木の後ろを覗いてみれば。
「あ、ジャミル先輩。おはようございます。」
「あ、ああ。君か。というか、何でカリムがそこに…」
「クルーウェル先生に薬草を採ってくるよう言われたようですが、まだ眠いって言われて…。授業が始まるまでもう少し時間があるので、許してあげて下さい。」
探し回ったカリムは植物園で寝ていた。…木にもたれた監督生の膝枕で仰向けになって。そんなカリムに無意識にジャミルの胸にチリッと黒い感情が生まれた。
「(こんな所で能天気に…刺客に襲われでもしたらどうするつもりだ。)」
カリムの無防備さにイラつき始めたが、今更怒ったところで仕方ない事だと諦め、監督生の隣に座り込んだ。
朝から走り回って疲れたのもあり、盛大な溜め息を吐いた。
「お疲れの様ですね、ジャミル先輩。」
「どっかの誰かさんのせいで朝から散々な目にあったからな。…ところで監督生は何故ここに?授業はどうしたんだ?」
「一時間目は自習になりました。教室は騒がしくて集中できないですし、薬草についての勉強もしたかったのでここに来ました。」
前から監督生は魔法薬学に興味があり、自習時間を有効活用するため植物園に来て勉強していたところ、薬草を採取しに来たカリムに遭遇して話し込んでいる内に睡魔に襲われたカリムに付き合う事になり、今に至る。
柔らかい表情でカリムの癖っ毛を撫でながら寝顔を見つめる監督生にジャミルはチラリと目線をやった。
カリムも無防備だが、監督生はもっとそうだと思ってしまう。
問題児が多いこの学園で、何かあった時には魔法も使えないし、力でも敵わない。監督生の周りの生徒達がたまたま無害なだけであり、そうじゃない奴なんかも沢山いる。
たまたまカリムだったから何事もなく…いや、カリムだからこそ監督生にここまで近付く事が出来ているのだと思う。
隙を突けば、男とは程遠いその華奢な身体を簡単に押し倒してしまうこともできる。一番無害なフリをして近付き、油断したところを襲うなんて容易い。…君はそれを分かっているのか?
「…君はお人好しだな。他人を簡単に信用しすぎだ。」
「…?何か言いましたか?」
「いいや、何も。」
ジャミルが小声で呟いたのは、監督生には聞こえなかったらしい。
ジャミルの声を聞くために止められた手と向けられた目は、再びカリムへと向かった。
さっきからカリムばかり構う監督生に、ジャミルは面白くなさそうな顔をしていた。
別に、カリムのように撫でて欲しいという訳ではない。全く意識されていない事に少し…そう、少しだけ腹が立った。
「あの…ジャミル、先輩?」
「ん…?」
フードを目深にかぶったジャミルは木の幹に体重を預けて、コツ…と監督生の肩に頭を寄せた。
「…ジャミル先輩まで…」
「カリムは良くて俺はダメか?」
「そ、そんなわけではっ…ただ、少し…」
三白眼にじっと見つめられ、監督生はほんのり頬を赤く染めて目を逸らした。
膝にはカリム、肩にはジャミルという見る人によっては豪華な組み合わせ。カリムはまだ距離が離れているが、横を向けばすぐ近くにジャミルがいて、息遣いまで聞こえる。
思った以上に近くなった距離にドキドキしてしまう。監督生にとってジャミルは気になる存在であるから話しかけられただけでも嬉しくて、その感情を出してしまわないようにしていたのに、こうも近付かれると意識してしまうのは当然の事だった。するなという方が難しい。
衣類の上からでも感じるジャミルのぬくもりに鼓動が早くなる。
監督生の意識がカリムではなく自分に向けられた事に対して満足したジャミルは静かに目を瞑った。
「少しだけ…肩を借りる。嫌だったら退けてくれて構わないから…」
その数秒後、すぅ…と寝息が聞こえてきた。穏やかに眠るスカラビア寮長と副寮長。
カリムが寝ることはよくあるが、あのジャミルが寝顔を晒すなんて、まずない。余程疲れているのか、それとも監督生が動けない状態になるよう意図的に行ったのか。
それは、ジャミルにしか分からない。
監督生は勉強どころじゃなくなり、二人を起こさぬようになるべく体を動かさないようにしている内に、心地良い日差しに誘われてウトウトし出す。
ーー…もう少しだけ、起きていたいのに…。
ジャミルの頭に寄り添うようにして監督生もそっと瞼を下ろした。
「(時間が止まればいいのに…。)」
微睡の中そう思ったのは、誰か。
その後授業をサボりに来たレオナがやって来て、眠る三人を見て怪訝そうな顔をしたのは言うまでもない。
◆END◆
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