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その存在を知ってから、いつの間にか目で追うようになってしまった。
魔法も使えないような、いつかその時が来れば帰ってしまうであろう異世界から来た人間を…。
ある日の事。
「ジャミル、また後でな!」
「いいか、カリム。ちゃんと最後まで問題文を読んでから回答しろよ。」
「おう、任せとけ!」
カリムが魔法士の再テストを受けるため教室へ入って行くのを見届けてから、ジャミルは時間を潰すため図書室へ向かっていた。
図書室は静かで、次の授業の予習をするには適した落ち着いた環境のため校内の中でも比較的好きな場所だった。
利用する生徒も今の時間なら少ない筈だから、なるべく生徒が少ない静かな席がいいな。
そんな事を思いながら目的の場所に向かうため廊下の角を曲がると…。
何やら騒がしい声が階段の下から聞こえてきた。
その耳障りな騒がしさから想定すると、いるのは5、6人くらいか。
揶揄っている声も聞こえるため、力の弱いやつをいじめてストレス発散しているのだろう。
絡まれている奴には悪いが、この貴重な時間を無駄にはできない。
こういう事がおきているのを見ると、カリムなら見境なく助けに向かうが、ジャミルは自分の利益にならない事は絶対にしたくないと思ってしまう。
面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだと、いつもなら素通りするのだが。
「返して下さい、それがないと困るんです!」
「お前には必要ないだろ、魔法も使えないくせにさ。」
必死に訴える声の主で誰が被害にあっているのか瞬時に把握したジャミルは、ここまで来た目的とその人物を天秤にかけ…。
フードを深めにかぶり、気配を消してそこに近付くのであった。
階段を降りきって、様子を伺うため物陰に身を隠す。
そこには、壁に追い詰められるようにして大柄な生徒に囲まれている監督生がいた。
自称親分のグリムは、子分である監督生を守るようにその間に立ち塞がって小さな身体を必死に逆立てて威嚇しているが、その身体はボロボロで今にも倒れてしまいそうであった。監督生も制服の一部が破れ、腕や顔に傷が出来ていた。
いつからそこにいるのか分からないが、2人の状態からみてかなり前からか。
「お前達、いい加減それを返すんだゾ!」
「だから、お前には必要ないものだって言ってんだよ。」
ジャミルがよく目を凝らして一人の生徒の手中にある物をみれば、普段はグリムの首に掛けられている、学園長から譲り受けた紫色の魔法石があった。
奪われてしまった魔法石を取り返すため、明らかに体格差でも敵わず、魔法も使えないのに監督生は必死に戦っていた。
「うるせぇな。騒ぐしか出来ねぇ魔物とただの人間に魔法石をくれてやるなんて学園長もおかしいやつだよな。」
「ほんとな。こんな奴の何が良くてこの学園に通わせてるのか分からねえわ。」
「寮長達も、チヤホヤしやがって。枕でもしてんじゃねぇの?」
ギャハハ、と卑下た笑いをする生徒に怒ったら負けだと思っていたのに…。自分の信頼できる寮長達を馬鹿にされたのに腹が立ってついつい言ってしまった。
「…こんな下らない事するから、寮長達に気にかけて貰えないんですよ。秀でた能力もなくて、こんな事でしか目立たない貴方達が可哀想。まぁ、何度返してって言っても返してくれない、言葉の意味が分からない程の小さい脳じゃ今言ってる事も理解できないですよね?」
「こいつ、生意気な…!」
言い過ぎてしまったと気付くも、時既に遅く。彼らは所持しているマジカルペンを振りかざし、その先が光っているのを見て、今から集中的に攻撃されるのかと思った。
煽った自分が悪いが、こんな所で死んでしまうのか。
「食らえッ…!」
グリムを庇うように抱き締め、監督生は目を強く瞑った。
ーー…バチンッ…!
魔法を弾くような音と共に、眩い光が辺りを照らした。
恐る恐る目を開けてみると…。
目の前に立ち塞がっているのは、そこにいる筈のない人物がいた。
「校内で私闘のために魔法を使うのは禁じられている筈だが?」
「こいつ、スカラビアの副寮長!?」
「こんな所にどうして…!」
監督生を守るようにジャミルは立ち塞がっていた。
流石魔力の高いスカラビア副寮長、複数人の魔法を簡単に一掃し、傷一つ負っていない。
「複数人で寄ってたかって何をしているのかと思えば、魔法を使えない自分より弱い奴を痛め付けて遊んでいたわけか。」
「悪いのはあいつだ!色んな奴に媚び諂いやがって…!」
「あいつが煽るような事を言わなかったら俺たちだってここまでしなかったし。」
揃いも揃って、監督生が悪いと言い出す生徒たち。それに対して監督生が口を開こうとすれば。
「そもそも、お前達がグリムの魔法石を奪ったからこんな事になったんじゃないのか。」
事の発端を言い当てられ、ギクリと肩を震わせる。
その反応を見たジャミルは更に畳み掛ける。
「魔法が使えない生徒に対して複数人でのリンチ、私闘での魔法使用。学園長に知られたら良くて停学、最悪退学だろうな。」
生徒達は思う。とんでもない奴に見られてしまったのではないかと。まだ力で捻じ伏せられる方がマシなのではと。
「そこでだ。俺は今見た事を学園長には言わないし、見なかった事にしてやろう。お前達は今まで通りの生活をすれば良い。」
その言葉を聞き、なんだ案外いい奴じゃないかと生徒達はホッと胸を撫で下ろす。しかし。
不敵な笑みを浮かべたジャミルの目はスッと細くなる。
「ただし、今後の学園生活で監督生の視界に映らない事が条件だ。」
学園内は広いため、一見簡単そうな条件ではある。ところが…。
「そこのお前は監督生と同じクラスだったな。」
「しかも…後ろの席だ…。」
「そしてお前は隣のクラスだから、合同授業となれば遭遇する確率はかなり高くなる。」
「…そ、んな。」
「お前はオクタヴィネル寮の奴か。放課後は寮の仕事でモストロ・ラウンジで給仕をしているな。確か、監督生もそこでバイトをしていたはず。」
「……っ!」
次々と監督生との共通点を言われ、愕然として震える加害者達。
「簡単だろ、視界に入らなければいいだけだ。」
ニヤリと笑うジャミルは、生徒達からは悪魔にしか見えなかった。
「それと、今後こんな事をしてみろ。その時には、その首は無いものと思った方がいい。」
「何言ってるんだよ、こいつ…。」
「そんな、人を殺すような事できるわけ…」
「できるさ。…知らないようだから特別に教えてやろう。俺は17年間アジーム家の従者をしているんだが、跡取りのカリムの命を狙う刺客はかなり多いんだ。つまり、そういう事には慣れてるんだよ。お前達のような温室育ちの奴と違ってね。」
淡々と喋り続けるジャミルに命の危機を感じた彼らは慌ててその場から撤退し、静まり返ったいつもの廊下に戻った。
普段の表情に戻ったジャミルは背後を振り返り、しゃがんで怯えていた監督生に手を差し出す。
その肩がビクッと震えたのを見て、刺激が強いものを見せてしまったかと反省した。
「あいつらを排除するためだったんだが、怖がらせたな。…立てるか?」
さっきとは違う優しい口調に監督生は徐々に恐怖が薄らいでいき、差し出された手を掴んだ。
ぐいっと引っ張られて立ち上がったがその拍子によろめいて、ジャミルの胸に飛び込む形となった。
「す、すみませんっ!」
「いや、別に構わない。そのまま動かないでくれ。」
何をされるのかと構えたが、ジャミルは魔法で監督生の傷を癒した。
監督生はこんな事までできるなんてすごいと感動していたが、まだ彼の腕の中にいる事に気付いて恥ずかしそうに慌てて数歩下がった。
「…今の俺じゃ簡単な処置しかできないから、この後処置室に行ってちゃんと診てもらえ。」
「はい、ありがとうございます。」
「それと…。」
ジャミルは胸ポケットからメモ帳とペンを取り出すと、サラサラとペンを走らせて書いた後、メモを破いて監督生へ渡した。
「これって…?」
「俺の連絡先だ。今みたいに絡まれた時は必ず直ぐに連絡してくれ。」
「凄く心強いですが、迷惑…では?」
「そう思うなら、連絡先を教えたりしないだろ。それに、君の事は結構気に入ってる…というか、好きなんだ。守らせて欲しい。…そう思うのは、迷惑か?」
突然の告白に監督生は顔を真っ赤にさせ、パニックに陥る。これは夢か、そうだ夢だ。
パンッと自分の両頬を叩くと、痛みがジンジンくる。更に、面白い物をみたとジャミルがクスクス笑っているから、これは現実だと漸く事態を理解した。
「…め、いわくじゃ、ない…です。」
「そうか。」
「私もその…好き、です。ジャミル先輩が…」
自分の制服を握り締めて今にも消えそうな声で言う監督生に愛おしさが込み上げてくる。
もっと監督生といたいのだが、そもそもの目的を思い出したジャミルは時計を確信した。
あと30分でカリムのテスト時間が終わる。それまでは両思いとなった監督生と一緒にいたいと思った。
「これから処置室に行くぞ。傷が残らなきゃいいが…。」
「これくらい大丈夫ですよ。」
「グリムも一緒に…というか、魔物は人の薬で傷が治るものなのか?」
「どうでしょう?頼んでみますが…」
戦って疲れたのか、腕の中で眠るグリムの背中を監督生は優しく撫でた。
ジャミルといられる嬉しさで舞い上がりそうになる気持ちを抑え、監督生は彼と一緒に処置室へと向かった。
その後、監督生の制服が汚れたり破れている事に気付いたカリムによって、監督生に新しい制服が買い与えられたのはまた別の話。
◆END◆
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